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夜明けの自販機

2021年03月21日 | 焼き芋みたいなショートエッセイ

  焼き芋みたいな
  エッセイ・シリーズ  (42)

  「夜明けの自販機 」


 夜空に薄っすらと滲んだ光が、闇をゆっくりと押しのけてゆく。
 まるで誰にも気付かれまいとするかのように、
 物音ひとつ立てず街を包み込んでゆく。

 夜明けの荘厳な儀式を全身で感じ取りながら、
 この世界中で
僕だけが今それに気づき、ひとりぼっちで目撃しているかのようだ。
 もうじきまた、一日が始まり街が動き出す。

                      

「どこへでも行けるぞ。どうする?」
 そんな囁きを残し、僕の横を風が通り過ぎた。

 どこへでも行ける。それは間違いない。
 僕は自由だし、今日はこれといった予定もない。
 その気になればどこへでも行ける。                  

 いつだったか君は「海がみたい」と言った。
 このまま始発電車に乗って、朝の海辺を歩いてみたいと。
 それで僕らは駅へ駆け出し、3番ホームの階段を駆け降りた。
 始発電車はちょうど発車のベルが鳴り終えるところだった。
「セーフ!」そう言って僕らは息をはーはーさせながら椅子に座り込んだ。

 あの時は茅ケ崎で降りたんだっけ?それとも鎌倉だったか?
 僕らは夜明け前に思い立った通り、数時間後には海辺の歩道にいた。
 眠くて時々あくびが出たけれど、キラキラと輝く早朝の海が気持ち良くて、
 いつまでも歩き続けたんだ。

 そのあとは?海岸沿いのレストランでコーヒーを飲んだ?
 確か店の入り口に何枚かのサーフボードが立て掛けてあった。帰りは?
 そのあとの記憶はぼんやりと消えてしまっていて、
 君の名前さえ思い出せない・・


                      

 我に返りふと周りを見た。
 僕が立っている通りのビルの一角に、

 ぼんやりと明るく浮かぶ自販機の無人スペースがあった。
 近づくと、あまり見たことがないような大きめの自販機が4,5台並んでいた。

 自販機に陳列されているのは、ホットドックやハンバーガーなどの軽食、
 挽き豆コーヒーなどで、傍に小さなテーブルとイスが置いてあった。
 それほど空腹でもなかったが、僕はフランクフルトソーセージのボタンを押して
 テーブルに腰を下ろした。

 漆黒から蒼色に変わりゆく夜明け前の空を見上げていると、
 30秒ほどかけて温められたフランクフルトソーセージが受け取り口に
 ガタンと落ちた。ソーセージは長方形をした白い紙箱に入っていて、
 箱が熱過ぎて取り出すのに手間取った。
 ひっそりとした自販機前のテーブルで、
 袋入りのケチャップとマスタードをたっぷり
かけたソーセージにかぶりつく
 なんだか街中でソロキャンプをしているみたいだ。


 しばらくすると、ややくたびれた背広姿の男がやって来た。
 男は自販機の前で少し考えたあと、コインを入れボタンを押した。そして僕の方を見た。
「テーブルどきましょうか?」僕がそう言うと、男は「あ、いえいえ、いいです」と
 愛想のいい顔で答え、椅子を立とうとしていた僕に「どうぞ、そのままで」という風に
 手で合図した。
                              
「私、先週は毎朝ここでコーヒーとハンバーガーを食べました」
 男が宙を見つめる様にぽつりと言った。
「ここのフィッシュバーガー、美味いんです」
「そうなんですか?」僕が答えると、男は頷き、再びちらっと僕を見てから
 話を続けた。
                           

「ここは魚が新鮮ですからね。それに、毎日手作りのものを置いているんです」
「そうなんですか。詳しいですね。よく来られるんですか?」
「いえ、じつは私、大学の4年間、ここから近くの新聞販売店に住み込みで
 大学に
通ってたんです。そうすることで授業料を肩代わりして貰えましたから。
 新聞奨学
生というやつです」
「なるほど」
 僕は頷き相鎚を打った。

 新聞配達なら僕にも経験があったし、
 何よりも、どこか素朴な感じのするその男に
少し親近感を覚えはじめていた。

「その分、仕事は毎日ハードでした。夜明け前の2時頃に起きて、400部くらいの
 新聞に分厚い折り込みチラシを入れて、それから原付カブで朝刊の配達に向かいます。
 2時間半ほど掛けて配達が終わると、急いで朝飯食べて電車で大学に向かいます。
 あ、朝食は販売店の食堂です。同じ奨学生で調理担当の娘が作ってくれていました。
 それを皆でテーブルで食べるわけです。皆違う大学に通っていましたから、今でいえば
 シェアハウス生活のようなものですかね。ちょっと違うかな。ははは」
「なるほど」

「それで授業が終わるとまた急いで電車で帰って来て、今度は夕刊配達です。
 夕刊配達は嫌でしたね。街は朝とちがって買い物客で混んでいるし車は多いし、
 嫌でした。それで配達が終わって晩飯食ってから夜は集金に回ります。
 なかなか会えないところは何回も通いました。何ヶ月も集金出来ないと自腹で埋める
 こともありました。貧乏学生には酷でしたね。ははは。
 そういう毎日でしたから、他の学生達のように遊ぶ暇なんてありません。
 ハードな学生生活でした。よく卒業出来たなと思います。」
「頑張ったんですね。凄いです」

「いや、そうするしかなかったんです。ははは。
 そんな毎日の中で、毎朝、
新聞配達の途中にここへ寄るのが私の唯一の楽しみでした。
 休憩がてらここでハンバーガーを食べてました。ちょうど今ぐらいの夜が明ける頃です。
 夜が明けて行く空を、そのテーブルに座ってひとりでぼんやり眺めてました。
 最近またどういうわけか、久しぶりにここに寄ってみたくなりましてね、
 先週は毎朝通いました。ここ、落ち着くんですよね」

「じゃあ、ここは昔からあるんですか?」ちょっと驚いて訊いてみた。
「あ、はい。昔からこんな感じです。テーブルもイスも。私が知る前からあったんじゃ
 ないですかね。自販機はもう少し小さかったかもしれないですけど」
 男はそう言いながら、やや小柄な体を屈めてハンバーガーを取り出し口から取ると
「熱っ!」と手を引っ込めた。「ここ昔から熱過ぎなのが玉に瑕なんです」と僕を
 振り返り笑った。つられて僕も笑っていた。                              

「なんだか長々と話してしまったようで失礼しました。それではごゆっくり」
 そう言って男は軽く会釈して行ってしまった。
 男が行ってしまうと、辺りは自販機のジージーという
機械音だけが残った。

 夜明け前の静寂なこの時間、
 人は普段話さない様なことを、
誰かに吐露したくなるものなのかも知れないな。
 そうした不思議な力が、
夜明け前にはあるのかも知れない。
 それに、ここは確かに妙に落ち着く。

 そんなことを思いながら僕は、
 ひっそり
と立ち並ぶ自販機をしばらく眺めた。

 夜はすっかり明けようとしていた。

 さて、今日はこれからどこへでも行けるぞ。
 僕は自由だし、これといった
予定も
ないんだから。
 これから、どこへでも行ける・・・。






         星空Cafe、それじゃまた。
          皆さん、お元気で!


         

        しばらくの間は、大地震への備えを!










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