○ 苦戦するコンシューマー向けメタバース、KDDIは「生成AI」に活路を見いだす。
通信大手3社が注力している「メタバース」。世間では関心が失われつつあるが、各社とも法人や自治体向けのメタバース事業は好調な様子だ。その一方でコンシューマー向けのメタバースは、普及に向け大きな課題を抱えている。課題解決に向けて何が求められているのか。KDDIが2023年10月24日に発表した「αU」の新たな取り組みから確認してみよう。
関心は急低下も法人向けメタバースは絶好調。
2022年までメタバースは大きな関心を呼んでいた。だが2023年初頭、生成AI(人工知能)に対する関心が急速に高まったのと同時に、メタバースへの関心は一気に失われた。
多くの企業がメタバースから生成AIへと事業を大きくシフトする中、国内の通信大手、とりわけNTTやKDDIはメタバースへの大規模な投資を打ち出していただけに、事業の行方が懸念されていた。
だが以前の決算発表会において、NTTの島田明社長やKDDIの高橋誠社長に対してメタバース事業への積極的な投資を継続するのか筆者が尋ねたところ、両社長ともに継続する意向を示していた。通信各社のメタバースに関する取り組みを見るに、事業継続を打ち出す理由は、企業や自治体に向けたメタバース関連ビジネスが既に確立されているためのようだ。
実際、NTTグループでメタバース関連事業を担うNTTコノキューは、企業向けのメタバース関連事業に力を入れている。2023年6月にはメタバースを活用してリモートワークでもオフィスに近いコミュニケーションを可能にする「NTT XR Lounge」の提供を開始するなど、企業向けメタバースソリューションの拡充を図っている。
自治体もメタバースを積極的に活用しているようだ。例えばソフトバンクは2023年9月8日、Web3を活用した取り組みを推進する連携協定を、兵庫県養父市及び吉本興業と締結。その第1弾として、ソフトバンクが活用している2Dベースのメタバースプラットフォーム「ZEP」を活用して養父市の魅力を発信する「バーチャルやぶ in ZEP」をオープンした。
そして2023年10月24日にメタバースやWeb3に関連する事業のブランドαUに関する発表会を開催したKDDIも、企業や自治体に向けたメタバースのビジネスは非常に盛り上がっていると説明した。
KDDIの中馬和彦事業創造本部副本部長によると、企業では海外のハイブランドによるオンラインでのリアルな製品体験のため、自治体では観光推進に向けたオンラインでの体験価値のための活用が進んでいるという。「企業や自治体向けのメタバースは次のフェーズに入った」(中馬副本部長)というほど勢いがある様子だ。
コンシューマー向けの課題はコンテンツ不足。
だがその一方で、勢いが完全に止まってしまっているのがコンシューマー向けのメタバースサービスである。中馬副本部長は、メタバース空間上におけるイベント開催時と日常時の盛り上がりに大きなギャップがあると指摘する。
メタバース空間上でライブなど様々なイベントが実施されたときには多くの人が集まるという。KDDIのメタバースプラットフォーム「αU metaverse」では1000人以上の配信者がイベントを実施している。そうしたタイミングでは大きな盛り上がりを見せるが、それ以外のタイミングではメタバース空間に積極的に訪れる理由をユーザーが見いだせず、人が集まらない。
その理由について中馬副本部長は、「圧倒的にコンテンツが足りない」と分析している。「YouTube」や「TikTok」など多くのソーシャルサービスはUGC(User Generated Contents)、つまりユーザー自身が制作したコンテンツを見る人が集まることで好循環を生み出している。だがメタバースの場合、コンテンツを作成するには3Dグラフィックの知識や技術が求められるなど非常にハードルが高い。さらにどのようなコンテンツを提供すれば盛り上がるのかというユースケースがまだ見えていない。
そこでKDDIはコンシューマー向けメタバースを盛り上げる策として、まずαU metaverse上でのライブ配信機能を一般ユーザーにも開放。その上でユーザー同士で盛り上がるユースケースを増やす施策として、カラオケ機能を新たに追加することを発表した。
これは文字通り、メタバース上のカラオケボックスに集まってユーザー同士がカラオケをするというもの。エクシングの協力により、同社が運営するカラオケサービス「JOYSOUND」の基盤を活用して展開する。当初は100曲を無料で配信するが、ビジネスとして成立するような盛り上がりを見せれば、楽曲を増やすことも検討するとしている。
生成AIはメタバースのコンテンツ制作に有用。
加えてKDDIは、クリエーターがメタバース向けコンテンツを提供しやすくする取り組みとして生成AIの活用を打ち出している。メタバースと生成AIは別物と捉えられているが、両者の関係は「『or』ではなく『and』だ」と中馬副本部長は話す。
メタバース上で活用するアバターなどのコンテンツを個人で制作するハードルは相当高い。そこで生成AIを用いることで、スキル不要で開発できる環境を整えていきたいというのがKDDIの考えだ。生成AIによってメタバースのUGCが拡大すれば、確かに好循環につながる可能性がある。
ただ現段階では、生成AIをメタバースのコンテンツ制作に直接取り込むところまでは至っていない様子だ。今回の発表に合わせてKDDIが打ち出したのは、生成AIを活用した「Producer AI」というクリエーター支援だ。これは著名な音楽プロデューサーの感性をAI化し、そのAIを使ってクリエーターをプロデュースするというもの。コンテンツの制作を支援するというよりも、クリエーター自身や作品の売り出し方などを支援する取り組みのようだ。
そうしたことから、コンテンツ制作の支援という点ではまだこれからという印象を受けた。またUGCは流行や「飽き」も早いだけに、ユースケースの開拓もカラオケだけでは心もとない。ユーザーの継続利用につながるヒットを生み出すには、クリエーターへの継続的な支援が不可欠だ。
メタバースに対する逆風は今後一層厳しくなることが予想されるが、本格的な普及を見据えるならば継続的な取り組みと投資が欠かせない。企業や自治体に向けたメタバースビジネスの好調がいつまで続くかは分からない。KDDIをはじめとした各社がコンシューマー向けメタバースで成果を出せるか否かは、メタバース全体の今後を占う上で重要なポイントになるだろう。