時代の最先端を行く奇抜なファッションで登場し、音楽界だけでなく世界のファッション界もリードする米女性歌手レディー・ガガ(26)。そのガガが愛用している「ヒールのない靴」を作った日本人デザイナー、舘鼻則孝(たてはな・のりたか)さん(26)が世界の注目を浴びている。
- レディー・ガガの靴を作った男 〜『NORITAKA TATEHANA』デザイナー 舘鼻則孝 インタビュー〜
マイケル・ジャクソンのグローブしかり、アクセル・ローズのバンダナしかり、いつの時代にも偉大なミュージシャンは自らを象徴するファッションアイテムを身に着けているもの。そして、それは2000年代最高のポップアイコンと称されるレディー・ガガにおいても同じことが言えるのですが、そんな彼女を象徴するアイテムの1つである“ヒールの無いハイヒール”、通称「ヒールレスヒール」をひとりの日本人デザイナーが製作していることを皆様はご存知でしょうか?
その名は舘鼻則孝。今回、当Clusterでは南青山のセレクトショップ、ヴァルヴィート エイティーワン(valveat 81)にて開催された、彼のシグネチャー・ブランド『NORITAKA TATEHANA』のエキシビジョン(→関連記事)に際して、この若き注目デザイナーにインタビューを敢行しました。
正直な話、お会いするまでは筆者自身、「どんな“ファッションモンスター”が出てくるのか」とドキドキしていたのですが、実際に対面した舘鼻氏はインタビュー中、何度も少年の様な瞳で「ものづくりが好きなんです」と語る素敵な好青年。レディー・ガガの靴を製作するようになったきっかけはもちろんのこと、今後の展望やクリエーションに対するこだわりに至るまで、たっぷりとお話を伺ってきましたので、じっくりご覧ください。
協力:valveat 81
「誰もが」っていうよりは、プライオリティの高いというか、「憧れの靴」みたいなイメージを持ってほしいなと思っています。
— さんざん聞かれていることだと思うのですが、まずレディー・ガガが着用するに至った経緯についてお話を伺えればと思います。なりゆきといいますか、そのあたりの話を詳しく教えていただけますか?
舘鼻:僕は今年芸大を卒業したんですが、その卒業制作として作ったものを、レディー・ガガの専属スタイリストであるニコラ・フォルミケッティ(Nicola Formichetti)に、彼のウェブサイトから直接メールを送って売り込んだんです。
— 彼とはもともと面識があったのですか?
舘鼻:無いです。3月ぐらいでしたか、一方的にメールを送らせてもらったのですが、すぐに返事が
返ってきて。ちょうどガガが来日するときだったんですね。そこで、ミュージックステーションの出演に間に合うよう、卒業制作とほとんど同じものを色違いで1足作って欲しいと頼まれたのが最初でした。
そこから付き合いがはじまって、次はすぐ「アレハンドロ」っていう曲のミュージックビデオ用に2足作りました。
— それはニコラからの依頼で?
舘鼻:そうですね。
— レディー・ガガ本人から依頼が来ることはあるんですか?
舘鼻:直接本人から、ということは無いですね。
ガガからの意見をもらうことはありますが、基本的にはニコラとのやりとりで決まります。
— 彼女の靴を作る際、色や素材というのはおまかせなんですか?
舘鼻:色が指定されるときはありますが、自由です。「任せます!」みたいな感じですね。
デザインのチェックはあるんですが、基本的には自由にやらせていただいています。
— ちなみに靴の"高さ"って言うのも自由なんでしょうか?
舘鼻:はい、自由ですね。なるべく高く。いつも“Something Crazy”を作ってくれって言われます。
— なるほど。その後、レディー・ガガをきっかけに仕事が増えたりはしたんでしょうか?
舘鼻:基本的にミュージシャンはレディー・ガガとしかお仕事はしません。
実際に他の方からオファーはあったこともありますが、お断りさせていただきました。
— しかし芸大出身のシューズデザイナーというのは、ちょっと珍しい経歴ですよね。
舘鼻:高校生の頃からファッションデザイナーになりたくて、洋服を作っていたんです。プロフィールにも書いてあるのですが、15歳くらいのときから洋服なり、靴を含めた創作活動をはじめました。今思えば、その時は何も知識が無いので、全然作れていなかったんですけどね。
その頃から「海外で活躍したい」ということをかなり強く意識していたのですが、洋服の本場であるヨーロッパで日本人が活躍できるのか?っていう不安はありました。実際海外へ行った時は、色濃くそういうことも感じましたし。
だったら日本人だということが強みになるように、日本のファッションはちゃんと勉強しておかないとなと思って、友禅染のような日本の古典技法を学ぶために東京芸大に入りました。在学時は、着物や下駄を作っていましたね。それもやはり「海外で活躍するため」という意識で制作していました。
— そうすると、ファッションデザインに関しては完全に独学なんですか?
舘鼻:そうですね。学校で学んだのは日本の伝統的な染織技法です。靴や洋服に関することは自分で本などから学びました。
— 15歳から服を作ってらっしゃったということですが、どんなきっかけがあったのでしょうか?
舘鼻:洋服が好きだったということはもちろんあるのですが、洋服や靴って身に着けるものじゃないですか。人を形容するものだと思うんです。色々な意味で作品はコミュニケーションツールなんです。
例えば、(筆者を指さし)「そのスウェット似合ってますね」なんて言われたら嬉しいじゃないですか。身につけるものの力はその人にかかるんです。そういう力のあるものを、自分で作れたらいいなぁと思って。
もちろん、高校生の頃にそこまで具体的に考えていたわけではないんですけど、元をたどって自己分析をすると、自ら経験したことに基づいてるんですよね。自分が経験した嬉しいことと同じような経験をしている人たちもいると思うんです。そのことが自分と共有できている方々が、今僕のお客様になってくれているような気がします。
— ちなみに高校生の頃はどんな服を着ていたんですか?
舘鼻:いや、別に普通ですよ。今日もほとんど『コム デ ギャルソン』なんですけど、高校生の時に買ったものを今でも大切に着ています。
— やはり影響を受けたのも?
舘鼻:そうですね、川久保玲さんですね。他にはマルタン・マルジェラとかアレキサンダー・マックイーン。影響を受けたというか、好きなデザイナーといった感じですけど。でもギャルソンのスタッフの方にも、高校生の頃からずっと良くしてもらっていて。高校生の時は、名刺を持って自分からすごく売り込んでいたんですよ。今も変わってないですけど(笑)。
今はポートフォリオを見せてくれと言ってもらえれるようになりましたが、今思うと15歳の頃とやっていることは変わらないですね。
— 服は今も作ってらっしゃるんでしょうか?
舘鼻:現在コレクションで発表しているのは靴だけですね。何年先になるかは分からないですけど、トータルでのコレクションはやりたいですね。パリでフルラインを発表したいです。
— それはぜひ、見てみたいですね。洋服を作るとしたら、やはりウィメンズになるのでしょうか?
舘鼻:そうですね。メンズは今のところ予定していないですね。
— 靴の方に話を戻します。現在、すべて受注生産という形を取ってらっしゃるそうですが、それは革靴のビスポークのように細かく採寸から行うのでしょうか?
舘鼻:いえ、既製品のように、こちらで設定したサイズ展開のなかから選んでいただくかたちです。ただ、足首の太さや甲の高さによっては多少調節が必要な場合もありますので、型紙を調整することもあります。
あとは、カスタムオーダーも承っています。ベースのモデルを選んでいただき、素材を変えるとか、スワロフスキーにするとか、そのようなことも可能です。
— 新作の発表はシーズンごとに行っているんですよね?
舘鼻:そうですね。コレクションの発表の仕方としては、春夏と秋冬で行っています。現在は弊社のオンラインショップ以外での展開は基本的に行っていませんので、コレクションの発表時期はいわゆるファッション業界の流れには沿っていないかもしれません。コレクションブランドの品物が店頭に並ぶ時期に、うちはコレクションの展示会を開くというペースです。お客様もプレスも関係なく皆様お越し頂けるような展示会になっています。もちろんその場で受注も行っています。
— なるほど。注文受けてから、どれくらいで納品になるんですか?
舘鼻:3ヶ月から5ヶ月ぐらいですね。注文状況によってはもう少しお待ちいただく事もあります。
— 半年ズレている今のファッション業界のサイクルではなくて、オンタイムで見てもらおうってことですよね。ただ、届く頃にはシーズンが変わっちゃいそうですけど(笑)。でもそんなにシーズン性は関係ないアイテムですもんね。
舘鼻:そうですね。ずっと持っていただけるものが作れればいいなぁと思っています。
自分が身につけるものも、長く愛用できるアイテムが多いですね。大切にしていただけたら幸せです。
— 今回の個展開催に至るきっかけは何だったんでしょうか?
舘鼻:ヴァルヴィート81さんからオファーをいただきました。なので、今回は新しいコレクションというわけではないのですが、2010秋冬コレクションに加えて、『ソマルタ(SOMARTA)』の東京コレクションのために制作したもの、そしてヴァルヴィート81別注のものを展示しました。
— 底までスタッズが入っているものまでありますが、あれは基本的にアートピースとして制作されているのでしょうか?
舘鼻:そうですね。コンクリートの上は歩けないですからね。説明するのは難しいですが、この靴は歩けるとか歩けないとか、そういうことに神経質にはなっていないです。
— 実際に、この靴を作るうえで苦労したポイントはどこですか?
舘鼻:構造がとても特殊なので、試行錯誤しましたね。
これ、全部レザーで出来上がってるんです。プラットフォームにプラスチックなどは何も入ってなく、中は空気なんです。それだけで上手く自立させることと、クッション性が重要になりますね。
— 重心のバランスなどはどのように調整されているのでしょうか?
舘鼻:確かにそこも試行錯誤するのですが、芸大受験の際、立体についても深く勉強させられるので、感覚的には理解はできています。もちろん、骨格のことなどについてはあらためて勉強したりするのですが。
あの形で自立しつつ、体重がかかった時に身体を支えられて、なおかつ普通に歩ける、というところまで作り込めたのは、色々な要素が緻密なバランスで成り立っているからです。
ただ作ってもそうはいかないかもしれないですね。ソマルタのショーで観ていただけたかもしれないですが、あの時もバックステージではモデルさんが普通に走ってますからね(笑)。
— すごい!走れてしまうんですね。
舘鼻:自分の分析ですが、ピンヒールだと歩く時にヒールがまず地面に当たるじゃないですか。でもヒールが無いと、そんなにカツカツした感じではなくて、スムーズに歩けちゃうんだと思います。
— コレクションにはいくつかデザインのバリエーションがありますが、やはりブーツタイプがメインなのでしょうか?
舘鼻:今回の秋冬コレクションはそうですね。春夏コレクションではもっと浅いものなんかも考えています。形は違えども自分のスタイルは常に打ち出したいですね。
— マスに対するというか、一般の人に対してのアプローチに興味はありますか?
舘鼻:「誰もが」っていうよりは、プライオリティの高い「憧れの靴」みたいなイメージを持ってほしいなと思っています。
その上で「あの靴を履ける自分は特別!」という風に思ってもらえるようなものを提供したいです。
— 逆にアートのマーケットを意識されたりすることもあるんですか?
舘鼻:意識はしてないですね。芸術大学の出身なので、そういうマーケットも見えてきてしまいますが、オークションに出すとか、そういうことは考えていないです。
— しかし、まだブランドスタートから1年も経っていないんですね。
舘鼻:自分の名前で活動し始めたのは大学3年生の頃からだったので、実際にはすでに何年か経っているのですが、ブランドを正式に立ち上げてからは半年ぐらいです。
やっていること昔から変わらないですけどね。メディアに出るきっかけがあるか無いかで。なので、自分の名前が世に出たことで、学生時代の作品についてもNYの美術館から問い合わせがあったりとかということはありました。学生の頃の活動にも注目してもらえたことは嬉しかったですね。
— ソマルタとのコラボレーションのようなことは、機会があれば今後もやっていきたいと思いますか?
舘鼻:そうですね、興味はあります。ランウェイで歩いている姿を見せられるのは嬉しかったです。
発表の形式に関しても、色々な可能性を探求したいですね。
— 半年やってみて自分なりの手ごたえっていうのはいかがですか?
舘鼻:ブランドとして前に進むことによって、制作のことにとどまらず、運営の面では考えなければならないことが増えました。ただ、自分のマインドとしての向いている方向性は変わらないですね。
— 基本的には全部1人でやってらっしゃるのでしょうか?
舘鼻:アシスタントはいます。しかし制作に関する全てを任せられるわけではないので、軸になっている行程は全部自分がやっています。
— レザーの加工などもご自分で?
舘鼻:そうですね。生成りのまっさらな革を仕入れて染めるんです。
エンボス加工も、全て自分で行います。素材から自分の手を入れることで作品性は増しますよね。
でも難しいことは抜きにして、結局はもの作りが好きなんです。だから続けられるんですね。
— デザインのインスピレーションはどういうところから受けるんですか?
舘鼻:アートにしてもファッションにしても、古典的なものがすごく好きです。この靴もヒールレスシューズと言われているんですが、16世紀のベネチアに「チョピン」という厚底の靴があって、あのような形をしていました。だから、すごく昔からあったものなんです。そういう古いものを、今の時代を生きている自分が作ったらこうなるというように考えてます。
絶対、ものって時代背景に影響を受けているじゃないですか。例えば今では一般的なトレンチコートも戦争のために開発されたものだったりとか、そういう時代や文化とものの結びつきにすごく興味があります。
友禅染やレザーのエンボス加工というのは、方法も含めてすごく古典的なことではあるのですが、そういう技術を自分で体験してみたいんです。「現代」を生きている自分が、自分なりの解釈・表現をしたらどのようなものが生まれるのかということに、とても興味があります。昔の技法や素材、かたちを現代を生きる自分が蘇らせるとこうなる、という。
— やはり海外の方が反応はいいですか?
舘鼻:お客様は海外の方が多いです。プレスからのオファーも海外からの方が多いですね。
リースした靴が世界中をぐるぐるまわって、なかなか返ってこないことがよくあります。
— オンラインといえば、ウェブサイトの準備なんかも早かったですよね。
舘鼻:ウェブやグラフィックに関しても、全て自分で手がけてるんです。
— あそこまで自分でやってるんですか?!
舘鼻:好きなんですよ。昨日まで靴を作ってたのに、次の日はウェブサイトのコーディングをしてるなんてことはよくあります。他にもアートディレクションの仕事なんかもしています。
— まさか、サイトに掲載されている写真までは自分で撮ってないですよね?
舘鼻:写真も撮りますよ。写真撮るの好きなんです。
— なんと!(笑) 多才ですねぇ。
舘鼻:ただ、今はちょっと全て自分でやるのは時間的に厳しくなってきています。
いつかカール・ラガーフェルドやエディ・スリマンみたいに写真家にもなりたいです。クリエイティブという意味では、靴を作っていてもグラフィックを作っていても、写真を撮っていても変わりません。Macでイラストレーター(編集注:アドビ社の有名グラフィックソフト)を使って制作しているのも、全部楽しいんですよね。
うちはセルフプロデュースなんです(笑)。外部の企業にはあまり頼りたくないんです。自分の手が届かなくなるのに抵抗があるんですよね。
— なるほど。ファッションはもちろん、それ以外の活動も楽しみにしています。今日はありがとうございました。