今宵、晩酌をやっていると、どこからともなく、天使の詩が聞こえてきました。
私が最も敬愛する映像作家、ドイツのヴィム・ヴェンダース監督が1987年に撮った、「ベルリン天使の詩」です。
この映画を、私は何度うっとりと観たことでしょう。
モノクロの映像で、人間の歴史を共に歩んできた二人の天使が、重厚な音楽のもと、陰鬱に深いセリフを交わします。天使といっても、暗いコートをはおい、無精ひげをはやした初老の姿です。ときにそれは退屈なほど、延々と続きます。それもそのはず、天使にとって、生きることはただ人間を見ることだけであり、退屈なのは当然です。
しかし一人の天使が、人間に恋します。かつてなかった感情を覚えます。そして天使は、人間になって、彼女とともに生きたい、ともう一人の天使に相談します。
永遠に退屈を生きる天使から、一瞬のきらめきに生きる人間へ。
そしてついに、人間になります。
モノクロだった画面は突如カラーとなり、まばゆいような生の賛歌に溢れます。
この映画はバイブルのように一部からあがめられ、今も伝説となっています。私もまた、信者の一人です。もう観てください、としか言いようがありません。
その三年前に、同監督は「パリ、テキサス」でカンヌのパルムドールを受けています。男が、テキサスの砂漠の中にあるパリという町を求めて放浪するロードムービーです。私は中学生の頃この作品を見て、数日、寝込みました。映画がこれほど人の心をえぐるのか、と切なくなりました。
そのほかにも内面に沈み込む人々を描いた「夢の果てまでも」や、小津安二郎へのオマージュ「東京画」、ロードムービー「リスボン物語」など、名作が多数あります。
今宵、一杯の酒が、なぜ、私に古い映画の記憶を呼び覚ましたのか、不思議です。プルーストが紅茶の香りを聞いて、「失われた時を求めて」を書き始めたようなものでしょうか。
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