
私は小学生の頃から読書が大好きで、多くの本を読んでいました。
特に好きだったのがジュール・ヴェルヌのSF小説です。
「月世界旅行」や「海底二万里」などの作品を子供心にワクワク、ドキドキして読んだものです。
その影響でしょうか。小学生にして、初めて書いたのが未来世界を空想して描いたSF小説です。たしかその作品はクラスの壁新聞に載せていただいたのを憶えています。ともかく、それから私はいろんな本を読み続けました。学校の図書館などで読んだのがほとんどでしたが年を重ねるごとにその種類も増えていきました。推理小説などにものめりこんでいきましたが、私は今でもそうですが、興味がわくと、とことんやってみないと気がすまないたちなのです。話が横にそれますが、韓国語の勉強を始めた時には、休みの日に朝から夜遅くまで一日中飽きずにやっていた事があります。ともあれ、私が歴史そのものに興味を持ち出したのは、多分、小学生の頃だったと思います。
当時私はテレビを見るのが大好きでした。そこでたしか中国の「水滸伝」や「西遊記」をやっていたのに興味を持ち、吉川英治の原作を読んだのです。とても面白くて、私はすっかり歴史小説にはまってしまいました。その後出会ったのが司馬遼太郎さんの作品です。最初に読んだのは、多分、「新史太閤記」だったと思います。本当に面白くてあっという間に読んでしまいました。私の人生に最も影響を与えた人物である坂本龍馬先生の「竜馬が行く」が最も大好きな本です。この「竜馬が行く」が大河ドラマで映像化されたのが昭和43年(1968年)でした。当時私はまだ11歳(小学5年生)でした。しかも、私の家ではどういうわけか、あまりNHKを見ることがなくて大河ドラマも見ていませんでした。
それでも、たまに遊びにいく祖父の家で何度か見たことがありました。それが昭和44年(1969年)放送の大河ドラマ「天と地と」でした。カラー放送として初めて放送された映像は新鮮で美しくたった数回の事でしたが、今でもはっきりと憶えています。しかし私が大河ドラマを晴れて見られるようになるのはもっと後の事です。もう一作品だけ憶えているものがあります。それは昭和47年放送の「新・平家物語」です。親戚の家で見た一シーンですがどんなシーンかというと、義経の八艘飛びの所です。とてもかっこよかったです。
そしていよいよその時がやってきました(?)私が晴れて大河ドラマを見ることができるようになった時です。忘れもしないその作品が昭和48年(1973年)放送の「国盗り物語」です。当時の私の年齢は16歳(高校1年生)の事でした。どういうわけかチャンネル権を得て初めて見る大河ドラマでした。私は、とても嬉しくて、嬉しくて、その作品が始まる前に叔母に原作本を買ってもらいました。内容的にもとても面白くて一気に読んでしまいました。この作品がどのようにドラマ化されるのか、本放送を前にして私は期待に胸を膨らませて待ちました。予告編を何度も何度も見たりもしました。そしていよいよ放送が始まりました。私は、たちまちその面白さに圧倒されました。私の想像をはるかに超えていました。原作を読む時は、その状況を想像しながら、読んでいく面白みがありますが、それがひとたび映像化されると、小説とは違う輝きがでてきます。何よりも歴史上の人物がまるで目の前に生きているような錯覚を覚え、その世界に陶酔します。私が特に注目したのは、他にはないこの作品の特異性です。「国盗り」という表現にもあるように、この物語のテーマがそこにあります。しかも、普通は一人の主人公によって展開されている小説が齋藤道三と織田信長という二人の人物を主人公として展開されていくのです。最初の齋藤道三では、一介の油売り商人が美濃一国を手に入れるまでのサクセスストーリーとなっています。本当に驚きの連続でした。齋藤道三という名前は以前より、知っていましたがこんな生き方をした方だとは知りませんでした。本当に面白かったです。特に夢多き男性には「夢は実現する」という希望を与えてくれました。豊臣秀吉以前にこのような人物がいたとは驚きです。最も戦国時代にはこのような話がいっぱいあったのかもしれません。それを演じているのが平幹二朗さんでした。若き日の齋藤道三を生き生きと演じられていました。また、高橋英樹さんの織田信長もよかったです。今はベテランで渋味を増した高橋英樹さんですが、この時は若くて生き生きとした最高の信長でした。すべての登場人物が生き生きと描かれていました。濃姫を演じた、松坂慶子さんも、お若く初々しくてとても美しかったです。(昨年の「篤姫」では、貫禄のあるすばらしい演技をしておられましたが)明智光秀役の近藤正臣さんは、私の記憶では、私が小学校当時に「柔道一直線」に出演されていて、この頃は、ドラマなどで松坂慶子さんとも共演されていました。その近藤正臣さんも見事に明智光秀を演じられていました。私がこの時残念だったことが一つあります。それは、ビデオがなかったという事です。録画ができれば、いつでも後から見られたのですがそれができませんでした。それで、日曜日の本放送を見ても、もう一度土曜日の再放送を見てその内容を私の心に焼き付けました。もちろん何回見てもあきることはありませんでした。それほど大河ドラマに夢中でした。「国盗り物語」の中で、一番気に入ったシーンは、それ以後も時代劇などでよく出てくるシーンですが、齋藤道三がうつけといわれる織田信長の器量を見るために、こっそりとその姿を見る所です。長い槍やその装備とはうらはらに信長のうつけな格好を見、その後の会見の時には、正装で現れ、道三を驚かせます。道三もその時にその技量の大きさを感じ、物語的には以後「国盗り」の大業はこの信長に引き続かれていきます。このシーンが私の最もお気に入りの場面です。ビデオ録画でもできていれば、永久保存版となりました。最後の「本能寺の変」も高橋信長のりりしい最後がかっこよかったです。
このようにして最初の一年間を感動で終え、それからずっと大河ドラマを見続けています。正直申し上げると、それ以後、途中で見るのをやめてしまった作品もあり、またもう一度見だした作品もあります。でも、私が今言える事は、どんなに自分の好みでなかったとしても、最後まで見る事が重要だし、その中で、新しい発見や感動があるという事です。そしてそれ以後大河ドラマは私の一場面であり、私の人生の一部となりました。その作品を思うと、私のその時の人生があるし、私の人生の中でも大きな部分をしめていると思います。
一例を挙げれば、昭和49年(1974年)の作品「勝海舟」の時には私は17歳(高校2年生)の時でしたが、この年3月には自宅が火事になり仮住まいで見ました。又、昭和51年(1976年)の作品「風と雲と虹と」の時には私は19歳、高校を卒業して、就職した薬品会社で初めての泊まり勤務の夜に会社で見ました。又、私が21歳の時には入院した病院で「黄金の日々」(昭和49年(1974年)の作品)を見ました。「飛ぶが如く」(平成2年(1990年)の作品)の時には、仕事やサークル活動で忙しく、ビデオ録画して夜中に家に帰ってから見ました。このように、大河ドラマは私の人生の一部分になっています。
ところで、2010年の大河ドラマは「龍馬伝」ですが、最初にも書きましたが、坂本龍馬は私の最も尊敬する人物であり、竜馬の足跡を追って、高知県の桂浜の銅像を見にいったり、私の住んでいる京都の竜馬のゆかりの地を巡り写真を撮って本を作ったりもしました。竜馬の事を書くだけで一冊本が書けてしまうぐらいの大ファンであり、「私も竜馬のように生きたい」と思ってきました。その事を長々と書くつもりはありません。しかし、少しだけ申し上げたいと思います。私が、竜馬に陶酔したのは、「竜馬が行く」の影響が大きいと思います。竜馬についてはさまざまな事が言われていますが、私の見解はこうです。あの当時、藩といえば今でいえば、宇宙に匹敵するものだと思います。藩を離れては生きていく事すらできないという時代に、藩を離れ、一介の浪人となり事をなすという事がどれほど大変な事でしょうか。恐らく多くの志士がいた中で大業をなしたのには、私は司馬遼太郎の「竜馬が行く」の中にあったように「天に意志があった」のではないでしょうか。書店にも数多くの本がでていますし、ゆかりの地ではさまざまイベントがあります。(これを書いている時期は2009年12月であり、まだ本放送が始まっていません。)ですが、私は、竜馬ファンでない方でも、ぜひこのドラマを見ていただきたいと思います。先に記したように、私としては、「竜馬が行く」の竜馬が見たかったのですが、又それとは違った、竜馬が見られるのではと楽しみにしています。
数年前から、韓国の大河ドラマを見るようになりました。最初は「チャングムの誓い
」、そして「チュモン」「帝国の朝」最近では、「風の国」「千秋太后」等を立て続けに見ています。日本史は得意ですが、韓国の歴史となると、ほとんどわかりません。しかし、これらを見ていると、日本の大河ドラマとの相違点に気がつきました。その中には文化の違いからくるものもあります。最大の特徴はストレートでドラマックな所です。見る者の心をひきつけてやまない魅力があります。そして、ちょうどいい所で放送が終わるのです。日本では一話ごとに話の内容がひとまず終わるのですが、韓国ではそうではありません。何か少しずるい気がしなくもありませんが…。そして、前述の異文化という事もとても新鮮で興味が沸きます。「こんな違いがあるのか」と新しい発見の連続です。それと、日本語訳ではなく、言語で、字幕で見るのが、臨場感があってとてもいいです。環境が許されるならば、ぜひご覧下さい。本当にはまってしまいます。と同時に日本の大河ドラマもどんどん世界に輸出してほしいです。(現在も輸出されていますが)そして、大河ドラマファンが世界中に増えたらどんなにいいでしょうか。そして、世界中の方と同じ感動を味わえたらどんなにいいでしょうか。「大河は国境をも越える」大河ドラマがなくなることなく永遠に続き、感動が永遠に続くことを願っています。大河が「永遠に不滅」であってほしいと思います。