確かに、ミルク不足は深刻だった。新聞は連日、テレビでは緊急特番、
ありとあらゆるメディアが騒ぎ立てる。
当然配給になる。かれこれ、69日そんな日々が続いている。そのよう
な状況下、当然ここにもミルクはほとんどない。ねこは週1で無理を言
って飲ませてもらっている。
じっと白を見つめる、目をつむってゆっくり、飲み干す。
ためいき。
「しかし、ね、どいつもこいつも、ミルクのせいだと言うんだ、足りな
いのが原因なんだってね。違うよね、それは違う、僕は違うと思うん
だ」
とねこは憤慨。
「そうさね。わしらはミルク要らずだから、わかるよ」
くじらは82杯目のビール片手に眠そうな目で言う。
ひつじは、「MY FOOLISH HEART」をいかに弾くべきかずっと考えなが
ら、同じフレーズを82回も繰り返している。
「ミルクのことなんて、ほんの些細なことだよ、」
飽き飽きしたような口ぶりでくじらは言う。
「そんな大騒ぎすることでもない。どうかしている。もっと深刻な不足
があるってぇのに、ミルクのせいにばかりしていやがる」
ねこは、考えた。わからない、わからない。これは、夢、なのか。ねこ
のひげはひっきりなしに、神経質に動く。
「くじらさん、出来ました。私の「MY FOOLISH HEART」が。いきます
よ」ひつじは唐突に弾き始める。
くじらは陶然と聴き入る。そして、言う。
「きっと、身体の大きな僕にしかわからないことなんだろうけど、夢か
ら醒めても、まだ夢のしっぽが、まだ身体のどこかに残っていて、ココ
ロをくすぐるんだ。だからわかる。かすかな感覚。そんな感じ、君には
あるかい?」
「じゃあ、これは、夢なの?どうしたら、わかるの?僕にはわからない
よ。さっきから、おかしいとは思っていたんだ。突然醒めるのかい?コ
インが転がっているような、頼りない心持ち。表?裏?それとも?僕の
この実在が信じられない。どうにもしっくりこないんだ。でもどうした
ら、抜け出せるんだ?」
慌てたねこは、ミルクの瓶、倒す。空の瓶から、ミルクがとめどなく溢
れ出す。沈む。
ミルクの海。
(続)