【申告内容】
九州のおもちゃ病院から、治療移管の依頼がありました。
電池を入れ、設定ボタンを押して左右の手を同時に抑えても変化が有りません。
静かにして耳を地がづけると、小さく「カリッ」とクリック音が聞こえました。
また瞼が動かないのでモーターからの伝達構造にも不具合があると思いました。
【初診】
涼しげな衣装でこられました。2011年9月に発売された夢の子 ミルルです。バックアップ用のボタン電池のある初期の頃の設計品です。
状態を確認しようと電池ボックスを取り出すと、ミルル本体側の電池ボックスとの接触端子がひどく変形していました。本来は、山のような三角形をしているのですが、折りつぶされた板のようになっています。
電池ボックスフォルダーを取り出し、接触端子の形状修正からです。
端子を修正してから、動作確認をしてみましたが残念ながら紹介状にある通り動きませんでした。
まずは、電圧値の確認です。電池ボックスの接触端子部で電圧を測ると6.14Vあります。
背中にある”ADJ",”RESET",バッテリーフタ開閉スイッチのクリック感も異常なさそうです。また、制御基板との接続点でスイッチの入力を確認できました。
夢の子シリーズ回路の持病の1つであるクロック発振状態を調べます。周波数も異常は認められませんでした。
電池ボックスを電池ボックスフォルダーに挿入してフォルダー裏面の端子で電圧を測ると5.3Vとなぜか下がります。
乾電池は、特に熱を持っている様子はないのですが電圧値が下がっているので、負荷に異常が起きていると感じました。電圧が下がっていますので不具合範囲を絞り込むために、制御基板に接続されているコネクタを外してから、再度電圧値を計りましたが変わりません。
残るは、制御基板上の不具合の可能性を追いかけました。基板には、6Vが入っていますので3.3V程度に降圧しているレギュレータがあるはずです。ミルルの場合7336という3.6V、250mA出力です。レギュレータの出力は3.8Vありました。発熱も感じられませんが、念のためレギュレータの動作を確認しました。レギュレータを基板から外し、最大負荷に近い状態でも過電流が流れて発熱したり入力電圧が下がることもありませんでした。
さて、ここまで来ると何か見落としがあります。ふりだしに戻ります。
電池ボックスの端子で再度電圧値を測定すると、徐々に値が下がり始めました。電池ボックスをよくよく眺めるとヒューズが隠れていました。
ヒューズ抵抗器にクラックが入っていました。通常はワット数の低い抵抗器として動き,規定以上の電流が流れたとき,規定時間内に抵抗素子が溶断して電流の流れを阻止し,抵抗値が元に復帰しない機能をもった抵抗器です。カラーコードから推測する限り2Aタイプと思われますが、メーカーは不明のため詳しくはわかりません。
同じヒューズが無いため、手持ちのヒューズに交換しました。電圧値も安定しミルルも目覚めることができました。(^_^;)
遠くから来院されたので、他に悪いところがないか点検します。
転院依頼のありましたドクターから1~2年前に、腕の配線が切れたので治療した経緯があるとのことでした。両腕とも切開跡がありましたので、開いてみました。
右手の配線には切れかかっているような様子もなく、経験的に切れが起きやすい収縮チューブの端に綿をつめ切れにくくしました。(未検証治療法です。(^_^;))左手は、治療した痕跡がありました。この際配線を外皮の軟らかいシリコンの線に交換して作り直しました。同様に綿をつめ戻しました。
制御基板を診ます。
褒められない箇所が2点有りました。1点は半田くず付着で、他は水晶振動子のリードの切り忘れです。これらが悪さをすると再現性がないので、これが起因する不具合が発生しても症状の確認すらできなくなります。半田くずを除去し、リードを切り半田付けをしました。
組み立て直し、ミルルの機能を確認して退院です。
【治療後記】
夢の子ミルルを診察するのは、初めてでした。ヒューズが完全に切れていれば、転院依頼されたドクターも容易に発見され治療されたことでしょう。ところがドクターが診察したときは、”元気です。”と言ってましたが、実は違っていて電圧値は出ていても電流を流せない状態で動かなかったと思われます。全くドクター泣かせの患者さんでした。
ところでこのヒューズは、電気的に溶断したのでしょうか?。物理的に破損したのでしょうか?
電気的に溶断したとするとカッティング溝の間の抵抗被膜が高温になり溶断します。しかし、絶縁被膜にクラックが入り開いています。これは、物理的に動いていることを示しています。また、キャップ部の絶縁皮膜も剥離し、電池ボックス端子から半田づけを外しただけでキャップが外れる程破損するものでしょうか?。破断面をみても焼損している様子は観察できません。ヒューズ抵抗器の診断経験が少なくわかりませんが、疑問に感じます。
次に、物理的な破損の可能性を推測してみました。
・ヒューズ抵抗器のキャップが半田付けをとると外れてきました。
・電池ボックスフォルダーの端子が押しつぶされたように変形していました。
・ミルルの持主に伺ったところ、電池ボックスが入りにくいことがありその後動かなくなることが続いておもちゃ病院を受診したとのこと。
これらの事実からすると、電池ボックスを誤った方向で挿入された可能性があるようです。そのために、電池ボックスフォルダーの端子が変形し電池ボックスの端子との接触不良が起きたものと思われます。この時に、ヒューズ抵抗器にも物理的な負荷がかかり、破損した可能性があります。
では、誤った方向に挿入したこととヒューズ抵抗器にクラックが入り、キャップが外れる状態との因果関係はどうでしょうか?
電池ボックスの金属端子の構造は次のようになっています。
正規な状態で電池ボックスを電池ボックスフォルダーに挿入する場合は、ヒューズ抵抗器のリードには曲げなどの負荷はかかりません。もし、逆さにして挿入する場合を想定すると、ヒューズ抵抗器を半田付けした金属板に力が加わり、ヒューズ抵抗器との間隔が少なく直接金属板の変位が短いリードに伝わり、変位をリードで吸収できずにキャップと抵抗体の芯との溶接部に力が加わり、外れてしまったとも考えられます。
電池ボックス単体の状態と電池ボックスフォルダーに挿入した状態と電圧値が変化したのは、ヒューズ抵抗器のキャップ部の接触状態が変化したため電圧値に変化が起きたと思われます。
ただこれは、検証したわけではないので仮説に過ぎません。
ミルルの持主には説明をして、合わせて電池ボックスにも挿入方向がわかるように矢印を書き加えました。
【おまけ】
最後に、ミルルは患者さんとしては少ないですが、調べた限りの回路図を公開します。間違いや漏れなど有ろうかと思いますので、ご利用の際にはご注意ください。