リーマン・ブラザーズの経営破綻に端を発する金融危機により、米国の住宅ローン担保証券(MBS)及びそれらを組み込んだ資産担保証券(CDO)の価値基準に信用不安が発生した。国際決済銀行(BIS)統計では、金融派生商品の総額は6京3千億円規模にまで膨らんだとされる。証券化商品の基礎となるMBSの信用不安発生によって、金融機関同士の金融商品解け合い過程に入っており、仮に1998年に破綻したLTCMに準じて実損率が2.5%であったとしても、巨額損失の発生が避けられない。米連邦準備制度理事会(FRB)は大手銀行救済を主たる目的として、市中から米国債及びMBSを買い入れる量的緩和政策(QE1/QE2)を行なった。2012年9月からQE3を実施しており、米国債及びMBSを毎月850億ドル市中から購入している。年率換算で1兆ドルに相当する高い水準での量的緩和政策である。FRBはQE3を2014年終盤まで続けると宣言している。QE3の目的は失業率を下げることとされているが、実際の狙いは米国債の金利上昇を抑えることにある。
OECD統計で2005年との比較において、通貨供給量は米国では178%、日本は117%に増加している。基準とする年や分母となる通貨供給量によって増加率は変化し、2008年比で通貨供給量増加率を米国約320%、日本約130%とする統計もある。日米比較で言えば、日本の通貨供給量は少ないと言えるが、日銀は短期・長期国債や金融商品を市中から買い入れて通貨供給政策を行なっている。
2013年1月13日ブルームバーグは「安倍首相、バーナンキ米国連銀総裁を支援、5580億ドル(50兆円)の外債を購入の見込み」と報じた。JPモルガン証券は総額がその2倍になる可能性もあると指摘している。報道の通りだとすると、安倍政権は基金を設立して、50兆~100兆円分も外債を購入するということになる。国内資本で米国債を購入すれば、その分国内への資金供給は細り、併せて円売りドル買いによる円安が進み輸入物価高となる。内需を中心とする中小企業は物価上昇分を価格転嫁できなければ、利益を削られる事になる。
更に2013年3月末で中小企業金融円滑化法(返済猶予制度)が終了になった。自見金融大臣(当時)国会答弁によると、この法案に基づいて貸付条件の変更等を受けた法人は30万~40万社になるとのこと。資金繰りが悪化した法人が倒産や廃業に追い込まれる事例が増加して、国内景気悪化要因となりかねない。実体経済を底上げするには銀行貸出を増やし、無形的なものを含む生産財への投資が必要である。銀行は貸し倒れを恐れて、企業への貸付に慎重になっている。信用保証協会の保証制度を拡充するなどの対策を行うことが急務であると言える。
銀行貸出の増加は信用創造により、日銀の量的緩和金融政策に頼らずとも通貨総量を増加させることができる。本来経済規模の拡大は銀行貸出によって行われるべきなのである。昨今は都市銀行のみならず地方銀行までもが、工場の海外移転を支援する融資制度を整えつつあるが、実際に行うべきは国内への工場移転支援である。国内製造拠点を失えば雇用も失われるのである。円高によって海外への転出が強まったのではあるが、それに対しては政策誘導で国外への転出を防ぐべきなのである。
円安によって輸出が増加するという指摘があるが、既に海外生産が進んでいるので、円安が輸出企業にとって必ずしも有利とはならない。東日本大震災が起きた2011年3月から貿易収支は赤字の傾向にあり、2012年11月以後は経常収支も赤字に転落している。円安による輸入物価の値上がりは、貿易赤字の拡大をもたらし経常収支における赤字常態化を促す。経常赤字は国富を減少させ、消費と所得も減少させる。史上類例のない日銀の金融緩和は、投機資金を膨張させて一時的に資産価格の上昇をもたらすが、多くの国民には金融緩和がもたらす通貨安による輸入物価高や借入金利上昇の弊害が覆いかぶさってくる。
それでも、日本政府が円安を望む最大の理由は、外国為替資金特別会計や年金資金運用基金が運用するドル建て外債の価格が、為替相場によって円換算で変動するからである。日本政府や日本の金融機関は近年の円高傾向によって、外債運用で巨額の損失を含んでいる。外債運用残高が巨額であるので、ドル円レートが1円動いただけで、損益も大きく変動する。
民主党政権下のことではあるが、財務省外国為替平衡操作の実施状況によると2010年9月15日に2.1兆円、東日本大震災以後の累積では14.2兆円の為替介入を行なっている。原発震災に際し未曾有の国難のある時局にありながら、他国の通貨を買い入れるとは、あまりにも国民の生活をないがしろにした所業であると言わざるを得ない。
故・吉川元忠神奈川大教授は為替介入を通じた日米間の資金融通政策を「新帝国循環」と名付けた。本来、日本政府や日本の個人・法人が所有する国富は円建てで保全されるべきであるが、日本が米国の経常赤字を埋める日米間の金融循環が存在する。この「新帝国循環」により日本側が保有させられているドル建て債権が増える程、日本側はドル価値の維持に腐心せざるを得なくなる。
日本の官民がドル建て金融商品保有を膨らませていった背景には、金融自由化の動きがあった。1975年には国債発行が常態化して、発行規模が大きくなった。1977年には国債の市場転売が認められ、国債相場と連動していた市場金利を切り離すため、「金利の自由化」が必要となった。1983年の中曽根レーガン日米首脳会談で「日米円ドル委員会」の編成が決定され、金利自由化は加速していく。
1949年に施行された「外国為替及び外国貿易管理法」(外為法)は、国際収支の均衡と通貨の安定を図ることを目的にしていた。外国との経済取引(外貨の両替)を原則として禁止しており、許認可を受けた場合のみ例外として認められていた。貿易による利益や外債売却後は「円転」するように義務付けられていた。1980年の外為法改正でこの縛りが消え、「対外取引は原則自由化」された。1996年11月橋本内閣は「金融ビックバン構想」を打ち出し、1998年には「対外取引の完全自由化」が行われ、国内資本がドルへ兌換されて流出していくことが常態化する素地ができた。
歴史を遡る事1932年、当時の高橋是清蔵相は金融恐慌による経済難局から脱するため通貨供給量増加政策を取った。通貨供給量を増加させれば、通貨価値の希釈化により対外為替は下落する。それを見越して資本逃避が発生する対策として、外貨証券、海外不動産等の購入制限を内容とする資本逃避防止法を1932年7月に制定した。1933年2月には公定為替相場の制定、為替取引の日銀、横浜正金銀行等への集中、貿易の広範な統制を政府に委任する内容である外国為替管理法をも制定した。近年の「失われた20年」と呼ばれる国内経済疲弊は「資本の国外流出」に起因しており、高橋財政に習い外為法の再改正により、国富流出を抑えるべきなのである。