つらつら日暮らし

「瑜伽戒本略頌」について

拙僧の手元に、『〈密宗必須〉三聚戒本』(東京書林山口屋佐七版、明治13年以降)という冊子があるのだが、内容は『梵網経』『瑜伽戒本』『根本説一切有部戒経』の3種の戒本を収録したもので、「密宗必須」とある通り、日本の真言宗で用いたもののようである。同書の中に、「瑜伽戒本略頌」というのが収録されていた。

今日はその「偈頌」を見ておきたい。

  瑜伽戒本略頌
摂善法戒は六度の行にして、四重禁戒と三十二となり、
摂衆生戒は四摂法なり、是れ則ち後の十二戒と為す、
是を瑜伽の後二戒と名づく。
    原典に随って訓読


以上である。これは、『瑜伽戒本』の「四重禁戒・四十四軽戒」について、前後に区分し、更にその意義付けを行ったものである。それで、この「略頌」であるが、典拠はよく分からなかった。

そこで、まず、略頌全体が「三聚浄戒」に基づいて説かれているが、「摂律儀戒」が入っていない。それは、また別の「摂律儀略頌」に見られるので、ここでは「摂善法戒・摂衆生戒」を元に、『瑜伽戒本』中の諸戒を配していると理解して良い。なお、『瑜伽戒本』は、弥勒菩薩説・玄奘三蔵訳出となっている。

それで、「摂善法戒」から見ていくが、ここには「六度(六波羅蜜)」の行を包摂するとし、具体的には持戒を説いているのだろう。そして、『瑜伽戒本』に見られる、瑜伽行派の戒律について、「四重禁戒・四十四軽戒」を簡単に説示したのである。まず、ここでいう「四重禁戒」とは、いわゆる声聞戒に於ける「四波羅夷」のことでは無くて、以前【『瑜伽師地論』に見える四種他勝処法について】という記事で見た「四種他勝処法」のことである。内容からは、『梵網経』下巻で説く「十重禁戒」の第6~第10重戒に相当する。

また、「四十四軽戒」については、この辺が微妙で、いや、実際に上記の略頌での数を合わせると「四十四軽戒」で良いと思うのだが、一方で本書に収められている『瑜伽戒本』では「四十三軽戒」となっている。この辺、如何したものか?と思っていたら、こんな一節を見出した。

則ち軽戒の多少を明かす、瑜伽戒本に四十三軽戒〈或いは四十二・四十三・四十四・四十五の異説頗る多し。然而、倫記并びに戒本の図は四十三なり〉。
    『梵網古迹抄』巻5


この『梵網古迹抄』って日本の文献なのだろうか?どちらにしても、現存しているのは日本の江戸時代に中野氏是誰によって、寛永21年(1644)に刊行されたものである。そこでは、『瑜伽戒本』に於ける「軽戒」の数え方に複数があると指摘しつつも、「四十三軽戒」が良いと選択している。とはいえ、「略頌」の作者は、「四十四軽戒」を選んだのだろう。なお、この「軽戒」については、「若し諸もろの菩薩、菩薩の浄戒律儀に安住して」という定型句から始まるので、その定型句を持つ節を条文だと数えていることになる。

それで、とりあえず手元には「四十三軽戒」の本しか無いので、そこから判断していくけれども、まず前半の「三十二戒」は「摂善法戒」であり、後半の「十二戒」は「摂衆生戒」であるという。その辺、「第三十二軽戒」は「於説法師毀笑戒」となっており、説法している師について、軽んじて笑うことを諫めている。確かに、ここまでは本人の善行に関わる。

一方で、「第三十三軽戒」は「所応作不為伴戒」としており、これは様々な人が善い行いをしようとしているのに、この戒を受けた者が「嫌恨心を懐き、恚悩心を懐て、助伴為ざる、〈中略・具体的な善行の事例〉是れを有犯と名づけ、違越するところ有り、是れ染の違犯なり」などと書いてある。よって、人々の行いへ福田たる菩薩僧が応えようとしないと解釈できるから、これは確かに「摂衆生戒」に適合しない行いだといえよう。

そして、その前後の戒律を見たが、やはり同様の解釈をして問題無いようである。つまり、この「略頌」の作者は、『瑜伽戒本』の「四十四軽戒」について、実践的には思想的体系があるとして解釈していたのだろう。

なお、『三聚戒本』には、続けて「摂律儀略頌」「三聚浄戒総頌」が収録されているが、それらもまた、機会を得て取り上げておきたい。

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