とりあえず始めてみました

ブログに挑戦してみます。

3.11

2024-03-11 12:13:48 | 日記

東日本大震災からもう13年もたってしまいました。13年前の今日、自分は長野県にいて会社で働いていましたが、結構なゆれを感じました。結構大きいなと思っていたら、かなりゆれたので社員全員で建物の外へ避難し、しばらくして中に戻ったのを覚えています。社内に戻ってパソコンで調べたら大変なことになっているのがわかり、自社の工場も東北に複数あったため、対策以前に「連絡を取る」のに苦労しました。

結局従業員に死傷者はなく、工場に被害はありましたが復旧も順調に進みました。一方で電力が安定供給されず、生産を安定させるのに時間を要しました。また、当時は東北地方に日本の電子部品企業の工場が集積しており、海外顧客を中心に一気に部品確保の動きになったため、きわめて生産がタイトになり、ずいぶん海外の同業者に受注が流れ、工場自体も海外移転が一気に進みました。おそらくですが、雇用も総体的に相当失われたと思います。

いまさらですが、今回の能登地震も含め、地方の店じまいはやはり必要だと思います。当時も工場を閉鎖しようと声高に発言できる雰囲気ではありませんでしたが、経済合理性に則って静かに工場の閉鎖は進み、結果復興はしても人は戻らないし戻れない状況になったのだろうと思います。感覚的にですが、現役世代は相当減りました。少子高齢化もあると思いますが、地震で流失した現役世代が結局仕事がなくなって地元に戻れなくなり、避難先で生活を再建したケースも相当あるのだろうと思います。実際問題10年ほど前から新卒採用は非常に大変で、今人手不足で騒がれていますが、正直なところ「何をいまさら騒いでいるのだろうか」と思っています。

被災者には同情を禁じえませんし、亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、毎年思うことではありますが、生き残った者として「これからどうしていくのか」を感情論ではなく経済合理性に則って冷静に話をするべきだと思います。

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