谷崎潤一郎「文章読本」を読んでいる最中だが、少し寄り道をする。映画評論家、佐藤忠男の「論文をどう書くか」(講談社現代新書)を読む。佐藤忠男も独学者である。彼は、子供の頃に面白いと感じた通俗小説、通俗映画についてこう書く。
「・・・私は『面白さ』というものにはたんなるひまつぶし以上の知的な刺激が含まれているばあいがあるのではないか、そこに積極的にのめりこんでいったことによって、自分は学校の勉強以上の勉強ができたのではないか、ということをいいたかったわけだ。いわば私は『面白さ』という平凡な日常的な言葉にこだわることによって、自分の劣等感を自己肯定に逆転させようと試みていたのだった」(151頁)
佐藤忠男の書く「自分の劣等感」というのは、彼の学歴コンプレックスのことである。現在でも学校教育は、生徒たちに劣等感を植え付けるだけのものになっているのでは?面白い、と思うことにこそ、その人の人生を煌めかせるのもがある。佐藤忠男からのメッセージだ。この本には、福沢諭吉の文体についての考察も書かれていて、勉強になる。
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