(左 西大星 中央右寄り 山急山 右奥は浅間山)
高崎駅から横川駅止まりとなった名ばかりの信越線に乗ると、安中駅を過ぎた辺りからゴツゴツとした岩山が見えてくる。上毛三山の一つである妙義山である。それほど大きな山ではないこともあって、一見すると登山者にとって取り付きやすい山に見える。しかし今や谷川岳を抜いて、群馬県内でもトップの遭難を引き起こしている山域でもある。そんな山に今日は挑戦しようというのだ。
朝家を出ると自転車に乗るところで小雨が降ってきた。今年のGWはあまり天気が良くない。しかし今日はお昼頃から晴れるとの予報だ。その予報を信じ、出発する。電車を乗り継ぎ、高崎駅で信越線に乗っても雨は降り続いている。所沢よりも強く降ってないか?それでも西側は晴れ間も見えていて、安中駅を過ぎた頃には妙義山の鋭鋒が姿を見せる。車内には登山者らしき姿の人は居らず、今日は一人歩きとなってしまうかもしれない。西松井田駅を過ぎると今日歩く予定の裏妙義の山々が見えてくる。妙義山は平野に面した表妙義と中木川を挟んだ背後にある裏妙義とに分かれている。かつて表妙義は単独行二度目で挑戦した山で、大の字岩峰から白雲山の相馬岳、バラ尾根を経てホッキリから石門巡りへと下りたことがある。当時は若く、山の怖さも知らなかった。だからあんな無茶もできたのだろう。山を歩くにつれて妙義からはどんどん遠ざかっていったのだが、心の奥底ではあの岩山をもう一度歩いてみたいと思っていた。横川駅へと着く少し手前で今日の目標である丁須ノ頭(ちょうすのかしら)の金鎚のような岩が小さく見えていた。あそこまで辿り着けるだろうか。
横川駅に着くと雨は止んでいた。駅からは裏妙義の岩壁がその威容を見せている。鼻曲がりと呼ばれる今日最初に目指すピークには、ザンゲ岩と呼ばれる岩庇が張り出しているのがよく見える。国道18号を進み、碓氷バイパスを眼下に見送ると麻苧(あさお)の滝を示す看板が見えてくる。看板に従い舗装路を下っていくとあさお吊橋前に出る。この辺り地形図と少し異なるようだ。つり橋の前で準備を整える。雨降り後なので最初からスパッツを着けていくことにした。つり橋から上流を眺めると靄で煙る岩山が見える。山急山(さんきゅうさん、やまきゅうやま)だろうか。
(横川駅バスターミナルから鼻曲り)
(ザンゲ岩を見上げる)
(あさお吊橋)
(山急山 ちょっとブレてます)
つり橋を渡るとそれほど大きくないピークが見える。鼻曲りだろう。一見すると取り付きやすそうな感じもするが、よく見れば岩山を隠し持っていることがわかる。下には滝らしきものが見えるが、あれが麻苧の滝か?まさかそんなことはないか。滝に近寄ってみると側に大岩があり、下には人工的な水溜りができている。水溜りの中央には小さな祠が。傍らには銭洗弁財天と書いた標柱がある。この水でお金を洗えばいいのだろうか。先ほど見えた滝には踏み跡があるが、上流へは向かっていない。ここは違うようだ。少し戻ると銭洗弁天のある大岩の側に木段が延びている。ここが御岳登山口だ。登山者カード入れも置いてあるので、計画書を書いて入れておく。今日の計画では麻苧の滝から鼻曲り・産泰尾根を経て御岳へ登り、更に丁須ノ頭から三方境へと縦走する予定だ。
(鼻曲り方面を見る 下に小滝がある)
(銭洗弁財天)
(小滝 水量は豊富)
傾斜のきつい木段を登りきると新緑の森が広がる穏やかな道が延びる。小滝を見ながら胎内潜りと名付けられた岩を潜ると大きな滝が見えてきた。どうやらこれが麻苧の滝らしい。軋むつり橋を渡ると鼻曲がりへと続く登山道の始まりだ。まずは滝のすぐ側に掛かる鎖場の登り。大したことはないなと思ったのだが、鎖に取り付くまでは傾斜の急な崖で手こずる。鎖場を過ぎると滑りやすい岩尾根を登っていく。滝が多く、その飛沫であちこち濡れているようだ。尾根上には紫色したツツジが点々と咲く。何ツツジだろうか?岩尾根が終わると岩壁に鎖の付けられたトラバースが待ち受ける。鎖を確りと握っていれば問題はないのだが、ここも足元が濡れてやたらと滑る。谷側を見れば横川駅周辺の集落が一望できる。トラバースが終わると今度は垂直に近い崖の上をこれもトラバースしながら鎖を使って登っていく。踏み場はあるので鎖を離さなければ何とかなるだろう。ただここは最後に体を引き上げるのが難しい。
(小滝)
(胎内潜り)
(麻苧の滝)
(鎖横の滝)
(最初の鎖場 よく滑る)
(岩尾根 ここも滑る)
(ツツジ)
(トラバースの鎖場)
(垂直の崖の鎖場 踏み跡は狭い)
鎖場が終わると新緑の尾根となる。地形図を見るとどうやらトラバースは終わったらしい。落ち着いたところでテルモスの紅茶を飲んでいると、ズボンの腰辺りに何か虫が這っているの気づく。これは…山ヒルだ。新分県ガイド群馬県の山によると北面の沢にはヒルが出ると書かれていた。しかしまさか本当に自分が襲来を受けるとは思わなかった。とりあえず引っぺがして踏み潰す。どこで食い付かれたか気付かなかったが、おそらく最初の鎖を過ぎた後の落ち葉の溜まった岩尾根に潜んでいたのだろう。早速裏妙義の洗礼を受けてしまったようだ。早くもヤマツツジ咲く尾根を進むと東側が大きく開けた岩が見えてきた。側には鼻曲り(640)と書かれた標識が落ちている。ザンゲ岩からは榛名山から高崎の市街地へ向けての展望が良い。下を覗き込めば碓氷峠鉄道文化むらが鉄道模型の箱庭のようだ。この岩がザンゲ岩と呼ばれるのは、行者の人たちが覗きといわれる行をする所であるためとか。ここまで緊張の連続だったので、暫し休憩を取る。
(鼻曲りの標識)
(ザンゲ岩から高崎方面)
(鉄道文化むらを見下ろす)
(榛名山)
(表妙義 相馬岳北稜か)
(ザンゲ岩からのパノラマ)
鼻曲りから先は産泰尾根と呼ばれる岩尾根が続く。岩尾根といってもそこそこ幅のある落葉樹の比較的穏やかな道だ。東側は岩記号の目立つ絶壁となっていて、所々東側の展望が開ける。ただザンゲ岩ほどの展望は得られない。穏やかな道だがアップダウンは意外ときつい。やがて石碑のあるピークに着く。尾根の名ともなっている産泰山だ。石碑の向かいはここも絶壁の展望台となっている。ここまでで9時半を過ぎたところ。ペース的には悪くない。しかし疲労は激しい。虫も多く、ここで虫除けのスプレーを体全体にかける。
(ヤマツツジ咲く尾根)
(産泰山の石碑)
(石碑の正面の展望)
しばらくは穏やかな道が続き、いくらか緊張感は薄らいできた。道が大きく左にカーヴする辺りで木の間越しに御岳から先の岩稜帯が姿を現す。ペイントのある大きな岩を左から巻くと、エアリアに「ルンゼ内をジグザグ」と書かれた辺りに差し掛かる。ここは難しい。ロープの付いた斜面を下り、沢を一旦横切るため滑りやすい踏み跡をトラバースしなくてはならない。トラバースを終わってホッとしたところで問題のルンゼ(あるいはガリーと呼ばれる)を上がっていく。急傾斜ながら鎖やロープの類は一切無い。ただひたすら歩きやすい所を探して登っていくしかない。妙義山域が鎖のある所よりも鎖の無い所のほうが難しいと言われる所以は、こうした所にあるのだろう。
(岩稜帯を見上げる)
(滑りやすいトラバース 倒木の右を慎重に歩く)
(ルンゼの登り)
ルンゼを登りきるとエアリアに書かれた米粒状岩峰が見えてくる。2連の鎖とはどの辺りにかけられているのだろう。依然として生える落葉樹の森を進むと米粒状岩峰の基部に出る。ここも左に巻いていくらしい。岩峰の下には人が泊まれそうな程の空洞が開いている。ネット上の記録を見るとここで寝泊りした人もいるようだ。予定宿泊はともかく緊急時の避難場所としてはなかなか良い所だろう。岩峰の巻き道は滑りやすい急傾斜となっている。最初は鎖もなく、緊張を強いられる。上部は2連の鎖がかけられ、トラバース気味に登った後で上に体を引き上げなければならない。雨上がりでホールドが滑りやすく、何度か鎖に体を預ける形となってしまった。両腕にできた擦り傷が痛む。岩峰を巻き終わると西側の展望が得られる。途中絵本に出てくる鬼が島の様な形をした山は西大星。当然道はない。右の箱型をした岩峰は山急山だ。下から見るよりも遥かに立派に見える。浅間山も見えるようなのだが、完全に雲に隠されてしまっている。そしてこの頃から雷が鳴り始めた。
(米粒状岩峰を見上げる 左に巻き道がある)
(岩峰下の空洞)
(岩峰の巻き道)
(鎖場 結構難しい)
(西大星 縦アングルで)
御岳への最後の登りに取り掛かる。エアリアに書かれた鎖5mもなかなか厳しい。何度かずり落ちながらも登っていくと人の手に届かなそうな所にサクラソウらしき花が咲いている。もしかするとこれは「あれ」かもしれない。しかし盗掘の恐れがあるので名前や写真の公開は避けておこう。ただ盗掘しようにも人の手の届かない所に咲いていたことは改めて付言しておく。鎖場を登りきると角落山方面の展望が開ける。かなり怪しげな雲が出てきた。雷も相変わらず鳴り続いている。急坂を登ると石祠のあるピークに出る。ここが御岳か?だがエアリアを見るとこれは偽ピーク。笹の煩い痩せた尾根を登っていくと御岳(963.2)だ。石碑の立つピークには潅木が生え、360度の展望という訳にはいかない。それでもこれまで姿を見せてはくれなかった丁須岩が見える。そして雲には覆われているものの、白雲山から金洞山・星穴岳へと続く表妙義の鋸のような尾根が一望できる。特に怪峰星穴岳は岩を貫く大きな穴が顕著だ。ここから見ると穴は一つだが、実際は二つあるという。
(5mの鎖場 そして…)
(暗雲垂れ込めてきた)
(御岳の石碑 小さく丁須ノ頭も見える)
(丁須ノ頭)
(表妙義)
(怪峰 星穴岳)
御岳からはこれまでのような大きな落葉樹の森ではなく、潅木の生える痩せ尾根を行くことになる。より高度感が高まり、お尻が何かムズムズとするような感じだ。エアリアではここから危険マークが三つ連続する。そんな悪路に加えて雷が段々とこちらへ近づいてきた。黒い雲は完全に角落山方面を覆い隠し、平野から湧き上がる雲に表妙義の山並みは隠されがちである。急がなくては。でも急いではならない。相反した気持ちが更に心を焦らせる。時折絶壁へとトラバースするように付けられた道は鎖場よりも厭らしいといっても過言ではない。最初の危険マークの付いた三連の鎖場。最初は足の踏み場があるが、次の鎖に取り付くまでは腕力で体を引き上げるしかない。ホールドになる岩をつかんだところポキリと折れて落ちていった。ホールドの脆さも妙義の難しさだ。ここを過ぎると次はリッジ上鎖7mと書かれた岩峰だ。鎖を使って岩の上を行く。高度感だけでなく、鎖の重さもずっしりと圧し掛かる。風が強いとさぞ恐ろしい所だろう。最後の危険マークは鎖ない岩場。確かにペンキでマーキングされた岩場がある。しかしここは思ったほど難しくない。むしろルンゼ内のジグザグのほうがよほど難しかった印象だ。
(痩せ尾根を行く)
(角落山方面は雲の中)
(奥は金洞山と星穴岳)
(三連の鎖場)
(御岳を振り返る)
(白雲山方面だが雲に隠される)
(リッジ上の鎖 重い)
(鎖のない岩場)
危険地帯を過ぎると小ピークから行く手が見えてきた。烏帽子岩と赤岩だろうか。西大星を見ると相変わらず浅間山には黒い雲が掛かっている。そして凄まじい雷の落ちる音がした。先を急がねば。微妙なアップダウンを繰り返す痩せ尾根を急ぐ。丁須岩がもう目の前だ。とここで周囲は雲に覆われた。雷が鳴り響く中丁須岩の基部に近い鞍部に下りる。エアリアによると籠沢(こもりざわ)のコルというらしい。道標が立ち、これまでの横川・丁須ノ頭のほか国民宿舎を示している。周囲は暗く、いつ雷が落ちてきてもおかしくない。縦走路は赤岩・烏帽子岩を巻くとはいっても稜線上を歩くのに変わりはない。雷に襲われれば一巻の終わりだ。エスケープするならこの籠沢を下りるのが一番良い。ただし今日は計画書にここをエスケープとして記載していない。沢ルートを下りるよりも巡視路を下るのが一番安全だと考えていたからだ。計画書にないルートを下って遭難したら誰も助けには来ないだろう。しかも目標の丁須岩は目の前だ。どうする?どうする?!どうする、俺ぇぇぇぇぇぇっ。
(左が烏帽子岩で中央が赤岩だと思われる)
(西大星 相変わらず浅間山は雲の中)
(丁須ノ頭はあと少しだが…)
(籠沢のコルの道標)
こんなときは一先ずお茶を飲んで落ち着くことにする。この空模様では稜線を縦走するのは危険だし、時間も掛かる。遅くなれば雨も降り出すだろう。となればエスケープするしかない。候補は北の鍵沢か目の前の籠沢だ。だがヒルのいる鍵沢は下りたくない。それに籠沢は距離も時間も一番短い。雨が降り出す前に安全な所まで下れるはずだ。ただし激しく雨が降れば増水する可能性が一番高いのも籠沢だ。でも行くしかない。籠沢を下る決心を固める。まずは初っ端から鎖の掛かる斜面を下る。上からはわからなかったが、ルンゼの中を鎖が掛けられている。最初は足の踏み場がわからず、鎖にしがみ付いてジタバタ。だが体を伸ばすとホールドが豊富にある。岩の表面には握り拳大の瘤が無数にあるのだ。鎖場を下りきると何の変哲もない沢に出る。奥多摩のような高巻きのある一般ルートを思い浮かべたのが間違いだった。要は沢下りをやれということらしい。そしてここは詰めの部分に当たるから傾斜のきつい岩場なのだ。そうとわかればどんどん沢の中を下っていく。普段は涸れ沢なのかもしれないが、雨が降り続いたためか幾らか流れもある。マーキングの類(ペイント・テープ)も沢山ある。沢なので下る分にはそれほど必要ないが、一応拾って歩いていくことにする。
(最初の鎖場 鎖の下はルンゼ)
(鎖が終わったところ 大きな石が落ちやすいので要注意)
詰めが終わり、傾斜も緩んでくると踏み跡は一旦沢を離れる。ふう、とりあえず休憩を取ろう。沢の中だが緊張から汗だくだ。踏み跡が切れるとしばらくは沢の中だ。上から見るとマーキングはわかりにくい。沢なので下ればいいのだが、上からだと滝や大岩の存在がわからない。ロープがなくても登れるルートだから、そうした滝や大岩を避けるルートが必ず設けられているはずだ。それを辿るにはやはりマーキングを拾っていく必要がある。マーキングを探して右往左往している内に段々と沢下りに慣れてきた。慣れてくると周囲の景色が美しいことに気づく。新緑もさることながら、沢を流れる無数の小滝に心奪われる。このルート、普段はもう少し水量が少ないのだろう。マーキングのある所を目指して歩くと踝まで没するような渡渉を強いられる。靴は防水が効いているし、スパッツも役立ってはいるが、流石に淵に足を踏み入れる気にはならない。なるべく浅い所を探しながら進んでいく。この辺りの自由度は沢歩きに近いものかもしれない。
(傾斜の緩んだ所 最初は右岸に現れる)
(新緑が綺麗)
(小滝が多い)
次第に周囲が深い谷を形成してくるようになった。ゴルジュとまではいかないが、それでも見事な光景だ。無邪気に喜んでいると赤いマーキングの所で踏み跡がない。周囲は当然高い壁なので巻いて下りるのは無理だ。どうやら岩をつかんで下るらしい。ほかにも滝を下るとか色々方法はあるのだろうけれど、それを考えるのもこのルートの楽しみのようだ。ここを下ると久しぶりの鎖場。一旦鎖で沢へ下りて渡渉の後、向かいの鎖へ取り付くらしい。まずは一本目の鎖場。ホールド多数と思ったら濡れてツルツルと滑る。ここでも鎖にしがみ付いてテンションをかける。うーん、鎖場下手になったかな?沢へ下りると流れ速いよ(怒)。乾いた岩に足を置きながら向かいの鎖につかまる。こちらの鎖はとりあえず割れた岩を乗り越えるために使うらしい。
(深い谷)
(滝 側に鎖がある)
(分かれた鎖場 一度沢へ下りる)
鎖場を過ぎると木戸と書かれたプレートの掛かる小平地に出る。小平地といってもこれに似たような所は途中いくつかある。ここからは岩記号に囲まれた沢を下っていく。ますます渡渉が多くなり、マーキングを拾いながら浅瀬を渡っていく。赤いマーキングに辿りつくと鎖場となっている。高さはそれほどでもないけれど、どうやって下るんだ?鎖をつかんで下の石に足を乗せると…うひゃあ冷たい!思わず体を反転させると今度はザックが濡れる。ムムム…一先ず左半身が濡れるのを我慢しながら更に下の岩を下る。今度は右腿を少し濡らしたが何とか下りきる。完全にシャワークライミングだな。鎖場を過ぎてもしばらくは沢下り。だが次第に左岸の高巻きを歩くようになる。やがて沢が遥か眼下を流れるようになると道は沢を離れ、杉の植林の中を進んでいく。エアリアに「河原の巨石間に転落注意 死亡事故あり」(http://yamachizu.mapple.net/column/column.asp?TCLMNO=841)
とあるがどこのことかはわからなかった。確かに岩は多い。でもそれは純粋な沢登りと比べれば易しい。鉄砲水が起きそうなほど狭い沢だから、状況が変化したところもあるのだろう。結局のところ最後は自分の力量次第なのだ。
(木戸)
(渡渉が必要な所が増えてきた)
(沢を見上げる)
(鎖場 濡れは覚悟しよう)
(小滝)
(左岸の高巻き)
(テンナンショウ)
(杉林)
傾斜の緩くなった杉林を快調に下ると前方に看板が見えてきた。注意を促す看板だ。壊れた桟橋のある沢を靴を濡らしながら渡るとこの先は木段下り。正面には表妙義の岩壁がその威容を見せる。相馬岳北稜の辺りのようだがはっきりとしたことはわからない。やがて白い砂利道が見えてくる。砂利道まで下りてくると国民宿舎を示す道標が設置されていた。この林道は舗装されているものとばかり思っていたのだが…。表妙義の岩壁を見ながら林道を下っていくと中木川を堰き止める堰が見えてきた。表面を丸太で固めた意匠はなかなか凝っている。この堰を横目に過ぎると国民宿舎裏妙義だ。入浴もできるらしいが時間は13時前。急いで帰れば18時までには帰れるだろう。風呂は後にして先を急ぐ。
(看板を出た所の沢 ここまで来ればだいぶ安全)
(木段)
(表妙義の岩壁)
(林道出合)
(相馬岳北稜)
(丸太の堰)
(国民宿舎裏妙義)
(シャクナゲ)
国民宿舎から先は舗装道路だ。もう危険なところはない。家に無事下山したことを伝える。のんびりと道路を歩くと空が晴れ始めた。縦走しなかったのは失敗だったか…。カーヴの多い道路を振り返るとちょうど星穴岳が見えていた。ここからも星穴がはっきりと見える。小滝の点在する道路を進むと右手に倒木の目立つ水溜りが見えてきた。どうやら妙義湖というらしいがあまり綺麗とは言えない。下流は水深も深いのかボートで遊ぶ観光客の姿も目立つ。ボートの管理事務所を過ぎ、妙義神社への道を分けると農村風景が広がる。相馬岳北稜を背に御爺さんが農作業に精を出している。ここから碓氷川へ向かって道はどんどん下っていく。祝日だというのに擦れ違う人は殆ど居ない。碓氷川に架かる西尾大橋の上からは今日歩いた稜線が一望できる。もう再び歩くことはないだろう。国道へ出てあの「峠の釜めし」で有名なおぎのやのドライブイン横川で装備を解く。お土産に釜めしと峠の力餅などを買い込み横川駅へ。次の電車が来るまでおよそ30分。ホームで待っていると突然スコールのような雨が降り注ぐ。あのとき下山した判断は間違いではなかったのだ。そう納得し、観光客で混み合う電車に乗り込んだ。
(中木川と裏妙義)
(星穴岳を振り返る)
(林道脇は小滝が多い)
(妙義湖)
(管理事務所脇にヤマツツジが咲く)
(農地から相馬岳北稜)
(花咲く民家が多い)
(裏妙義を見上げる)
(西尾大橋から産泰尾根)
(おぎのやドライブイン横川 背後は鼻曲り)
DATA:
横川駅8:09~8:34御岳登山口~9:10鼻曲り~9:39産泰山~10:36御岳~11:20籠沢のコル~12:20木戸~12:54国民宿舎裏妙義
~13:28妙義神社分岐~14:01おぎのやドライブイン横川~14:24横川駅
トイレ:横川駅構外
地形図 南軽井沢
当ブログで紹介した山としてはもっとも難しい山です。体力・腕力・バランス感覚のほか、ルートファインディング能力や山の知識・経験が必要とされます。表妙義白雲山コースの場合だと大の字岩峰へ辿り着けるかどうかで鎖場への適正が試せますが、本コースでは鼻曲りまで行けたからといって丁須ノ頭まで行けるとは限りません。綿密な計画の上で挑戦してください。なお計画書は登山口で必ず出しましょう。その際エスケープの記載も忘れずに。ボクは運が良かっただけに過ぎません。
高崎駅から横川駅止まりとなった名ばかりの信越線に乗ると、安中駅を過ぎた辺りからゴツゴツとした岩山が見えてくる。上毛三山の一つである妙義山である。それほど大きな山ではないこともあって、一見すると登山者にとって取り付きやすい山に見える。しかし今や谷川岳を抜いて、群馬県内でもトップの遭難を引き起こしている山域でもある。そんな山に今日は挑戦しようというのだ。
朝家を出ると自転車に乗るところで小雨が降ってきた。今年のGWはあまり天気が良くない。しかし今日はお昼頃から晴れるとの予報だ。その予報を信じ、出発する。電車を乗り継ぎ、高崎駅で信越線に乗っても雨は降り続いている。所沢よりも強く降ってないか?それでも西側は晴れ間も見えていて、安中駅を過ぎた頃には妙義山の鋭鋒が姿を見せる。車内には登山者らしき姿の人は居らず、今日は一人歩きとなってしまうかもしれない。西松井田駅を過ぎると今日歩く予定の裏妙義の山々が見えてくる。妙義山は平野に面した表妙義と中木川を挟んだ背後にある裏妙義とに分かれている。かつて表妙義は単独行二度目で挑戦した山で、大の字岩峰から白雲山の相馬岳、バラ尾根を経てホッキリから石門巡りへと下りたことがある。当時は若く、山の怖さも知らなかった。だからあんな無茶もできたのだろう。山を歩くにつれて妙義からはどんどん遠ざかっていったのだが、心の奥底ではあの岩山をもう一度歩いてみたいと思っていた。横川駅へと着く少し手前で今日の目標である丁須ノ頭(ちょうすのかしら)の金鎚のような岩が小さく見えていた。あそこまで辿り着けるだろうか。
横川駅に着くと雨は止んでいた。駅からは裏妙義の岩壁がその威容を見せている。鼻曲がりと呼ばれる今日最初に目指すピークには、ザンゲ岩と呼ばれる岩庇が張り出しているのがよく見える。国道18号を進み、碓氷バイパスを眼下に見送ると麻苧(あさお)の滝を示す看板が見えてくる。看板に従い舗装路を下っていくとあさお吊橋前に出る。この辺り地形図と少し異なるようだ。つり橋の前で準備を整える。雨降り後なので最初からスパッツを着けていくことにした。つり橋から上流を眺めると靄で煙る岩山が見える。山急山(さんきゅうさん、やまきゅうやま)だろうか。
(横川駅バスターミナルから鼻曲り)
(ザンゲ岩を見上げる)
(あさお吊橋)
(山急山 ちょっとブレてます)
つり橋を渡るとそれほど大きくないピークが見える。鼻曲りだろう。一見すると取り付きやすそうな感じもするが、よく見れば岩山を隠し持っていることがわかる。下には滝らしきものが見えるが、あれが麻苧の滝か?まさかそんなことはないか。滝に近寄ってみると側に大岩があり、下には人工的な水溜りができている。水溜りの中央には小さな祠が。傍らには銭洗弁財天と書いた標柱がある。この水でお金を洗えばいいのだろうか。先ほど見えた滝には踏み跡があるが、上流へは向かっていない。ここは違うようだ。少し戻ると銭洗弁天のある大岩の側に木段が延びている。ここが御岳登山口だ。登山者カード入れも置いてあるので、計画書を書いて入れておく。今日の計画では麻苧の滝から鼻曲り・産泰尾根を経て御岳へ登り、更に丁須ノ頭から三方境へと縦走する予定だ。
(鼻曲り方面を見る 下に小滝がある)
(銭洗弁財天)
(小滝 水量は豊富)
傾斜のきつい木段を登りきると新緑の森が広がる穏やかな道が延びる。小滝を見ながら胎内潜りと名付けられた岩を潜ると大きな滝が見えてきた。どうやらこれが麻苧の滝らしい。軋むつり橋を渡ると鼻曲がりへと続く登山道の始まりだ。まずは滝のすぐ側に掛かる鎖場の登り。大したことはないなと思ったのだが、鎖に取り付くまでは傾斜の急な崖で手こずる。鎖場を過ぎると滑りやすい岩尾根を登っていく。滝が多く、その飛沫であちこち濡れているようだ。尾根上には紫色したツツジが点々と咲く。何ツツジだろうか?岩尾根が終わると岩壁に鎖の付けられたトラバースが待ち受ける。鎖を確りと握っていれば問題はないのだが、ここも足元が濡れてやたらと滑る。谷側を見れば横川駅周辺の集落が一望できる。トラバースが終わると今度は垂直に近い崖の上をこれもトラバースしながら鎖を使って登っていく。踏み場はあるので鎖を離さなければ何とかなるだろう。ただここは最後に体を引き上げるのが難しい。
(小滝)
(胎内潜り)
(麻苧の滝)
(鎖横の滝)
(最初の鎖場 よく滑る)
(岩尾根 ここも滑る)
(ツツジ)
(トラバースの鎖場)
(垂直の崖の鎖場 踏み跡は狭い)
鎖場が終わると新緑の尾根となる。地形図を見るとどうやらトラバースは終わったらしい。落ち着いたところでテルモスの紅茶を飲んでいると、ズボンの腰辺りに何か虫が這っているの気づく。これは…山ヒルだ。新分県ガイド群馬県の山によると北面の沢にはヒルが出ると書かれていた。しかしまさか本当に自分が襲来を受けるとは思わなかった。とりあえず引っぺがして踏み潰す。どこで食い付かれたか気付かなかったが、おそらく最初の鎖を過ぎた後の落ち葉の溜まった岩尾根に潜んでいたのだろう。早速裏妙義の洗礼を受けてしまったようだ。早くもヤマツツジ咲く尾根を進むと東側が大きく開けた岩が見えてきた。側には鼻曲り(640)と書かれた標識が落ちている。ザンゲ岩からは榛名山から高崎の市街地へ向けての展望が良い。下を覗き込めば碓氷峠鉄道文化むらが鉄道模型の箱庭のようだ。この岩がザンゲ岩と呼ばれるのは、行者の人たちが覗きといわれる行をする所であるためとか。ここまで緊張の連続だったので、暫し休憩を取る。
(鼻曲りの標識)
(ザンゲ岩から高崎方面)
(鉄道文化むらを見下ろす)
(榛名山)
(表妙義 相馬岳北稜か)
(ザンゲ岩からのパノラマ)
鼻曲りから先は産泰尾根と呼ばれる岩尾根が続く。岩尾根といってもそこそこ幅のある落葉樹の比較的穏やかな道だ。東側は岩記号の目立つ絶壁となっていて、所々東側の展望が開ける。ただザンゲ岩ほどの展望は得られない。穏やかな道だがアップダウンは意外ときつい。やがて石碑のあるピークに着く。尾根の名ともなっている産泰山だ。石碑の向かいはここも絶壁の展望台となっている。ここまでで9時半を過ぎたところ。ペース的には悪くない。しかし疲労は激しい。虫も多く、ここで虫除けのスプレーを体全体にかける。
(ヤマツツジ咲く尾根)
(産泰山の石碑)
(石碑の正面の展望)
しばらくは穏やかな道が続き、いくらか緊張感は薄らいできた。道が大きく左にカーヴする辺りで木の間越しに御岳から先の岩稜帯が姿を現す。ペイントのある大きな岩を左から巻くと、エアリアに「ルンゼ内をジグザグ」と書かれた辺りに差し掛かる。ここは難しい。ロープの付いた斜面を下り、沢を一旦横切るため滑りやすい踏み跡をトラバースしなくてはならない。トラバースを終わってホッとしたところで問題のルンゼ(あるいはガリーと呼ばれる)を上がっていく。急傾斜ながら鎖やロープの類は一切無い。ただひたすら歩きやすい所を探して登っていくしかない。妙義山域が鎖のある所よりも鎖の無い所のほうが難しいと言われる所以は、こうした所にあるのだろう。
(岩稜帯を見上げる)
(滑りやすいトラバース 倒木の右を慎重に歩く)
(ルンゼの登り)
ルンゼを登りきるとエアリアに書かれた米粒状岩峰が見えてくる。2連の鎖とはどの辺りにかけられているのだろう。依然として生える落葉樹の森を進むと米粒状岩峰の基部に出る。ここも左に巻いていくらしい。岩峰の下には人が泊まれそうな程の空洞が開いている。ネット上の記録を見るとここで寝泊りした人もいるようだ。予定宿泊はともかく緊急時の避難場所としてはなかなか良い所だろう。岩峰の巻き道は滑りやすい急傾斜となっている。最初は鎖もなく、緊張を強いられる。上部は2連の鎖がかけられ、トラバース気味に登った後で上に体を引き上げなければならない。雨上がりでホールドが滑りやすく、何度か鎖に体を預ける形となってしまった。両腕にできた擦り傷が痛む。岩峰を巻き終わると西側の展望が得られる。途中絵本に出てくる鬼が島の様な形をした山は西大星。当然道はない。右の箱型をした岩峰は山急山だ。下から見るよりも遥かに立派に見える。浅間山も見えるようなのだが、完全に雲に隠されてしまっている。そしてこの頃から雷が鳴り始めた。
(米粒状岩峰を見上げる 左に巻き道がある)
(岩峰下の空洞)
(岩峰の巻き道)
(鎖場 結構難しい)
(西大星 縦アングルで)
御岳への最後の登りに取り掛かる。エアリアに書かれた鎖5mもなかなか厳しい。何度かずり落ちながらも登っていくと人の手に届かなそうな所にサクラソウらしき花が咲いている。もしかするとこれは「あれ」かもしれない。しかし盗掘の恐れがあるので名前や写真の公開は避けておこう。ただ盗掘しようにも人の手の届かない所に咲いていたことは改めて付言しておく。鎖場を登りきると角落山方面の展望が開ける。かなり怪しげな雲が出てきた。雷も相変わらず鳴り続いている。急坂を登ると石祠のあるピークに出る。ここが御岳か?だがエアリアを見るとこれは偽ピーク。笹の煩い痩せた尾根を登っていくと御岳(963.2)だ。石碑の立つピークには潅木が生え、360度の展望という訳にはいかない。それでもこれまで姿を見せてはくれなかった丁須岩が見える。そして雲には覆われているものの、白雲山から金洞山・星穴岳へと続く表妙義の鋸のような尾根が一望できる。特に怪峰星穴岳は岩を貫く大きな穴が顕著だ。ここから見ると穴は一つだが、実際は二つあるという。
(5mの鎖場 そして…)
(暗雲垂れ込めてきた)
(御岳の石碑 小さく丁須ノ頭も見える)
(丁須ノ頭)
(表妙義)
(怪峰 星穴岳)
御岳からはこれまでのような大きな落葉樹の森ではなく、潅木の生える痩せ尾根を行くことになる。より高度感が高まり、お尻が何かムズムズとするような感じだ。エアリアではここから危険マークが三つ連続する。そんな悪路に加えて雷が段々とこちらへ近づいてきた。黒い雲は完全に角落山方面を覆い隠し、平野から湧き上がる雲に表妙義の山並みは隠されがちである。急がなくては。でも急いではならない。相反した気持ちが更に心を焦らせる。時折絶壁へとトラバースするように付けられた道は鎖場よりも厭らしいといっても過言ではない。最初の危険マークの付いた三連の鎖場。最初は足の踏み場があるが、次の鎖に取り付くまでは腕力で体を引き上げるしかない。ホールドになる岩をつかんだところポキリと折れて落ちていった。ホールドの脆さも妙義の難しさだ。ここを過ぎると次はリッジ上鎖7mと書かれた岩峰だ。鎖を使って岩の上を行く。高度感だけでなく、鎖の重さもずっしりと圧し掛かる。風が強いとさぞ恐ろしい所だろう。最後の危険マークは鎖ない岩場。確かにペンキでマーキングされた岩場がある。しかしここは思ったほど難しくない。むしろルンゼ内のジグザグのほうがよほど難しかった印象だ。
(痩せ尾根を行く)
(角落山方面は雲の中)
(奥は金洞山と星穴岳)
(三連の鎖場)
(御岳を振り返る)
(白雲山方面だが雲に隠される)
(リッジ上の鎖 重い)
(鎖のない岩場)
危険地帯を過ぎると小ピークから行く手が見えてきた。烏帽子岩と赤岩だろうか。西大星を見ると相変わらず浅間山には黒い雲が掛かっている。そして凄まじい雷の落ちる音がした。先を急がねば。微妙なアップダウンを繰り返す痩せ尾根を急ぐ。丁須岩がもう目の前だ。とここで周囲は雲に覆われた。雷が鳴り響く中丁須岩の基部に近い鞍部に下りる。エアリアによると籠沢(こもりざわ)のコルというらしい。道標が立ち、これまでの横川・丁須ノ頭のほか国民宿舎を示している。周囲は暗く、いつ雷が落ちてきてもおかしくない。縦走路は赤岩・烏帽子岩を巻くとはいっても稜線上を歩くのに変わりはない。雷に襲われれば一巻の終わりだ。エスケープするならこの籠沢を下りるのが一番良い。ただし今日は計画書にここをエスケープとして記載していない。沢ルートを下りるよりも巡視路を下るのが一番安全だと考えていたからだ。計画書にないルートを下って遭難したら誰も助けには来ないだろう。しかも目標の丁須岩は目の前だ。どうする?どうする?!どうする、俺ぇぇぇぇぇぇっ。
(左が烏帽子岩で中央が赤岩だと思われる)
(西大星 相変わらず浅間山は雲の中)
(丁須ノ頭はあと少しだが…)
(籠沢のコルの道標)
こんなときは一先ずお茶を飲んで落ち着くことにする。この空模様では稜線を縦走するのは危険だし、時間も掛かる。遅くなれば雨も降り出すだろう。となればエスケープするしかない。候補は北の鍵沢か目の前の籠沢だ。だがヒルのいる鍵沢は下りたくない。それに籠沢は距離も時間も一番短い。雨が降り出す前に安全な所まで下れるはずだ。ただし激しく雨が降れば増水する可能性が一番高いのも籠沢だ。でも行くしかない。籠沢を下る決心を固める。まずは初っ端から鎖の掛かる斜面を下る。上からはわからなかったが、ルンゼの中を鎖が掛けられている。最初は足の踏み場がわからず、鎖にしがみ付いてジタバタ。だが体を伸ばすとホールドが豊富にある。岩の表面には握り拳大の瘤が無数にあるのだ。鎖場を下りきると何の変哲もない沢に出る。奥多摩のような高巻きのある一般ルートを思い浮かべたのが間違いだった。要は沢下りをやれということらしい。そしてここは詰めの部分に当たるから傾斜のきつい岩場なのだ。そうとわかればどんどん沢の中を下っていく。普段は涸れ沢なのかもしれないが、雨が降り続いたためか幾らか流れもある。マーキングの類(ペイント・テープ)も沢山ある。沢なので下る分にはそれほど必要ないが、一応拾って歩いていくことにする。
(最初の鎖場 鎖の下はルンゼ)
(鎖が終わったところ 大きな石が落ちやすいので要注意)
詰めが終わり、傾斜も緩んでくると踏み跡は一旦沢を離れる。ふう、とりあえず休憩を取ろう。沢の中だが緊張から汗だくだ。踏み跡が切れるとしばらくは沢の中だ。上から見るとマーキングはわかりにくい。沢なので下ればいいのだが、上からだと滝や大岩の存在がわからない。ロープがなくても登れるルートだから、そうした滝や大岩を避けるルートが必ず設けられているはずだ。それを辿るにはやはりマーキングを拾っていく必要がある。マーキングを探して右往左往している内に段々と沢下りに慣れてきた。慣れてくると周囲の景色が美しいことに気づく。新緑もさることながら、沢を流れる無数の小滝に心奪われる。このルート、普段はもう少し水量が少ないのだろう。マーキングのある所を目指して歩くと踝まで没するような渡渉を強いられる。靴は防水が効いているし、スパッツも役立ってはいるが、流石に淵に足を踏み入れる気にはならない。なるべく浅い所を探しながら進んでいく。この辺りの自由度は沢歩きに近いものかもしれない。
(傾斜の緩んだ所 最初は右岸に現れる)
(新緑が綺麗)
(小滝が多い)
次第に周囲が深い谷を形成してくるようになった。ゴルジュとまではいかないが、それでも見事な光景だ。無邪気に喜んでいると赤いマーキングの所で踏み跡がない。周囲は当然高い壁なので巻いて下りるのは無理だ。どうやら岩をつかんで下るらしい。ほかにも滝を下るとか色々方法はあるのだろうけれど、それを考えるのもこのルートの楽しみのようだ。ここを下ると久しぶりの鎖場。一旦鎖で沢へ下りて渡渉の後、向かいの鎖へ取り付くらしい。まずは一本目の鎖場。ホールド多数と思ったら濡れてツルツルと滑る。ここでも鎖にしがみ付いてテンションをかける。うーん、鎖場下手になったかな?沢へ下りると流れ速いよ(怒)。乾いた岩に足を置きながら向かいの鎖につかまる。こちらの鎖はとりあえず割れた岩を乗り越えるために使うらしい。
(深い谷)
(滝 側に鎖がある)
(分かれた鎖場 一度沢へ下りる)
鎖場を過ぎると木戸と書かれたプレートの掛かる小平地に出る。小平地といってもこれに似たような所は途中いくつかある。ここからは岩記号に囲まれた沢を下っていく。ますます渡渉が多くなり、マーキングを拾いながら浅瀬を渡っていく。赤いマーキングに辿りつくと鎖場となっている。高さはそれほどでもないけれど、どうやって下るんだ?鎖をつかんで下の石に足を乗せると…うひゃあ冷たい!思わず体を反転させると今度はザックが濡れる。ムムム…一先ず左半身が濡れるのを我慢しながら更に下の岩を下る。今度は右腿を少し濡らしたが何とか下りきる。完全にシャワークライミングだな。鎖場を過ぎてもしばらくは沢下り。だが次第に左岸の高巻きを歩くようになる。やがて沢が遥か眼下を流れるようになると道は沢を離れ、杉の植林の中を進んでいく。エアリアに「河原の巨石間に転落注意 死亡事故あり」(http://yamachizu.mapple.net/column/column.asp?TCLMNO=841)
とあるがどこのことかはわからなかった。確かに岩は多い。でもそれは純粋な沢登りと比べれば易しい。鉄砲水が起きそうなほど狭い沢だから、状況が変化したところもあるのだろう。結局のところ最後は自分の力量次第なのだ。
(木戸)
(渡渉が必要な所が増えてきた)
(沢を見上げる)
(鎖場 濡れは覚悟しよう)
(小滝)
(左岸の高巻き)
(テンナンショウ)
(杉林)
傾斜の緩くなった杉林を快調に下ると前方に看板が見えてきた。注意を促す看板だ。壊れた桟橋のある沢を靴を濡らしながら渡るとこの先は木段下り。正面には表妙義の岩壁がその威容を見せる。相馬岳北稜の辺りのようだがはっきりとしたことはわからない。やがて白い砂利道が見えてくる。砂利道まで下りてくると国民宿舎を示す道標が設置されていた。この林道は舗装されているものとばかり思っていたのだが…。表妙義の岩壁を見ながら林道を下っていくと中木川を堰き止める堰が見えてきた。表面を丸太で固めた意匠はなかなか凝っている。この堰を横目に過ぎると国民宿舎裏妙義だ。入浴もできるらしいが時間は13時前。急いで帰れば18時までには帰れるだろう。風呂は後にして先を急ぐ。
(看板を出た所の沢 ここまで来ればだいぶ安全)
(木段)
(表妙義の岩壁)
(林道出合)
(相馬岳北稜)
(丸太の堰)
(国民宿舎裏妙義)
(シャクナゲ)
国民宿舎から先は舗装道路だ。もう危険なところはない。家に無事下山したことを伝える。のんびりと道路を歩くと空が晴れ始めた。縦走しなかったのは失敗だったか…。カーヴの多い道路を振り返るとちょうど星穴岳が見えていた。ここからも星穴がはっきりと見える。小滝の点在する道路を進むと右手に倒木の目立つ水溜りが見えてきた。どうやら妙義湖というらしいがあまり綺麗とは言えない。下流は水深も深いのかボートで遊ぶ観光客の姿も目立つ。ボートの管理事務所を過ぎ、妙義神社への道を分けると農村風景が広がる。相馬岳北稜を背に御爺さんが農作業に精を出している。ここから碓氷川へ向かって道はどんどん下っていく。祝日だというのに擦れ違う人は殆ど居ない。碓氷川に架かる西尾大橋の上からは今日歩いた稜線が一望できる。もう再び歩くことはないだろう。国道へ出てあの「峠の釜めし」で有名なおぎのやのドライブイン横川で装備を解く。お土産に釜めしと峠の力餅などを買い込み横川駅へ。次の電車が来るまでおよそ30分。ホームで待っていると突然スコールのような雨が降り注ぐ。あのとき下山した判断は間違いではなかったのだ。そう納得し、観光客で混み合う電車に乗り込んだ。
(中木川と裏妙義)
(星穴岳を振り返る)
(林道脇は小滝が多い)
(妙義湖)
(管理事務所脇にヤマツツジが咲く)
(農地から相馬岳北稜)
(花咲く民家が多い)
(裏妙義を見上げる)
(西尾大橋から産泰尾根)
(おぎのやドライブイン横川 背後は鼻曲り)
DATA:
横川駅8:09~8:34御岳登山口~9:10鼻曲り~9:39産泰山~10:36御岳~11:20籠沢のコル~12:20木戸~12:54国民宿舎裏妙義
~13:28妙義神社分岐~14:01おぎのやドライブイン横川~14:24横川駅
トイレ:横川駅構外
地形図 南軽井沢
当ブログで紹介した山としてはもっとも難しい山です。体力・腕力・バランス感覚のほか、ルートファインディング能力や山の知識・経験が必要とされます。表妙義白雲山コースの場合だと大の字岩峰へ辿り着けるかどうかで鎖場への適正が試せますが、本コースでは鼻曲りまで行けたからといって丁須ノ頭まで行けるとは限りません。綿密な計画の上で挑戦してください。なお計画書は登山口で必ず出しましょう。その際エスケープの記載も忘れずに。ボクは運が良かっただけに過ぎません。