とみしゅう日記

自慰と人生:下巻

<注意>
今回の文章は、男性の自慰行為についての内容となっています。
以下、かなり直接的な性的表現を多用します。
下品にならないよう配慮はしておりますが、特に女性のかたにとっては不快な表現があるかもしれません。
あらかじめご了解いただけますよう、お願いいたします。


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挨拶代わりの会話として、天気の話題はよく用いられますよね。
「今日は寒いですね」とか「明日は晴れますね」とか。

男性同士の会話で、天気以上に使われるのが自慰。
「1日、何回自慰をする?」とか「“おかず”は?」とか。

自慰をしたことがない男はいない…と僕は勝手に思っています。
回数の多少はあるにせよ、成人を迎えてゼロということはないだろう、と。

百歩譲って、自慰をしたことがないとしても、エロ話は好きだろうと思っています。
好みは人それぞれだとしても。

エロ話にうまく乗れない人は、そのグループではうまくやっていけないでしょう。
酒が飲める・飲めない以上に、なかなか大きな問題だと思うのです。

大事なことは、あくまでも「そのグループでは」という但し書きがつく点。
エロには様々なカテゴリーが存在します。
自分とまったく同じ嗜好を持つ人間と巡り会えることは、まずないと言っていいでしょう。
それでも、何かしらの共通項や似通ったフィーリングを持つ人はいるはず。
そういう人たちとうまく協調できればそれでよいのです。

話を再び自慰に戻しますが。

前回の項で述べたように、自慰には「暇つぶし」の要素が含まれています。
本当ならパートナーと分かち合えれば理想的な性欲を、自分自身で解消せざるをえない。
そういう「切実な動機」のもとでなされる自慰も、もちろんあります。
しかし、実際には「スナック感覚」(by伊集院光)でなされる自慰が、割合としては一番多いのではないでしょうか。

もし、自分のパートナーが自慰をしているのを知ってしまったら?
女性にしてみれば、あまりいい気分はしないのでしょう。
「感覚」的に判断すれば、それはその通りです。

しかし、再度申し上げます。
男にとっての自慰行為は「単なる暇つぶし」の場合もあるのだ、と。

パートナーである女性に不満があるわけでもなく、セックスの相性もいい。
でも、自慰をする男はきっといるのでしょう。

というか、自分がそうでした。
でした、と過去形を使うのは、今の自分にはパートナーがいないから。

そのことは当時の彼女も知っていましたし、「そういうもんだよね」と理解もしてもらっていました。

というか、それをネタにして馬鹿話で盛り上がってもいましたし。

これは結構幸せな環境だったのだなと、今になってみれば思えます。
それだけ、女性の「感覚的な嫌悪感」は強いのかなぁ、と。
(あくまで、自分の周りにいる女性から話を聞いた限り、ですけれども)

もちろん、彼女ができたら自慰もしなくなった、という男性もいることでしょう。
それはそれで、幸せな状況です。

ただ、女性のかたに「理屈」でわかっていただきたいのですが、男の自慰は決して浮気ではありません。
少なくとも、そういう意図で自慰をするわけではない。
暇つぶし、あるいは習慣という感じでしょうか。

自慰には男性器の機能を維持させたり、性欲を発散させる効能もあるようです。
スポーツでいうところの「自主練習」みたいなものですね。
夜の公園で、バットを素振りしたり、ドリブルをしてみたり。
そうやって、本番の試合に臨むわけです。

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男の性欲とは、思春期になっていきなり本願(ここでは女性とのセックス※と定義しておきます)を遂げられるわけではありません。
ほぼ大半が、妄想からのスタートとなるわけです。

※セックスの定義は「身体の触れ合い」という漠然なものと定義しておきます。

その妄想と、男性器をしごくという直接的な快楽とが結びつく行為。
それが自慰です。

セックスの場合、パートナーの肉体という「厳然たる存在」が相手となります。
身勝手な妄想だけでことにおよぶことは慎まなくてはなりません。
相手を思いやる心が、セックスの基本であることは言うまでもないでしょう。

しかし、自慰はもう少し一方的であり、わがままなものです。
自分に都合のいい妄想で興奮して、性欲を高めます。
それでまったく問題ないわけです、それが自慰である限りは。

自分がしたいことと、相手が望むこと。
それをどうやって調整していくのか。
世の中の大半の事象には、こういう問題が常につきまといます。

自慰をすることで、僕らはまず「自分の性欲のありかた」を知ります。
自分が何に興奮するのか。どういうシチュエーションを好むのか。
それを自覚して、初めてパートナーとのセックスに臨めるわけです。
もし、相手のいうがままにあらゆる行為をするのであれば、ロボットで事足りてしまうでしょう。

相手を愛するということは、言うなりになることとイコールではない。
でも、自分の願望だけを押しつけてしまったら、結局は同じことになります。

自分の性欲を自覚する。
そういう意味でも、自慰が果たす効能は大きいと思うのです。

でもね。
自慰に必要なものは、3割の侘びしさなのですよ。

終わったあとに感じる空しさ。
実際の彼女とこういうことをしたいなぁという願望。
いやいや、そこまではできないよなぁという遠慮。
そういうものがなくなってしまったら、ダメだと思うんです。

清く、正しく、いやらしく。
そうやって自慰に励む男どもを、どうか女性のみなさんも「生暖かく」見守ってやってはもらえないでしょうか。

そして男性諸君。
パートナーを大切に。
でも、性欲は忘れずに。

繰り返します。

男のエロ道は「清く、正しく、いやらしく」

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上下巻あわせまして、約7000バイト(全角3500文字)のお付き合い、ありがとうございました。

コメント一覧

とみしゅう
ある意味、文才
行間から滲んでいたわけだね、侘びしさが。



_| ̄|○



…それより、次の方ってどういう意味さ。
られ
ホホウ。
そーいや、字面にも一抹の侘びしさが溢れておるな(つд`)



次の方、どうぞ!
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