つらつら日暮らし

大乗『大般涅槃経』に見る釈尊略伝について

面白い記述を見つけたので、紹介しておきたい。

 菩薩、兜率より下り、白象に化乗して神を母胎に降す。父を浄飯と名づけ、母を摩耶と曰う。
 迦毘羅城に胎に処ること十月を満足して生まる。生れて未だ地に至らざるに帝釈捧接し、難陀龍王及び婆難陀、水を吐いて浴す。摩尼跋陀大鬼神王、宝蓋を執持して後に随いて侍立し、地神、花を化して以て其の足を承る。四方、各おの行きて七歩を満足す。天廟に至るに、諸の天像をして悉く起ちて承迎せしむ。
 阿私陀仙抱持して相を占い、既に占相し已りて大悲苦を生ず。「自ら傷むに、当に終に仏の興るを観ざることを」。
 師に詣でて書・算計・射禦・図讖・伎芸を学び、深宮に処在して六万の婇女に娯楽せられて楽を受く。城を出でて遊観して迦毘羅園に至る。道に老人、乃至、沙門の法服にして行くを見る。宮中に還至して諸の婇女の形体・状貌の猶お枯骨の如く、所有の宮殿、塚墓と異なること無きを見、厭悪して出家し、夜半に城を踰えて、欝陀伽・阿羅邏等の大仙人の所に至り、識処及び非有想・非無想の処を説くを聞く。既に是を聞き已りて、是の処を諦観するに、是れ非常・苦・不浄・無我なり。
 捨てて樹下に至り、具に苦行して六年を満足し、是の苦行の阿耨多羅三藐三菩提を成ずるを得ることを能わざると知る。爾の時に復た、阿利跋提河の中に至りて洗浴し、牧牛女の奉る所の乳糜を受く。受け已りて転じて菩提樹の下に至り、魔波旬を破して阿耨多羅三藐三菩提を成ずることを得る。波羅捺に至りて五比丘の為に初めて法輪を転じ、乃至、此の拘尸那城に至りて般涅槃に入ると見る。
    『大般涅槃経』「第二十一・光明遍照高貴徳王菩薩品第十之一」


これが、大乗仏教で確立・定式化された「小乗的釈迦牟尼仏伝」と見て良いと思う。まずは、兜率天にいて、それから母胎に入り、浄飯王・摩耶夫人を両親として生まれた。そして、生まれては「周行七歩」を行われた。アシタ仙は面相占いを行って、自分が仏がこの世界に出現するときまで生きていないことを歎いた。転じて、この赤子が仏に成ることを明言したと考えて良い。世尊は子供の頃、多くの事柄・技芸を学び、多くの側女に傅かれる生活で楽を享受した。だが、城を出てカピラ園に到るまでに、老人や沙門などを見た。いわゆる「四門出遊」を示すといえる。その後、宮中に帰ると、それまで美しいと思えていた全ての事柄が、所詮は移ろいゆく儚い事象であることを悟り、それを嫌がって出家した。

出家してからは、ウッダカ仙・アーラーラ仙から、様々な三昧を習い、その上で「非常・苦・不浄・無我」という四不顛倒を悟り、しかも更に、樹の下に6年いて苦行を行った。だが、その苦行では阿耨菩提を成就することが出来ないと分かり、河で身体を洗い、牧牛女(スジャータのことであろう)から乳糜(乳粥)を受けて、菩提樹の下で魔破旬を破って阿耨菩提を成就した。ここまでは流れのように書かれている。また、ここまで見る限り、修行期間の通算は最終的に何年に及んだか分からない。

そして、ベナレスに行って途中まで修行をともにしていた五人の比丘相手に初めて説法し、その後、クシナガラに到って般涅槃に入られたことになる。

ところで、これがどのような文脈で説かれているかというと、「是れを声聞・縁覚の曲見と名づく」(同経・同品)とあるように、『大般涅槃経』を説かれた世尊は、このような「釈尊伝」を声聞や縁覚の者が説いた考えであるとしている。つまり、先に挙げたように、「小乗的釈尊伝」なのである。では、大乗としてはどうなるのか?

善男子よ、菩薩摩訶薩の修行は是の如き大涅槃経なるべし。諦らかに知るべし、菩薩、無量劫来、兜率より神を母胎に降ろさず、乃至、拘尸那城にて般涅槃に入らず。是れを菩薩摩訶薩の正直の見、能く如来の深密義を知る者と名づく。所謂、即ち是れ大般涅槃、一切衆生悉有仏性なり。四重禁を懺し謗法を除き心に五逆罪を尽くし一闡提を滅して、然る後に阿耨多羅三藐三菩提を成し得る。是れを甚深秘密の義と名づく。
    同経・同品


このようにある。つまり、如来の真実義である「仏性義」を知ることが肝心だということになる。それが会得されない仏伝ですら否定されていく様子が、今回の記事の内容であった。こうやって、大乗仏典では、それまでの部派仏教的見解の多くを、上書きしていく作業をしていった様子が分かる。然るに、宗教とはこの上書きの連続である。上書きを除くことは出来ない。原理主義的見解に依って、その原初に戻ったと考えることは不可能で、実際には、原理主義的見解で上書きしたに過ぎない。繰り返すが上書きから上書きの連続、それが宗教である。そのように考えていくと、こういう文脈も理解できるだろう。

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