樹庵のお気楽ナビ

チビデビル ルックと
天使キャラ セントの日記です。

「聴くちから」

2010年08月21日 | 本と雑誌

本のナビです。

これも何年も前に買って、パラパラ見ただけで本棚にあった本です。
今日ふと気になって読んだら、面白かった。

帯に、世界は「人間関係」でできている。
そして人間関係は「聴くちから」でできている。
と書いてあります。

ルック母、もう20年以上、
ひたすら人の話を聴く仕事をしておりますんです。
ただひたすら、ですね。
もっと言うと、誰かが誰かに話していることを、
脇でひたすら聴いているという。
もちろんただ聴いているだけではないんですが、
そーゆーお仕事なんです。

そりゃ時々は、
後ろから(大概後ろで聴いている)何か投げつけたくなるような相手もおりましてね。
このやろ、しっかり聴いたことに答えろ(失礼)、
とかなんとか思うこともあります。
それでもお仕事ですからじっと聴くわけです。
忍耐強くなったかも、です。

これはただ、仕事だと割り切っているから出来るのかもしれないですね。
普段だったら、「あ~あ、うるさいね、まったくね」とか思って、
誰か一生懸命話していても聴いてないかも。

第一章 なぜ「話を聴くこと」がそれほど重要なのか? にありますが、
話を聴くとは、相手との距離を縮める行為だから 
話を聴くとは、相手を傷つけないための行為だから 
話を聴くとは、相手が発した言葉の証人になることだから 
話を聴くとは、相手の自尊心を高める行為だから 
なんですって。

特に相手を傷つけないための行為と
相手の自尊心を高める行為というのが、
へー、と(なんとかの泉じゃないですけど)思いました。
そうですねぇ、ろくに話を聴かず、確かに誰かを傷つけていたかもしれないし、
誰かの自尊心をへこませていたかもしれない。
なんか特に親とかね。
亡くなった母には、よくそういうのしてたなぁ。
ああ、悪い娘で申し訳なかった。
でもね、
グチグチグチグチ(ってこともなかったけど、当時はあんまり興味のない話だった)
言われると、ついこっちもねってね。

まあねぇ、
お釈迦様じゃないんだからぜーんぶ微笑んで聴けないこともあるわな。
でも、時々はちょっと折り合いつけて聴いてあげるってことも大事なのでしょうね。

セントくんのおなか、完璧に治りました。
でも、まだ怖いのでヴェニソンバイツ100%にしないで
サイ☆☆スダイエットライトも少し混ぜてます。
ほんとに下痢しないって、こんなに楽なのかと
つくづく有り難く思いました。


「生きていくのに大切な言葉 吉本隆明 74語」 「悪人正機」

2010年08月11日 | 本と雑誌

  

とてもとても久しぶりに本のナビです。

戦後最大の思想家と言われている吉本隆明。
20歳の頃、そういうことはいっさい知らず手に取った本が面白かったので
ちょっと読んだ記憶があります。
その後本棚にあったその本を見た会社の先輩に
「へぇーっ、○○ちゃん(私のこと)が吉本隆明をね」って言われたことがあったなぁ。
ありゃ、どういう意味だったのか?

でも、今でこそ哲学だの心理学だのも、なんとか読めるかもと思うようになったけど、
当時の小娘には生の吉本隆明は難しくてね。
もう一生縁がないのかなと思っていたけど、
2~3年前に買ったこの本を、この間うちの本棚で発見して、
先週読んだら面白かったですよ。

これは吉本さんの言葉を、
勢古浩爾さんという人が解釈している本です。
生・吉本隆明(吉本隆明の著書)ではないのですが、
とっかかりはどこからでも気にしない質だし、
これがきっかけで吉本隆明に興味が持てればよいのです。

その中で、今回一番ピンと来た吉本隆明の言葉は、
「(人間の生き方において)自分の意志力が貫きうる範囲は、
まあせいぜいいって半分です。
あとは半分は外界が決定するのです。」
です。

イヴちゃんとセントくんのところで書きましたけど、
わたし6年前に仕事が急降下する憂き目に遭いまして、いまだにそれが続いてますけど、
ぜんぜん気づかなかったんですけど、ずっとそれは自分のせいだと思っていたようなんです。
潜在意識で、ですね。
イヴちゃんに悪いことをしたとずっとずっと思っていたのもそれですよね。

だから、この言葉に出会って、
エッアッ?…ほう…って何が何だかわかりませんね。
でも、そういう感じだったわけです。あはは。
気持ちが軽くなりましたよ、おかげさまで。
必要以上に自分を責めることもないのではないかいな?と。
イヴちゃんのこともそうですね。

もちろん
「なあんだそれなら、人生の半分は責任無いんだ」とはならないと書いてありますし、
当然そうですけど。
なんだか嬉しかったですね、この言葉。

これより私、また吉本隆明を読み始めたのですが、
次は吉本隆明・糸井重里「悪人正機」です。
これもわかりやすくてよいですね。
おいおい、いつになったら生・吉本隆明にたどりつけるのか。
いやー、たどり着けないかもしれないですけど、まあそれもいいかと。

吉本隆明はもういい。
セントくんはどうなんだ?
あっすみません。元気ですよ。
おしっこのコントロールがだんだん出来つつあります。
おむつ交換で、おむつを外すと待ってたかのようにポタポタ出るのは、
あれはほんとに待っているのかも。(うふふ)
待てるようになりつつあるのかな?すごいことですよね。


「お金と本当の豊かさ」

2010年03月13日 | 本と雑誌

この本、5年ぐらい前には既に知っておりました。
でも、一目見て、いかにもすごそうなタイトルでしょ。
すごそうってつまり、うさんくさそうというかね。
しかも、画像ではわかりにくいかもしれないのですが、表紙が全面金色ですよ!!
ハトロン紙のお金に見立てた丸い穴から、下の金地が見えるわけです。
まぁ宗教とまではいいません(って言ってるけど)けど、
宗教がかった感じってゆーか…うーん、嘘くさいってゆーか。
おおっいやだ、絶対にいやだーと思っていました。

それが何で買ったの?と思いますよね。
実は、私この著者(リン・A・ロビンソン)の
別の本(「直感力レッスン」)を持ってまして、
それがなかなか不況の中でさまよえる精神の安定剤になるというか、
心を落ち着けてくれましてね。
しかもどこから読んでもいいので、
寝る前にぱっと開いたところを読んで、
そうそう、そうねとか思いながら寝るみたいな使い方をしてました。
けっこういい本なんですよ。
それで同じ著者で探してみたら、
なんとこの本にぶち当たったのです。

うーん、そーですかぁ。
んじゃ、1回読んでみるかねということで読んでみました。
感想は、面白かったですよ。
「これ1冊で手に入れる!」なんてのが嫌なんですけど、
中身は誠にまっとうですよ。

これが書かれたのは2005年以前で、リーマンショックはまだでしたが、
その頃のアメリカ人と言えばクレジットカードを何枚も使い回して
それだけでも年収以上の債務があるなんて人も多かったのです。
もううんざりしているその人達に向かって彼女は、
自分の内なる声をよく聞きなさいといいますが、
それは単なるポジティブシンキングになれと言っているわけではありません。
債務に関しても、まずは目を背けることなくきちんと現状を知りなさいといいます。
確かに考えたくないものには目を背けて、それで落ち込むのが人間です。
けど、実際どうして自分がこんなに借金に追われるかはっきり認識できれば、
案外対策は立つのです。そして怖くなくなるのです。

そしたら感謝するのです。
感謝?こんな状態で?
いやいや、感謝すべきことはいくつもあるでしょ…と彼女はいいます。
運勢が変わるのって、
世の中が変わるのではなくて、その人の気持ちの持ちようが変わるからだと、
数年前テレビで誰かが言っていましたが、
そういうことなんですね。

とてもまっとうで、しかも説得力のあるこの本。
うーん、この装丁…これで損してるのか得してるのか。
こんなにストレートだと人前で読めない人もいるんじゃないの?
カバーすればいいと言えば、そうですが。


「こんな女房に誰がした? きみまろ人生劇場」

2010年03月12日 | 本と雑誌

気がついたら、けっこう更新してませんでしたね。
2月からずぅーっと取り組んでいた課題がありましてね。
昨日、ようやくそれから抜け出せた次第。
ただいま考え中の時ってブログが書けないんですわ。
それも問題ですけど。

で、「こんな女房に誰がした?」です。
綾小路きみまろは上手いですね。
田舎の会館にはおじちゃんおばちゃんが大挙してバスで押し寄せ、
3000席でも満席になり
きみまろの漫談に涙を流して笑うんですって。
その模様を以前テレビで見ました。
きみまろの漫談って徹底的にこき下ろすんですけど、
最後にちょっとやさしかったりして、ただこき下ろしているわけではないんです。
愛情がベースにないとだめってことですよね。

この本は、そんな綾小路きみまろが、
漫談を披露しているのは最後のおまけの部分で、
それ以外は潜伏期間30年の
彼の覚めた目が見た世の中について書かれています。
もちろん面白く。
これを読んでいると、ほんとにこの人自分でも書いてるけど、
一方でしっかり覚めてるなって感じます。
だからあんなに計算され尽くした
愛情のある漫談ができるんでしょうね。


春は眠い。


「いなかのせんきょ」

2009年10月10日 | 本と雑誌

鍵田原郡戸陰村(かぎたわらぐん とかげむら)という
中部地方の日本海側にあるらしい架空の村での話。

ここでは村長は代々密室で決められ、いつも無投票だった。
今回は平成合併を当て込んでハコモノを建ててしまったのに、
合併に失敗し、ハコモノの借金24億だけ残して引責辞任した村長の後継者に
白羽の矢が当たった人望厚い正直村議、深沢清春さんが主人公です。

ところが清春さん、代々の村長のように長いものには巻かれろと思っていません。
公共事業が降ってこないか口を開けて待っている連中とは違い、
もうそんなもんに頼らない村にしようと言い出します。

さて、ここで慌てたのは利権にたかってきた大物村議や地元企業者でございます。
清春さんを村長にしたらえらいことになると危惧して、
慌てて地主の助役を立候補させます。
最初、清春さんの立候補に笑顔だった連中が、
手のひらを返してみんな助役派になり、
清春さんは孤立無援になります。

でも、それで立候補を取り下げる清春さんではありません。
ここに、実に50年ぶりの熾烈なる村長選挙の幕が切って落とされたのであります。

助役陣営は金もばらまくし、企業ぐるみで投票させようとやっきですが、
村人の心はだんだん清春さんに傾いていきます…。

とにかく、おもしろいです。
今の日本の縮図が、方言によって思わず笑ってしまう軽妙さの中に見えてきます。
これを仕事の前にカフェで読んでいた樹庵は、
読んではニヤッと笑いまた読んではニヤッと笑って、
きっと変な人だったと思います。

対立候補の、地主で一橋大卒の助役に対し、
村の唯一のスーパー経営者で、中卒の深沢清春さん。
でも、村のことは誰よりもよく知っています。
投票前日、村人を集めた清春さんの演説はわかりやすく、
村への愛に溢れてうならせます。
こういう政治家がいたらほんとうにいいのになぁ。

ほんとうにおもしろいですよ。機会があったら読んでみてください。