令和6年10月10日 富山新聞掲載
母の竹笛
山奥に猟師をして、暮らしている若者がいました。いつものように朝早く猟に出かけた時、やぶの中から、うめき声が聞こえました。そのあたりをよく見てみると、ケガをして、倒れている若い女性を見つけました。
「どうしたのですか」かけよって声をかけました。
「えぇ、大きな鳥におそわれ、このやぶに落ちたのです」と、女性は答えました。
なんだかよく分からない話だなあ、と思いながら、その女性を背中に負ぶって、自分の家に連れてゆきました。
お医者さんのいない山奥です。栄養のある肉などを食べてもらいました。そして、布団で寝て、ゆっくり休んでもらいました。熱があります。猟師は谷川の冷たい水でひたいを冷やしけんめいに看病しました。そのかいあって、やがて女性は元気になりました。
「すみません、もう少しこのまま、ここに置いてもらえませんでしょうか」
「こんなむさ苦しいところでよければ、いつまでもいてもらってかまいません。おらはとっても嬉しいだかね」
二人が一緒に暮らしているうちに、とっても仲良しになりました。そして二人は結婚しました。やがて赤ちゃんが生まれました。かわいい男の子です。とっても幸せな生活が続きました。
男の子が小学校入学近くなった時、女性は庭にある夏椿の大木に上り、涙を流すようになりました。
「私は天の川の近くにある、天の宮からこの地球に使わされました。天の宮はこの宇宙全体を見ています。私の使命は、地球人同士が戦争やケンカによって殺し合うのをやめさせることです。しかし、私を助けてくれた貴方のように、地球人のほとんどは、やさしく、おだやかで、戦争やケンカが好きではないと分かりました。とはいえ、ほんの一部の人が、戦争を始めています。この人たちが亡くなれば、しだいに地球も穏やかになりそうです。私はこのまま天の宮へかえり、報告します」と猟師と子供に言いました。
「分かったよ、だけど子供が寂しい思いをしないようにしてほしいです」
「ありがとうございます。子供が私と話したくなったら、あの夏椿の木に登って竹笛を吹けば、私が胸の中に現れ、お話ができます」と言って子供に自分で作った竹笛を渡しました。
女性は両手を広げて、ふわりと浮き上がりました。家の上空で3回くらいまわり、手を振りながら空高くに消えてゆきました。
子供は、寂しくなったら家の縁側にすわって、その竹笛を吹いていました。その音を聞いた小鳥がたくさん集まってくるようになりました。笛の音に合わせてさえずっています。
子供の頭や肩にとまるようになりました。
ある日突然、竹笛が音を出さなくなりました。子供は変だなぁ、と思っていると、お母さんが両手を広げて空のかなたから突然帰ってきました。天の宮の大宇宙神が親子一緒に暮らすように勧めてくれたのです。