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I~これが私~

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SS3 『薔薇の静寂』

2011-04-09 21:33:51 | 小説『楽園の薔薇』
SS3『薔薇の静寂』

今日は、笑ってくれるかな。
いつも本読んでるのに、ちゃんと僕の話を聞いてくれてた。
特に何も話してくれなくて、静かだけど。
僕はその静けさが好き。
でも――いつか話したい。
笑いあってみたい。
会いに行くたび、そう思うようになった。

* * *

「薔薇姫様。いるの?」
僕が呼びかけると、かすかに動く気配がする。
最初のころはどうすればいいか戸惑ったけど、それは入っていいという合図だ。
「元気?」
「えぇ…あと、薔薇姫って呼ばないで。」
「う…ごめん…。」
きれいな澄んだ声。
目の前にいる同い年の少女は、本から目を離さずに言った。
こげ茶色の髪は部屋に窓がないせいで黒っぽく見える。
「相変わらず、窓ないんだね。」
残念だった。
僕は母に何度か言っているのに。
少女の部屋には窓どころか日の光が差し込むところがない。
「そうね。私は、人形じゃないのに。」
「薔薇姫様…。」
思わずそう言うと、少女は僕をにらみつけた。
「薔薇姫って呼ばないで!」
「ごめん。じゃ、何て呼べばいいの?」
「いつも言ってるじゃない。イスフィールでいいって。」
「でも…。」
「でも、じゃない!身分なんてどうだっていいしっ!」
驚いた。
この少女がこんなに話したのは初めてかもしてない。
「じゃ…イスフィール、様…?」
「様はいらない。」
「えっ、でも、そしたら…。」
呼び捨てになっちゃう、と言いかけて口をつぐむ。
少女がまたにらんでいた。
「イスフィール…?」
「何?…それでいいの。」
何か恥ずかしい。
少女はまた本に目を戻してしまった。
静寂が2人の間にやってくる。
時折本のページをめくる音がするけど、その本を照らすのは蛍光灯だ。
ちがう、と僕は思った。
まだ外は明るくて、日の光が野原に降り注いでいる。
この少女は、その優しい光さえも知らないんだ。
「ねえ、イスフィール。」
気付けば、しゃべり始めていた。
「いつか、いつか一緒に外へ行こう。太陽の下に行こうよ。日の光がどんなに優しいか、見に行こう。みんなで、一緒に。」
少女が目を見はる。
群青色が、だんだん輝いて。
「うん。その時は、よろしくね。セイレーン。」
少女は微笑んだ。
初めて、少女の笑顔を見た。
綺麗で、無邪気で。
まるで――いや、心からの笑顔。
僕も笑った。
一緒に外へ行ける日なんて、いつになるか分からない。
でも、信じていれば、きっと。

イスフィールの笑顔の先に。
小さくて優しい日だまりがあるはずだから。



written by ふーちん


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