「名前付きでお尻のアップの写真を上げられて…」女子陸上選手の“性的画像”告発にJOCも動いた「私たちも大会で何度も悔しい思いをしてきた」
近年スマートフォンの発達により、他人が勝手に投稿した写真が本人を含め無数の人の目に入るようになった。一度ネットに拡散されたデータは、瞬く間に広がり、発信元が削除をしたとしても、消え去ってくれない。こうしたネットでのデータの痕跡は「デジタルタトゥー」と呼ばれる。
会場で競技をしている写真をファンが撮ってネットにアップしたものではなく、性的な意図を持った悪意のある投稿だ。その違いは一目見ただけで分かるからこそ、互いの同意がない性的な投稿をした後の、そのデータが持つ影響力を考えてほしい、と2人は口をそろえた。
「アスリートのユニホーム姿を性的と思うのは人の性癖だし勝手にすればいいと思っていて。でもそれをその人にぶつける、名前付きでお尻のアップの写真を上げられて、それに卑猥な言葉が付いている。他の人がその子の名前で検索したときにそれが見つかるというのは、ただただ失礼な行動だし、その子は被害者だと思う。それはおかしいと私は言いたかったのですが、なかなか伝わらない」(C選手)
「そういう写真って1回ネットに上がるとずっと残るじゃないですか。絶対削除しきれないから、本当に応援してくれているんだったらそういうのも出さないでほしい。ちょっと考えれば分かるじゃないですか、SNSの恐ろしさってニュースになって、人が亡くなっている。安易に性的な写真を載せないでほしい」(B選手)
「競技を頑張りながら教職課程を取って先生になったとき、生徒って先生の名前調べるじゃないですか。そうしたら陸上やっていたときの写真に卑猥なコメントを付けられたものがたくさん出てくる、それがすごく嫌。そういうことが起きるからつらいよね」(C選手)
「被害を受けることを知らずに、いくらでもみんな(自分で)写真を載せちゃうんです。私らが中高生のときはそういう被害もないし、表に出ることもなかったので写真を載せても被害に遭うことはなかったですが、今はちょっと違うよね。どんどんSNSが発達してきて、そういう性的なものを見かけて敏感になってくる。でも知らずに上げて悪用されちゃう子が本当に多いから、それを幅広い人に知ってほしい。高平さんも言っていたけど、男性の指導者が多いから「そういう被害があるって知らなかった」って。だから私らが直接言ったり、記者さんの言葉を借りたりして、いろいろな人に周知して問題提起をしていくしかない」(B選手)
インタビューの途中に、露出が多い競技のユニホームについて選手目線のアイデアが出てきた。
現在世界のトップ選手をはじめ日本の学生の間で人気なのは、胸と腰部分が分かれて水着のような形になっているセパレートタイプ。もちろんこれまで通りセパレートを愛用するのも良いし、露出に抵抗がある選手は、脚を覆うスパッツタイプなどいろいろな選択肢から選んでいくのはどうかという案だ。
学生の選手は部活動のチームがユニホームをセパレートに統一していたり、実業団選手でもスポンサーとの兼ね合いでユニホームの形まで選べなかったりする事情はある。ただ、隠し撮りや性的な画像の拡散被害が拡大していることを選手以外のスタッフにも周知して、現状に対抗するすべを持つのは、これから必要になってくるのではないか。選手の選択肢を増やすことは、その人らしい競技人生を送るためにも大切な環境整備だ。
ネットの世界ではスラングなどの罵詈雑言が横行し、性的な言葉もよく見かけるが、現実世界でこんなひどいことを、公衆の面前で言い放つ人はそれほど多くはないのではないか。工藤弁護士から差し出された紙には個人の性的な欲求を表す文言が踊っていて、ひどく滑稽にすら見えた。
捜査が介入するのが難しいのであれば、やはり競技団体が対応を強化するしかない。日本陸連に被害の実態、法整備で追いつかない現場の規制、今後の対応策を工藤弁護士から持ちかけているという。
そして、日本陸連が、国内競技団体の統括団体である日本オリンピック委員会(JOC)に相談をする予定があるとの示唆があった。A、B、C選手の被害の訴えを受けて、日本陸連のアスリート委員会、日本陸連、そしてJOCが何らかの動きを見せる可能性があるということだ。
「性的な意図をもった撮影。卑猥な撮影行為、掲載行為......。いまひとつ言葉にインパクトがない。なかなか盗撮というと、いかにもスカートの中をこっそり撮影するみたいなイメージがありますね」と工藤弁護士。
風間事務局長は「場合によっては普通の写真に対して卑猥な言葉を加えたり、写真に体液を付けたものをネットに載せたりするということをする。選手の顔が分かるように載せてみたいな、これは盗撮ではないんですよね」と困惑気味に意見を述べた。
「広く尊厳を害する行為ですよね。それはスポーツ選手の尊厳というより、一個人の尊厳ですよね。スポーツ選手だから目立つからというだけで、もはやスポーツ選手への特別な何かという問題でもなくて」と工藤弁護士は言葉に力を込めた。
確かにその通りで、厳密に言うとアスリートが受けているのは盗撮被害ではなく、迷惑な撮影ハラスメントだ。この卑劣さを読者の人にも分かりやすく、正しく伝えるには、何か別の表現を考えなければいけない。宿題がまた一つ残った。
「レオタードがルールで決められている以上、刑事事件化は難しい」
競技団体が苦慮する“性的画像”対策
「観客席からの撮影を禁止したケースも」
共同通信運動部の報道により、JOCなどが動き出し、東京五輪でも話題となった女性アスリートの盗撮被害や性的画像問題。現役選手の証言と合わせて、記者が大会運営者側にも取材を進めていくと、見えてきたのは……。
アスリートの盗撮問題は取材班でテーマを掘り起こしてニュースを出すタイミングをうかがう一方、同時進行で進めていた周辺取材から、競技団体や大会を運営するサイドも対応で苦悩してきた長年の経緯が見えてきた。 「スタンドで保護者の方が「自分の子どもが写されている」と気付いた。係の者が駆けつけて連れて行こうとしたらもみあって逃げた人が1人いたんです。騒ぎになって、最終的には10人近い人たちが盗撮をしたということで集められた。通常1、2人であれば中身の写真を出させて、「駄目だからもうやるな」と諭して帰すことが多かったのですが、警察が来たので取り調べを始めてもらいました。最終的にパトカーも来て、署に乗せて行きました」 取材に答えてくれた選手からの情報で「あの会場で隠し撮りが多かったと聞いた」と言っていた陸上の大会のうち、ある運営関係者が明かしてくれた話の驚くべき場面の一部だ。 「署に連れて行かれたあと勾留はされていないので、なんと翌日また彼らが来たわけです。だから試合中も通路に立って、ずーっとその人たちを見ておかなきゃいけない。(現行の法整備では)完全に罪に罰せられることがないと分かっているから、またチャンスがあれば......と思って来るわけです」 「大会の規制としては撮影禁止エリアをしっかり明記して、会場に入るときはカメラをしっかりチェックして望遠レンズや疑わしい品質のものは駄目だと注意する。しかしホームカメラのような見かけでも赤外線機能が付いているものがあって、そういういいカメラをお持ちの方もいる。それで会場で撮った画像を見せなさいと言っても、すでにデータがサーバーに移されている」 一方的に性的な切り取り方をする隠し撮りはしないでくださいと呼びかけている運営側と、法に裁かれることがないと知っているから大胆に、時には選手の保護者の前で隠し撮りを続ける撮影者。会場での規制は“いたちごっこ〞だと、担当者はやりきれなさをにじませていた。
選手への取材を続けていると、以前から隠し撮り対策に取り組んでいるというメーカーの名前を耳にすることがあった。 埼玉県熊谷市に本社を構え、陸上競技のウエア開発や物品提供を中心としたスポーツ用品メーカー「クレーマージャパン」は、赤外線搭載カメラによるユニホーム透視を防止できる粒子を吹きかけた製品を07年に開発。女性選手用のランニングブラや、既製のユニホームに差し込むパットなどを生産し、学校関係者への営業を通して商品販促を行ってきた全国的にも珍しい会社だ。 05年、当時会社の役員が代表を務めていた日本学連から、「隠し撮り対策ができる製品を作ってほしい」と要望があり、開発に乗り出した。2年をかけて製品販売にまでこぎつけたが、現場での反響や売り上げは「思ったよりなかった」(担当者)という。 「会場での規制をかいくぐって隠し撮りをする人たちは絶えない。一方で我々がこういう製品があるので買ってください、と宣伝するのは(選手たちに間接的に被害を教えることになるので)露骨には憚られる。大学の先生も「被害はあるよね」という認識だったが、じゃあ選手に買ってあげようというところまではいかなかった。自分たちは別に(大丈夫)という雰囲気で、当時はなかなか選手自身が被害を目にすることが少なかった。ここまでする必要があるかは伝わっていない」 売り上げは取材当時の数字で、パットが2000セット、ショーツは150枚弱ほどだったという。担当者は従来の硬い素材だと競技がしにくいため製品自体に改善の余地があると指摘。
問題の深刻さが現場で共有されていない?
さらに開発を始めた15年前から現状が変わらない理由について、そもそも問題の深刻さが現場で共有されていないからかもしれないと話してくれた。 「理想論ですが、こういう素材がユニホームに標準装備されていて、選手が自然に守られるのが1番かなと思っている。(被害があるのかどうか)半信半疑でなかなか受け入れないこともあると思う。自然と身につけてもらえるようなものを作ることで、開発当時の代表の思いを受け継いで、次の段階にいかなくてはいけない」 国内競技団体も苦悩とジレンマを抱えている。女性アスリートが狙われそうな競技は? とスポーツ関係者に問うと、多くの人が水泳、体操、フィギュアスケート、陸上、バレーボールといった競技を挙げた。大会や連盟で指定されているユニホームや衣装の形状が独特で、露出が多い点が共通点として推測できた。 各連盟に取材を申し込み、対策や会場の現状を回答してもらった。競技によっては一般客による撮影を全面禁止にしているところもあった。
「一般撮影を許可している競技は対策を放棄している」と受け取られがちだが、取材をしてみると一概にそうとも言えないことが分かった。選手を狙った撮影者がさまざまな会場に足を運んでいて、運営管理者はどこの競技でも被害を認識したうえで、対策に苦慮しているということだ。 陸上競技やバレーボールのようにファン向けの撮影を自由にしているからといって、事態を軽視しているわけではない。写真を撮りたいファンや選手の身内の気持ちを尊重したい意向がある一方、被害対策との間で板挟みになっている。
各団体の対策は次の通り。
▼競泳(日本水泳連盟) 00年ごろ、連盟主催で無料入場の大会において、一般撮影は許可制に移行。なお有料大会において規制はしていない。 08年ごろ、北京五輪に向けて足首まで体を覆うスピード社の水着が男女ともに主流となり、隠し撮り被害の件数が減少したことを認識した。 規制のなかった当時は、泳ぐ前やプールサイドに上がる際、お尻などを狙ってシャッターを押す、怪しい撮影者が観客席にいると通報があった。水着がハイレグの形でなくなってから、被害件数は大幅に減ったという。
▼フィギュアスケート(日本スケート連盟) 05~06シーズンから、観客席からの一般撮影を全面禁止。 観客席から望遠レンズで撮影し周りの方々へ迷惑をかける事例が発生し、観客が撮影したと思われる写真がネット上のオークションなどで販売され、選手の肖像権を侵害する行為が多発したため。 現在は大会ホームページでの事前告知、会場内での見回り、場内アナウンスでのお願い、手荷物チェックなどで周知を徹底。隠し撮り被害は、多くのトップスケーターを含めた選手がターゲットにされたものが確認されている。
▼体操(日本体操協会) 00年4月、会場での撮影・取材を一部制限。 01年4月、規制対象の望遠レンズの長さを200ミリから210ミリにするなど、規定を一部改正。 04年2月、一般撮影と報道撮影の分離をしたうえで、一般撮影の禁止に踏み切る。ただ選手の所属クラブなどによる競技力向上を目的とした動画撮影、選手の親族らによる記念撮影などは、入場時の申請により撮影許可証を発行するなどして対応。また協会主管の大会以外の撮影規制は、主管団体の判断に委ねている。 協会が警察に相談したところ、レオタードで演技することがルールで決められている以上、それを防ぐためには撮影禁止の規制を設けること以外、どんなに選手の望まない下半身をクローズアップしたような写真を売っているとしても、刑事事件としての取り扱いが難しいと回答されたことが一因。 隠し撮り被害は、体操、新体操、トランポリン、一般体操も含むすべての女性選手がターゲットとなって、自身の望まない写真や動画を撮影されてインターネットで販売されていたという。
▼バレーボール(Vリーグ) 15年ごろ、リーグ公式サイト内に「V.LEAGUEを観戦いただく皆さまへ」と題したページを開設。 「(7)試合運営の妨げにならないようご協力をお願いします」とした項目の中、12番目に「盗撮などの迷惑行為」を盛り込み、呼びかけを続けている。一般客による撮影の全面的な禁止はしていない。 隠し撮り被害は、女性選手の胸やお尻をアップして撮影するのが一番多いケース。画像や動画がSNSや動画配信サイトのYouTubeなどにかなりの数が上がっていることを確認しており、サイト運営会社に削除要請をするなどしている。
こうした周辺取材と並行しながら田村デスクや益吉記者を中心にJOC側にも裏付け取材を続けた。そして試行錯誤を重ねながら、複数のルートから「裏取り」に成功し、アスリートへの迷惑撮影、ネットでの画像拡散の問題にJOCが対策に乗り出すと記事の具体的なリード(書き出し部分)が決まった。しかし執筆を始めてもなお、「盗撮」に代わるいい言葉はなかなか見つからなかった。 「迷惑撮影」だと実態がぼんやりしすぎているし、「撮影ハラスメント」は漠然としている上に文字数が多い......。 東京都港区汐留の共同通信本社19階、運動部のフロアで悩む品川と鎌田に、田村デスクが「これってどう?」と声をかけた。 かつて女性と性的な関係を持ったときの写真をばらまくと脅迫した疑いで、逮捕された事件の記事。その画像のことを「性的な画像」と表現していた。これなら分かりやすいし、下着を写すような露骨な盗撮だけじゃない写真や動画も指すことができる。 「アスリートの性的画像問題」へJOCが対策へ乗り出す。田村デスクの提案で、記事は固まった。こうして第一報が世の中に出ることになった。
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