派生事項の3つめとして、露皇帝を処刑しソビエト連邦を作り上げた思想、即ち共産主義を取り上げる。
前述のように、人が国を形成した目的は身の安全と私有財の保全のためであろう。ヒトに限らず全ての生物は私有財を求める(単細胞生物でも自分の餌を確保しようとする)。君主制国家では、国民は君主に私有財の権利を保証してもらう。共和制の国でも、選ばれた元首が定める法に則り私有財産権が保証される。国家は国民の信託に応え、財産権を脅かす他国からの侵略に対しては武力に訴えても戦う権利(自衛権)を有する。逆に、国家を守るために国民は義務を負う(徴税や徴兵など)。
国内の財の所有はどうか。究極的には全ての財の所有権は君主や元首に帰するが、常時は国民に私有を認めている。しかし、この私有財が国民の間の「貧富の差」を生み、その差が国民の間の分断や緊張、治安悪化等の国情の不安定につながる。そこで、貧富の差を解消するために、財を個人ではなく共同体が所有して公平に分かち合うという発想が生まれてくる。これが共産主義の始原であろう。歴史的には、古くプラトンの国家論やキリスト教共産主義にも同様の構想がある。
産業革命前の生産財は土地であり、貧富の差とは土地所有の差であった。但し、往事の農業は生産性に乏しく、かつ農業を基幹とする経済は流動性が低く(財の流通や人の移動が限られる)、富者による搾取には限界があった。しかし、産業革命後には生産性の向上と経済の流動化が進み、工場などの生産財を有する資本家と労働者との貧富の差は著しく拡大した。その差は弱者たる労働者を搾取することで更に進行した。このような背景からマルクスらにより共産主義が生まれた(共産党宣言は1847年)。
共産主義が描く社会は、格差のない平等社会である。そのために、資本家の有する生産手段を共有化し、労働者による共同管理の下に経済的平等を目指す。この主張は、貧困と搾取に苦しむ労働者には希望の光に見えるであろう。この理想主義は、レーニンにより、社会を資本家(地主)と労働者(小作)の階級闘争の場と捉え、労働者(プロレタリア)独裁を暴力的に実現する急進的な思想となり、皇帝の処刑とソ連邦の設立、共産主義を世界に広めるコミンテルン運動として体現した。
しかしながら、ソ連邦は官僚主義や経済の停滞により約70年で崩壊し、コミンテルンも20年余りで解散した。今ある共産主義国家(中共国、ベトナム、ラオス、キューバなど)も、原理主義的な共産国家ではない。例えば、中共国は毛沢東思想を見直し1980年代以降は資本主義国との協同を図っている。北朝鮮は共産主義を掲げておらず、与党が共産政権の国も自らを共産主義国とは称していない。但し、共産主義は形を変えて生き延びており、何よりも人類史に及ぼした影響は凄まじく大きい。
ここまで書いてきて、テーマが重いことに気づいた。そこで表題を「大津事件派生」から「共産主義」に改め、次号以下を続けることにする。(了)