これはだめだ!

自信喪失、無気力な日本に”喝!”、反日、侮日に反撃、一矢を報いる。

反日中韓に媚びる村上春樹の「謝罪するしかない・・・」 偽善者ぶるから詐欺にあったようで胡散臭い

2015-04-20 | 中国人・創価学会

【中国メディア環球網】の記事 
http://news.livedoor.com/article/detail/10025568/  
 

中韓を母国とする人の「謝罪」についての考え 
 戦後70年談話を巡って中国や韓国の安倍首相を牽制する動き、米国議会における演説に対する妨害活動が激しさを増している。村上春樹が韓国紙のインタビューに「相手が許してくれるまで詫び続けるべきだ」と答えたのも、中韓に“いい子”であることを売り込む魂胆なのであろう。

 モノ書きで商売するためには巨大な中国市場に食い込む必要が有るのだろう。村上春樹と正反対の事を中国、韓国と関わりの深い識者が4月18日(土)の読売新聞15面で説いている。 

 同紙の記事から引用する。

【拓殖大学客員教授 石 平 氏】 中国 日本を敵に「愛国」
 中国側の歴史観を理解する上で、重要な2つのキーワードがある。

 一つは、彼ら自身が言う「屈辱の近代史」だ。近代以前は、中国がアジアの頂点に立つ「中華秩序」があった。だが近代になると、他国からいじめられた。その中で一番許せないのが日本だということだ。屈辱を晴らさねばならない、という強い意識が、政府やエリートの心の中にある。

 この傾向は、習近平政権になって強くなった。昨年、中国政府は新たな国家的な記念日を制定したが、いずれも日本との戦争にまつわる。9月3日の「抗日戦勝記念日」や、1937年に南京事件が起きた12月13日の「国家哀悼日」などだ。

 記念日は一度制定すれば、取り消すことはない。毎年、記念行事が行われる。.たとえ日本が謝っても、歴史問題を解決するつもりはないということになる。

 中国共産党政権にとり、歴虫間題は国内政治や外交に利用する1枚のカードだ。実に有効で、簡単に手放さないだろう。日本が謝るかどうかの問題ではない。 

【首都大学東京特任教授 鄭 大均 氏】 韓国自己顕示欲が暴走
  韓国の国柄は1980年代後半から90年代に変化した。一般に「民主化」と言われるが、反共ナショナリズムから民族ナショナリズムヘの転換だ。民族ナショナリズムに変わると、北との同質性を強調し、抗日の歴史から北への道徳的劣等感を抱く知識人が増えた。この時期に韓国も国力を強め、五輸も成功させた。

  民主化で市民運動グループなども数多く登場した。その中には親北的な組織が多く含まれ、.反日を主導するようになった。とりわけ、かつて日本に支配されたことに対する恨み(ハン)という感情が活性化した。

 ある人類学者によれば、新興国は2つの欲望に同時に駆り立てられる。名のある国、国際杜会で重要な国になりたいという自己顕示的な欲望と、良い国、強い国になりたいという自己鍛錬的な欲望だ。以前の韓国では、2つの欲望にいい緊張関係があり、近代化や発展の契機となったが、80~90年代に緊張関係が崩れ、自己顕示欲が暴走気昧の社会になった。

 その中で、かつて日本に統治されたという、本来は飼いならされるべき屈辱の記憶が活性化してしまった。一方で日本には、「隣国に対する加害者だった歴史を強調することが大事だ」と考える人がいて、韓国側と連帯する形で日本の歴虫道徳への批判が広がった。

 韓国には、日本の尊厳を傷つけることによってある種の快感を得るという、好ましくない嗜好が見られる。歴史道徳的な優越者の立場に身を置き、安易な批判で日本をいじめるのは退廃につながり、長期的には韓国にもマイナスだ。

 日本は、いいかげんな批判には反論しながら日韓関係の立て直しを図らねばならない。それにはかなり時間がかかるし、これからも葛藤を経験しなければならないだろう。
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中韓に通じない“一方通行”偽善ぶるから胡散臭いのだ 
 戦前、国策に協力しないものは、愛国精神のないものとして国賊扱いされ、「欲がりません勝つまでは」を合いことばとする太平洋戦争への道を突き進んだ。

 もとより、満洲事変後も、国際協調と国防・外交・財政の調和を説く高橋是清、広田弘毅らの、内田「焦土」外交(満蒙の事任に関し、「所謂挙国一致、国を焦土にしても、この主張を貫徹する外交施策、その一つが満洲国承認、二のそれが国際連盟脱退)にかわる、いわゆる広田「和協」外交の線などもなかったわけではない。しかし、結局は、時局は「非常時」、国をあげて戦争へと向かっていった。 

 「知らしむべからず、寄らしむべし」といった風潮のなかで、最終的には混沌のなかに巻きこまれたとはいえ、国民にも責任がなかったわけではない。どのような意味での戦争かもわきまえず、満洲事変以来の戦局の勝利にわき、われにのみ正ありといった風潮がみなぎったことは否定できない。国際連盟を脱退して帰国した松岡洋右外相を、横浜の埠頭で凱旋将軍のように歓乎して迎えた図などはその一つである。

 ここで肝心なことは、相手がどのように考えているかといった相手方の思考に対するおもんばかりが完全にといってよいほど欠落していたことである。喉我独尊の思考がまかり通っていたのである。
 個人関係でもそうであるが、一方通行は通じない。戦前は真の国益とは何かを考える前に、過剰な国家意識が先に立ってしまったと言える。 

 村上は2009年2月15日、エルサレムで行われたエルサレム賞授賞式に出席し記念講演を行った。 当時はイスラエルによるガザ侵攻が国際的に非難されており、この受賞については大阪の市民団体などから「イスラエルの戦争犯罪を隠し、免罪することにつながる」として辞退を求める声が上がっていた。それにも関わらず敢えて授与式に出たのは、エルサレム賞がノーベル文学賞の登竜門であるとされていたからであろうか。

 「中韓に詫びろ詫びろ」と善人のように振舞う村上春樹は “一方通行” を演じている。韓国人が身体障害者や病気の人を真似て楽し「病身舞」をみれば、国を挙げて反日に凝り固まった異常体質が分かる。
 韓国の「病身舞」 https://youtu.be/i86fiRjvafk    
 
 村上春樹は、相手国には通じないことが分かっていない。いや、分かっていて”よい子”を演じているのかもしれない。モノ書き稼業であれば巨大市場である中国に媚び諂うのは売るため生きるためである。名を売り書籍を売れるためなら労をいとわないということか。
 素直にノーベル賞を下さいと言った方が商売人らしい生き方だ。 へんに偽善ブルから詐欺にあったようで胡散臭い。


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