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冬の駅から#6

2021年04月18日 | 焼き芋みたいなショートエッセイ




焼き芋みたいな
エッセイ・シリーズ  (47)

冬の駅から #6


それからは、日曜日のたびにデンスケの部屋で練習を重ね、
練習に飽きると、皆で近くの山や森へ出かけて
日が暮れるまで過ごした。

やがて文化祭が近くなると、練習場所は開放された放課後の教室なった。                      

3人で練習していると、クラスの連中が覗きに来る事があった。
そして皆、デンスケとモリタの間に座って歌っている僕をみて驚いていた。
いつもは独りを好んで話もしない様な奴が歌っているのだ。ざわざわとするのが分かった。
そんな雰囲気にくじけて、
僕は何度か途中で歌うのを止めてしまった。
その度にデンスケが「気にすんな。続けよう」と言って僕の肩を叩いた。

その日の帰り、玄関で靴を履きながら僕は、「今日はごめんな」
練習を何度も中断させたことを二人に謝った。
「サトシはシャイだからな」とデンスケが言うと、
「シャイ過ぎるだろ」モリタが笑っていた。
「生まれつきナイーブなんだ」と僕はおどけて胸を張ってみせた。
まるで昨日の事のように鮮明に覚えている、今も懐かしいひとコマだ。

                        

ある時、練習する僕らの前に腕を組んで立ち、
練習が終わるまで
じっと聴き続けていた奴がいた。ソガベという
やや天然パーマ頭で、どこか学者を思わせる個性的な雰囲気の奴だった。

僕らが練習を終えると彼は「うーん」と頷き、
「いい声してる。ここが一番だ」
呟くように言い残し、
腕を組んだままスタスタと歩き去って行った。
モリタが「あいつ、評論家みたいだナ」とぼそっと言ったので僕らは笑った
ソガベとはその後あまり話した記憶がないが、その時の場面は何故か今も
鮮明に残っている。ソガベ、あの時はありがとう。

あの言葉はかなり励みになったんだよ。ありがとう。

そしていよいよ文化祭の日がやって来た。

その日の朝、僕は祖母ちゃんに「納豆ある?」と訊いた。
「納豆?あるよ。今朝は食べるの?いつも食べないのに」
「今日は食べてくわ」
「どしたの?」
「うん、ちょっと」

実はその日の前にデンスケが「声が出易くなるから、朝、納豆食うと良いみたいだぞ」
と教えてくれたのだ。あのネバネバが喉を潤して
くれるらしい。
僕は納豆ごはんをかけこみ、「んじゃ、行ってきまーす!」
と慌ただしく学校へ向かった。

僕らが出るのは、何組かのグループが演奏する「弾語りコーナー」だった。
僕ら3人は朝からそわそわしながら、まるでカルガモの兄弟のようにひと時も離れず
行動した。
トイレに行くのも3人一緒だった。3人並んで用を足しながら、
「もうすぐだな」
「緊張するなあ」
「あ、納豆食って来た?」
「うん、食って来た」
「あとで、もっかい練習しない?」
「んだね。やっとこ」
そんな感じで僕らは、高まる緊張の中で落ち着きなく過ごした。
今思えば、それも楽しい時間だったんだ。

                   
そしていよいよ出番が来た。

体育館脇の道具室から舞台へつながる4,5段の木階段を上る時のあの緊張感は、
いまだに心のどこかに残っている。
ギター担当のデンスケ、モリタ、そしてボーカル担当の僕の3人は、

「よし、行こう」と声を掛け、神妙な面持ちでその木階段を順番にトントンと上がり
舞台へ出て行った。
           





                ー続ー



         星空Cafe、それじゃまた。
           皆さん、お元気で!

  

                











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