校舎の3階に美術室がある。
石井先生は去年までアブダビの日本人学校の教師をしていた。そのためか肌は浅黒く、身長が高い上にガタイも良いので、美術の先生というよりは格闘家に見える。ただ、左肩下がりで左右に揺れながら歩く姿はユーモラスだ。
今日の美術の授業は塑像だった。
「デスビオは、若い女性をモデルにして数多くの頭像を残しています。」
「印象を大切にして、量感をとらえて表現するように。」
作品製作は、出席番号順に男女ペアになって、お互いの顔を見ながらすることになった。
「エー。」
生徒からはブーイングが起こる。
「先生、相手が不細工だったら、作品も不細工になって点数が変ったら不公平じゃないですか?」
直子ははっきりものを言う。
「先生はそんな評点はしないぞ。要は表現力だ。美しいものはより美しく、そうでないものはそれなりに、生きた人間の顔が表現できれば、それで満点だ。」
土台の木組みはすでに教材として渡されたので、これに紙粘土を盛ったり、ちぎったりして、相手の顔をつくりあげていく。
康博のペアは厚子だった。厚子はお世辞にも美しいとはいえない。康博は京子さんの顔を思い浮かべながら顔を形作っていった。
京子の顔の輪郭は、丸すぎもせず、細長すぎもせず整っている。鼻梁はまっすぐ通っていて、小鼻は小さい。眼は大きい方だろう。口は小さいが、唇は肉感的な感じがする。髪はボブカットというのだろうか、長くはない。
「厚子、美人になったな。」
そう石井先生が、引きしまった肉づけによって、静かな情感をとらえた康博の作品と厚子を見比べて言うと、教室の皆がどっと湧いた。
康博の方が真っ赤になって、「ぼくのイメージではこうなんです。」と言った。
あらかた出来上がったので、水をつけて肌理を整えていく。後は来週まで乾燥させて、固くなったものに着色して完成である。
美術室には、他の教室の音は届かず静かである。窓からは海の緑の山の緑が見える。山の中腹にツツジが咲いているのが見えた。
昼休みのチャイムが鳴ったので、速攻で教室に戻り弁当を平らげた。
午後の授業は眠くてよく覚えていない。
康博は、なんとなく先週の京子さんとの夢を見ていた気がした。
今日はまだ水曜日。A組の武雄にはまだ先週のことは伝えていない。部活で武雄とは会うが、
「先輩らがいる前では京子さんの話はできまい。部活が終わったらすぐに帰っちまえ。」
康博はそう考えた。