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冬の駅から#7

2021年04月20日 | 焼き芋みたいなショートエッセイ

焼き芋みたいな
エッセイ・シリーズ  (47)

冬の駅から #7


3人ともガチガチになって登場したんじゃないかな。
無理もない。
今で言えば、初めて体験する「ライブステージ」なのだ。

前の方の席で女子達がクスクスと笑う声がした。
上級生達が座っている辺りからは
「頑張れよお!」と冷やかし半分のかけ声が掛かった。
体育館に集まった500人ほどの全校生徒や先生方が、好奇の眼差しを僕らに向けていた
中央に用意されたイスに座るのも、緊張してなかなか上手くいかなかった

だけど、意外なことに、体育館向こうから強烈に照らして来るスポットライトの逆光線のおかげで、
ステージ上から見る会場は只の暗がりの空間だった。
座っている皆の輪郭がぼんやりと見えるくらいで、
僕は一気に気持ちが落ち着いた。

深く息を吸ったあと、僕はデンスケと目で合図を交わした。
意外にもデンスケはいつものような穏やかな目で、緊張を通り越して楽しんでいる様にさえ見えた。
一呼吸おいて、デンスケのつま弾くイントロ
演奏のあと、僕は静かに歌い始めた。


それまでザワザワしていた暗い体育館が一気にシーンとなるのが分かった。
その中で、歌いながら僕は体育館の天井方向を見ていた。
僕の声が、暗がりの体育館のずっと上の方へ吸い込まれて行くようだった。


「行かなくちゃ 君に逢いに行かなくちゃ
 雨にぬれて行かなくちゃ 傘がない」 (井上陽水「傘がない」)

静かだった。ギターの音と、自分の歌う声しか聞こえない。
歌いながら、僕は自分の声を、暗くて広い空間に観ていた。

自分のうたう歌が話しかけて来る様な、不思議な瞬間だった。

「僕はこんな声をしてるのか」「これが僕の声なのか」

それはまるで、自分が自分を、自分という存在の小さな塊を、
遠くから眺めるような、初めて向き合うような、何とも不思議な感覚だった。


やがて演奏が終ると、シーンとしていた暗い体育館に
大きな拍手が鳴り響いた。
前の方で立ち上がって手を叩いている生徒がいた。
舞台袖で両腕を高く上げて拍手する先生の姿も見えた。
僕ら3人はその大きな波のような拍手に驚き、ペコンとお辞儀をして、
足をすくわれそうになりながら
ステージ袖へ
逃げ出すように退場した。


                        


ステージ袖の小さな階段を降りて道具室へ入った瞬間、
僕らは興奮状態で「緊張したー!」「あそこミスったー!」「死ぬかと思った!」

などと、しばらくの間3人で喋りまくった。
なんだか凄いことをやり遂げたような気がして、何か不思議な旅をした気がして、
僕は全身ふわふわした気分だった。

何だろうな。あの高揚感は。
大勢の人の前で演奏し歌うだけなのに、あんなにも心が弾け躍動する。
まるで曇天の森に陽ざしが射しこみ、一気に森が生き返るみたいに。
キラキラと。変化する。何だろな、人間の心というやつは。

その後、僕は東京で何回かのライブをやらさせて頂いたが、
いつも感じていたのはこの時と同じものだった。

たくさんの心が同じ場所に、同じ空間に集まり、
同じ時を過ごしながら心のテレパシーのやりとりをする。
普段はそれぞれ全く違う心どうしが、やがては溶け合うように、
ある空間でひとつの塊になる。それを「共感」だったり、「癒し」だったり、
「感動」と呼んでいるのではないだろうか。
心のテレパシーのやりとり。それは確かにあって、自由にバウンドする


跳び箱台や薄汚れたマット、バスケットボールを入れた籠・・
あの時、木漏れ日が差し込むその埃っぽい道具室の中で、
僕の肩を叩き「おつかれ!よかったぁ!」と安堵の顔をみせるデンスケがいて、
「ありがとう!」「ほんと、ありがとな!」と肩を叩き返す僕がいた。

いつもは無表情でおっとりしているモリタまで、
頬を紅潮させ興奮して
いたのが可笑しかった。



                ー続ー



          星空Cafe、それじゃまた。
            皆さん、お元気で!

  

              





 ♪「遠くまで」 s.y (詞・曲・歌:s.y 編曲:ジャック・伝ヨール with ★Cafe Band
                         富士湖畔ツーリング・キャンプ2016より
       












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