【そらんぢ堂~あなたの走馬燈お預かりします~①話】
部屋の中は全体的に冷えていた。
うとうとする彼の足許には電気ストーブがあり、二段式の電熱部の上方だけを点けていて、ふわりと身近な空間だけを無音で優しく暖めていた。
時折音を発している画面と一体型のパソコンの画面には、雪夜のケベック旧市街地を歩きながら撮した映像が流れていた。
ふと、何者かの気配を感じて、彼は穏やかに覚醒してみる。
小さな女の子が立ったまま、パソコンの載るデスクに手をついて画面を覗き込んでいた。
「おじちゃん」
彼は答える。
「ん?なんだい」
「これはサンタさんのおうちの近く?」
彼は画面を確認する。
「残念だけどここは違うみたいだね」
そう言うとマウスとキーボードを動かせる左手だけで操作して、
「ほら、これがサンタさんの村だよ」
と、小さな女の子にサンタクロースビレッジの映像を見せた。
きらきらと輝く瞳で、食い入るように画面を眺める女の子。
「私ねぇ、病気が治ったらサンタさんに会うんだ」
「そうなんだね」
「うん、ママとパパと約束したの」
「じゃあ早く治さないとね」
「うん!」
にこやかに笑った女の子。
その頭を優しく撫でてやる事しか、彼には出来なかった。
どれくらいの時間が過ぎたろう。
短いような長いような。
彼の左手には、既に女の子を感じるものが何もなかった。
麻痺する右半身の足も手も、少し寂しそうな痛みを発した。
小さな女の子がサンタさんに会う事は叶わない。
ここは『そらんぢ堂』で私は主の『そらんぢ』、黄泉の国から戻されたもの。
なんの因果が、なんの意味があるのか分からない。
ただ…今こうして、さっきまで『生』を感じていた小さな女の子が最期に見た夢『走馬燈』を、この手に預かり、そして深淵の入り口にそっと流す役目を淡々とこなすだけ。
窓の外で風が鳴いた。
夜と一緒に誰かも泣いた。
パソコンの画面ではフィンランドの雪景色に、クリスマスライトが淡く反射していた。
ー①話完ー