令和4年4月28日富山新聞掲載
人々が、歩いて たびをしていた時代のお話です。
ある山みちが 上りから下りになるところに、いっけんの茶店がありました。
この茶店の近くに、いたずらもののムジナが住んでいました。そのムジナは、人間に変身して、たびびとを だまして、よろこんでいました。
ある日の夕方です。旅をしている若者が 茶店の近くまで来ると、きものすがたの女性が 近寄ってきて言いました。
「いい温せんがありますよ。たびのつかれなおしに、ひとふろどうですか」
「そうだね、じゃあ お願いします」
「ご案内しますから、どうぞ、ついてきてください」
「こちらです。ゆっくりと入ってくださいませ」
「うん、なかなかいい湯だな、ごくらくごくらく」と、若者が言っているうちに、ねむくなって ねてしまいました。次の日の朝になり、別のたびびとが、この若者を見つけました。
「もし、ウンコとオシッコを ひりょうにするため ためている こえだめの中で何をしているのですか」
「ええっ! ここは、こえだめですか」この声をききつけて、茶店のおじいさんが 出てきて言いました。
「よく、このこえだめに入る人がいるのですよ。この近くに、たちの良くないムジナがいてね、たびびとを だますのですよ。早く上がって、からだをあらわなきゃ、くさくてたまらんですよ」
若者は、茶店で からだをあらい、ながしました。
「腹の立つムジナめ、なんとか しかえしをする方法は、ないものですかね」
「みなさん、そう言われるのですが、あきらめています」
そんな話をしているところに、昨日のきものすがたの女性が イノシシにおそわれ 血まみれになって、走ってきました。そして こえだめに落ちてしまいました。こえだめの中でムジナにもどっています。ケガのため こえだめから上がれません。このままでは、おぼれて死んでしまいます。
若者が こえだめに入り ムジナを助け出しました。茶店に運び、きれいにあらい、お酒で傷口を しょうどくしました。ムジナは いしきを失い、ねむりつづけています。
次の日の朝になって 目をさましました。
それまで 若者はムジナに つきそっていました。若者は言いました。
「もう人間をだますのは やめなさい」
「はい、すみませんでした。これまでのことは おゆるしください。今後は 悪さは ぜったいにしません」
ムジナは、心をいれかえました。茶店の近くに、温せんが わき出ているのを 見つけ、たびびとのため ろてんぶろを つくりました。人間にやさしいムジナになっていました。