tokyo.sora

坂、建物、映画を中心に書いていくブログです。

第2三木ビル

2017-08-24 22:52:29 | ┣TRAVEL【中国...

第2三木ビル【中央区日本橋3−15−5】
設計:大江宏
竣工年:1964年(昭和39)
Photo:2017年7月

 


日本橋をぶらぶらと歩いていたら、一際目を引くビルがあったので、調べてみたら有名な建築家が設計したものだとわかりました。
窓枠のデザインがシンプルながらも、なかなかいいセンスをしているなあと思いました。

 

 

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2017年春ドラマ

2017-04-18 23:51:43 | ┣TRAVEL【中国...

この春は、このラインナップ。
まあ、ドラマじゃないものもありますが・・・。

ワカコ酒SEASON3

ついに、ワカコ酒もSEASON3。
まあ、ここは安定ですな。

孤独のグルメSEASON6
引き続き、安定のドラマ。
今更、説明の必要ないです。

SRサイタマノラッパー〜マイクの細道〜

映画にもなっているサイタマノラッパー3部作から続く、集大成になるテレビドラマ版。
さて、ラストはどうなるか一番の楽しみです。

有頂天家族2
森見登美彦さんの有頂天家族第2部のアニメ化。
まあ、あらすじも知っているけど、やっぱりアニメとなるとまた別の面白さがあります。
ちなみに、好きなキャラクターは、金閣・銀閣です。

貴族探偵

かなり、謎なドラマ。貴族探偵。
貴族は、推理という労働をしないそうです。
こちらも、謎ながら面白そうです。

 

 

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冬の京都を行く━其之五━

2017-03-26 21:13:38 | ┣TRAVEL【中国...

冬の京都を行く━其之四━からの続き

錦市場を後にして、伏見稲荷に向かう前に出町柳にある有名な和菓子店、出町ふたばで予約しておいた豆餅を買いました。

 


とっても柔らかく、豆がぎっしりと詰まっていて、おいしくいただきました。

 


有名な鴨川デルタ。
賀茂川と高野川が合流し、これより下流は鴨川となります。

出町柳駅から伏見稲荷駅。

 


3年ぶりの伏見稲荷大社。
またもや稲荷山の頂上まで行ってきました。

 


そこで、前回もらい損ねた稲荷山の御朱印をもらってきました。

伏見稲荷をお参りした後、向かったのは伏見にある月桂冠大倉記念館。
伏見は灘と並ぶ有名な酒どころです。
街並みは鳥羽伏見の戦いで、町が焼けてしまっているので、あまり古い建物がないです。



濠川。
濠川は豊臣秀吉が伏見城築城の際に外堀して開削されたものです。
昔は、この川沿いに問屋・酒屋などがあり宇治川までの積み降ろしに使われていたそうです。
この川沿いには、龍馬が定宿とした寺田屋もあります。


月桂冠大倉記念館

このあと、近くにある黄桜酒造のカッパカントリーにも寄って、帰途につきました。

冬の京都を行く━おわり━

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

出町ふたば
京都府京都市上京区出町通今出川上ル青龍町256
TEL 075−231−1658
Open 8:30~17:00
Close 火・第4水・年末年始

月桂冠大倉記念館
http://www.gekkeikan.co.jp/enjoy/museum

カッパカントリー
http://www.kizakura.co.jp/restaurant/country/

 

 

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冬の京都を行く━其之四━

2017-03-24 09:20:21 | ┣TRAVEL【中国...

冬の京都を行く━其之参━からへ続く

2日目は、友人のリクエストである池田屋事件で有名な池田屋に向かいました。

池田屋事件とは、
1864年(元治元)7月8日に京都三条木屋町の旅籠池田屋に潜伏していた長州・土佐などの浪士を新撰組が襲撃した事件のこと。

 


池田屋
建物はとっくに、なくなっていて居酒屋はなの舞が池田屋として営業しています。
ちなみに、伏見の寺田屋も鳥羽伏見の戦いで、建物が消失して、今現在ある建物は再建されてものだそうです。

池田屋から歩いて錦市場へ。

 


錦天満宮
平安時代前期の10世紀初頭、学問の神となられた菅原道眞公(管公)の生家『菅原院』に創建されました。
管公の死後、嵯峨天皇の皇子である源融公の旧邸跡六条河原院に場所を写し「歓喜寺隣、その鎮守社として天満自在天神をお祀りしたしたのが始まりと言われています。
そこから300年後、後伏見天皇より天満宮の宸翰を授与され、その際に河原院跡を京都八幡宮に寄進。塩釜宮を鎮守とする歓喜光寺と改名されました。
歓喜光寺の創建から274年後、豊臣秀吉の都市計画によって、時宗四条道場とすても有名な金蓮寺の敷地に移転。以後、錦天満宮として現在地に鎮座しています。
1872年(明治5)には、神仏分離令によって社が独立。歓喜光寺は東山五条へ移り、残された神社は同年、新京極通開通の際、社地を縮小し、現在に至っています。

 


錦天満宮本殿

 


錦天満宮御朱印

 


目的地の京都の台所、錦市場。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
錦天満宮 http://nishikitenmangu.or.jp

冬の京都を行く━其之五━へ続く


 

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