お天道様は見てござる

元創価学会員。現在は公明党が熱烈に推進し、ビルゲイツから感謝状をもらったコロナワクチンの問題について綴っています。

どうして友達に嫌われてまで折伏や聖教新聞啓蒙をしてしまっていたのか

2016-09-30 06:16:05 | 日記
私にとっては遊説での経験があまりに強烈でしたので、文化祭の時はもうちょっとリラックスしていて
楽しいこともたくさんあった気がしました。
何より同じ年頃の女子部が集まるわけですから、仲の良い友達もできていきます。
練習はそれなりに厳しかったですが、それでも女子部の友人とおしゃべりをしたり、
たまにはお茶を飲んだりご飯を食べたり。
それに、創価学会以外の友人とは違い、信心のことを語ることができるので、
話は盛り上がり、つきませんでした。
「今までこんな功徳があった!」という話を、多少尾ひれをつけて言い合ったり(たぶん他の子も盛ってたと思う)。
「使命」や「池田先生」について語り合ったり。
後は普通の友人に言えば「大変だね」と一言ですまされてしまう自分の家の悩みなんかも
「宿命」として受け止めてくれ「すごいね!00ちゃんは使命がある子なんだね!」と言ってもらえます。
もちろん、言ってもらえたからには私も友人に同じ言葉を返します。
そうやってお互いを褒めたりたたえたりしながら、創価学会員であることの優越感に浸っていたような気もします。
たとえ、一般の友人と上手く行かなくても、創価学会には本当の友人がいる……そう思っていたのかもしれません。
一般の友人とぎくしゃくし始めたのは、文化祭の練習が始まり、初めて「折伏」と「新聞啓蒙」が
絶対にやらなければならない的なノルマとして示されたからです。
とにかく友人と会えば「仏法対話」をしなければなりません。
友人と会う前はお題目をあげ、「仏法対話」できるように「友人を幸せに導けるように(折伏・新聞啓蒙ができるように)」と
必死に祈り続けます。
そして、友人と会うのですが、もう最初から頭の中は「いつ話を切り出そう」ということでいっぱいです。
友人はきっと「私に会いたい、話したい」と思うから会う約束に応じてくれたのでしょう。
でも、私は違います。友人を幸せに導くためと言い聞かせてはいますが、実際には仏法対話のノルマ達成と、
あわよくば(聖教)新聞啓蒙、折伏にまで持ち込むためです。
新聞啓蒙や折伏はこの時期、私にとってはかなりハードルが高かったです。
文化祭出場メンバーの中には折伏を早々に達成しているメンバーもいました。
友人の場合、両親が祖母を折伏したのだけど、友人が文化再出場メンバーでノルマがあるので、
折伏した人の名に友人の名を書いてもらったそうです。
友人は直接的な対話に加わっていなくても、それでも友人が折伏1の成果です。
また、新聞啓蒙も、親が啓蒙した一部を自分の成果にしてもらっている子もいました。
その子はちょっと恥ずかしそうに「親のをもらっただけだから」と言いましたが、
文化祭の練習の場ではその子が「新聞1」の成果をあげたことが大々的に告げられ、拍手と歓声でした。
今となれば変だな、とも思うんですが、その頃は素直に「すごいな!」と思っていました。
自分もそんなラッキーな折伏や新聞啓蒙ができればいいなとも思いました。
ともあれ、私は文化祭の練習の合間を縫って、友人たちに連絡を取り、仏法対話をし続けました。
友人たちが退屈そうに、居心地悪そうにしていたのをとても覚えています。
でも、「これは魔の働き」だ。友人たちだって本当は信心をしたいはず。だけど、「魔」がそれを阻もうとして
嫌な態度を取らせているのだと本気で思っていました。
当然のことですが、この文化祭の期間に何人かの友人を私は失いました。
悲しくはありましたが、それでも後悔はありませんでした。
後できっとその分の「功徳」があると本気で信じていたからでしょう。
「魔」の仕業だとも思っていたと思います。
だから友人が去って行くことすら「誉れ」と考えていたような感じでした。
「私は正しいことをしている」「私はいいことをしている」という気持ちは揺らぎませんでした(友人にしてみれば大迷惑ですが)。
新聞啓蒙をしたからといって、聖教新聞社から何か見返りがもらえるわけでもありません(粗品すらもらえません)。
折伏をしたからといって、創価学会から何か見返りがもらえるわけでもありません(お小遣いすらもらえません)。
それなのにどうして、友達に嫌な思いをさせてまで、私は折伏や新聞啓蒙をしようとしていたのでしょうか。
文化祭の練習の際には、最後に「活動報告」というのがあり、みんなが手を上げ、あてられ、何かを話さなければならないのです。
手をあげなければいいんですが、何となくあげないといけない雰囲気があり、ほぼ全員があげていたように思います。
活動報告の時に手を上げないのはいけない、という指導があったのかもしれません。ちょっと覚えていません。
その時間は練習時間のかなりの時間を割いて行われます(たぶん2時間の練習中30~40分)。
今考えると、この「活動報告」こそが、練習の本当の目的だったのかもしれません。
何か折伏や新聞啓蒙などの成果あれば、ここで発表します。
その場の全員が拍手をして幹部のお姉さんが褒めてくれますし、良い気持ちになれます。
何もできていなければ、それを羨ましそうに見つつ、「次は頑張ります」と決意を言うことしかできません。
それでも友人と会って何とか仏法対話ができていればその時の話を「活動報告」の時にすることができます。
たとえ成果があがっていなくても、そうやって頑張っていることを報告すれば、激励の拍手がもらえます。
私はこの「活動報告」で何かを発表するために、友人に会い続けていたのかもしれません。
マインドコントロールがあるし、罰が当たると思うので、会ってないのに会ったと嘘報告はできません。
だから断られると分かっていても、私は友達に会い続けたのでしょう。
選ばれた自分たちにとっての大切なコミュニティである創価学会で、
ある程度のステータス(最低限、活動報告で話せることがある)を維持することが
あの時の私にとってはもっとも大事なことだったのかもしれません。
私にとっては友人たちと作るコミュニティよりも、創価学会の閉鎖的なコミュニティのほうが大事だったのです。
だから友人に嫌がられようが、上司が怖かろうが、ノルマに挑戦し続けたのでしょう。
創価学会的には「下手な大砲も数打ちゃ当たる」だったのでしょう。
確かに私の大砲もあたってしまいました。
最終的に私は会社の上司に新聞啓蒙し、会友カードに名前を書いてもらうことで会友1をゲットし、
文化祭当日を迎えることになったのでした。

PVアクセスランキング にほんブログ村
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 「創価学会の幹部も間違える... | トップ | 体が震える?涙が止まらない... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

日記」カテゴリの最新記事