復た次に善男子、仏及び菩薩を大医となすが故に善知識と名づく。何を以ての故に、病を知り薬を知し、病に応じて薬を授くるが故なり。譬えば、良医は八種の術を善くす。
先ず病相を観る。相に三種有り。何等とか三とす。謂く風・熱・水。風病有る者にはこれに蘇油を授け、熱病の人にはこれに石蜜を授け、水病の人にはこれに薑湯を授く。病根を知って薬を授け、差ゆることを得るをもっての故に、良医と名づく。
仏及び菩薩、亦復是くの如く、諸の凡夫に病、三種有ることを知る。一には貪欲、二には瞋恚、三には愚痴。貪欲の病には骨相を観ぜしめ、瞋恚の病には慈悲の相を観ぜしめ、愚痴の病には十二縁相を観ぜしむ。是の義をもっての故に、諸仏菩薩を善知識と名づく。
さて、「七譬」の2つ目です。『大般涅槃経』では、仏・菩薩を素晴らしい医師とするからこそ、善知識と名付けるとしています。それは、仏・菩薩とは、衆生の苦悩をよく知り、その原因と根治法を知っているからです。世間の病の原因も色々とあると思うのですが(同経では風・熱・水の三種にしているようです)、仏教の病を起こす原因は3つ、それが貪瞋痴の三毒です。いわば、むさぼり(貪欲)・いかり(瞋恚)・おろか(愚痴)という3つです。
それぞれ説明を要しないとも思いますが、一応申し上げれば、「むさぼり」について親鸞聖人の『弥陀如来名号徳』を参照しながら申し上げれば、「貪欲といふに二つあり。一つには婬貪、二つには財貪なり。この二つの貪欲のこころ」ということです。性的欲求を貪ること、そして金銭を貪ることです。無論、ともに人間が人間として生きていくための生存欲にも直結することです。ただ、そうであるが故に、常に自己を見失い、いつの間にかそれらに依存することも能くあることなのです。そして、『涅槃経』では仏・菩薩が衆生の「貪欲」を見たらば、「骨相を観ぜしむ」とあります。これは、一種の「白骨観(不浄観)」だといえましょう。我々自身、肉体を持って生きていても、死ねば骨になってしまう、よって、そのような一時的な存在に心を寄せても無意味であるとし、観無常させるのです。観無常は、貪欲から離れる一番良い方法です。そして、「世間虚仮、唯仏是真」(聖徳太子)の言葉の如く、永遠なる真理としての仏道に帰入していくのです。
次に「いかり」についてですが、同じく親鸞聖人の言葉として「おもてにいかりはらだつかたち」「心のうちにそねみねたむこころ」とあります(同箇所、本来は「無瞋」について説いているので、文としては否定している形になりますが、敢えて「瞋恚」の分かるように引用しています)。顔に、怒りを湛え、腹立てる様子を見せること、これは良く分かりますが、表情に出さなくたって、心の中に「嫉み」「妬み」を持つこともまた、「瞋恚」です。「妬み」「嫉み」、或いはそれらを合わせて「嫉妬」といっても良いと思いますが、この心持ちも恐ろしいですね。仏教では本来、他人に良いことが起きた場合には、妬むのではなくて「随喜」するように説いています。これは、一緒になって喜んであげるということです。なお、『涅槃経』では、その随喜に到る最も基本的な心持ちとしての「慈悲を観ぜしむ」とあります。ただ、困っている人を助けるだけが「慈悲」ではありません(強いていえば、それは「悲」の働きとされます)。善いことを一緒に喜び、或いは善くなるように助けること、これも「慈悲」です。ここに「嫉妬」はあり得ません。仏教徒に嫉妬があってはならないのです。
最後に「おろか」についてですが、同じく親鸞聖人の言葉として「一切有情、智慧をならひ学びて無上菩提にいたらんとおもふこころ」が無いということです。世間的な評価としての「おろか」ということではなく、正しく仏道を学ぼうとしない、無上菩提に到ろうとしないこと、それが「おろか(愚痴)」なのです。自分にはその才能がない、或いは宗教など嫌い、これらが全て「おろか」ということです。しかし、因果の理法を信じ、そして仏陀釈尊の教えにしたがえば、必ず我々は無上菩提に至ることが出来るはずなのです。それは才能などの問題ではなく、今ここで学ぼうとする気力、志があるか否かです。『涅槃経』では、仏陀の「十二縁相を観ぜしむ」とあります。それはつまり、今自分が愚かであるということの理由である「無明」を正しく破るための方法論と、同時に方法そのものを提示していることになります。
このように、仏・菩薩は、一切衆生をして、様々な方法を正しく用いさせることにより、三毒から離れさせ、正しく仏の教えに帰入させていくわけです。よって、それは世間でいうところの「医師」のようなものであると、『大般涅槃経』では譬えているわけです。
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