
まだ暑さが残る9月のある晩。東京は夜の8時。俺はお台場にいた。夜釣りだ。ナイトクルージングだ。

ルアーを正確にキャストする。リールを巻く速度は間違ってないか?Walkig in the rythm だ。

Wonder Wheel。ゆっくりでも良いよ、回ってくれ。

魚の気配がない。まだ夏の悪い水が残っているのか?Aguas de setembro。

粘ってはいけない。ポイントを変えよう。俺には聞こえる、夜のメロディが。

夜の散歩。海辺の遊歩道。そこでは思わぬものを目にする。

例えば橋の構造を真下から眺められるのに、ほとんどの人は知らない。これなら荒れた水にもビクともしなそう。Bridge Over Troubled Water.

高速道路の真下。フリーウェイ。右手にはレインボーブリッジ。

数か月前には、赤く染まっていた。コロナの馬鹿野郎。
全く釣れない。「釣りは釣れなくても楽しい」。釣り人以外には中々伝わらない感覚。しかし海を通過した夜風を浴び、美しい夜景を独り占めしてみろって。良いさ。誰にも伝わらなくたって。俺は風の王と踊る。
腹が減った。誰のせい?それはあれだ。夏のせい。だったら食えば良いんだ。蕎麦がきを。

俺は火が使える場所を探し、移動する。ちょうど良い場所を見つけ、シートを広げ、カセットコンロを取り出す。


鍋に蕎麦粉を投入だ。それが正論。

水はいろはす。さっき自販機で買った。

良いぞ。ほど良く混ざった。

今晩の俺は悪い子だ。こんなもんも買っておいた。

こういう時、ルアー釣りは助かる。手は汚れてないからな。

生ハムはこうだ。

チーズもこうだ。

フィッシングバッグのポケットには醤油を隠しておいた。

直接入れちまおう。今晩の俺はワイルドサイドを歩いているのか、それとも、メイン・ストリートのならず者か。

着火。のち、即ぐるぐる混ぜろ。


どうだ。手が早すぎて映らない。ローリンローリン、回り続けるよ。

出来た。みんな好きだね、蕎麦がきが。

蕎麦がき食べたい、美味いの食べたい。

うん、美味い!

しかし、今宵の俺は止められない。もっと良い景色を求めて、わざわざ移動。

良い東屋があった。

誰も知らない夜明けは、まだ明けないで。

だれも見てないなら、立ち食いだって、へいっちゃら。

完食。人類が初めて目にする、蕎麦がき食べ終わった後の空の鍋と東京の夜景。

ご馳走様。

適度な満腹感。この景色。今夜のいろはすには、ロマネ・コンティだって敵わない。

ヴゥホッ‼40間近になると、何食っても何飲んでもムせる。

良いな良いな。人間って良いな。本当は何やったって自由なんだ。外で蕎麦がき食って、腹いっぱいなら東屋で寝たって良いんだ。


釣り忘れてた!(完)
※野外で火を使う場合、場所選びと火の管理には十分に気を付けてください。