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子ども2人不登校でした

回想その1 〜毒子と友蔵〜

(注)毒子への愚痴です。親への愚痴を聞いて気分不快になる方は読まないで下さい。



幼少期から私は毒子から友蔵の悪口を聞かされて育った。

毒子の洗脳により、子どもの頃は友蔵のことを「悪人」と思わされていた。

友蔵が「善人」だと分かってきたのは私が大学に入った後のことだ。


友蔵は転勤の多い地方公務員。

友蔵と毒子は見合い結婚である。

「こんなに転勤が多いと知っていたら結婚しなかったのに、友蔵が転勤があることを隠していた」

「騙された!!大嘘つき!人生狂わされた」

毒子からこの話を何百回、何千回聞かされたことか。

そして、毒子は友蔵の実家を『田舎の百姓』といつも貶していた。

友蔵は実家の悪口を言われると怒って毒子を怒鳴りつけた。

そんなふうに2人は毎日のように子供の前で大喧嘩をしていた。

口下手な友蔵は毒子のマシンガンのような口撃には勝てない。

だから手が出る。

一度は友蔵が包丁を持ち出したことさえある。

恐ろしかった。



幼い私は一方的に友蔵が悪いと思っていた。

私は毒子を守るために友蔵の背中に爪を立てた。

友蔵のことは大嫌いだった。




続く



コメント一覧

uparin
@25253674 マリさん
コメントありがとうございます。
皆それぞれ大なり小なり色々抱えていると思います。
マリさんも、色々と苦労されてきたのですね。
私は姉か妹がいたらもっと楽しかっただろうなと思います。
兄はいますが、昔から話は合わないし、今でも疎遠です。

今週は私のデトックス週間です。
ニイトくんがいないので、ニイト君について書くことがなく…
お言葉に甘えて、ブログに吐き出すことで自分を生い立ちから見つめ直してみます。
25253674
uparinさん
こんにちは😊
ご苦労されたのですね…
親の喧嘩ほど 子供を不快にさせることはないですよね…
それを知りながらも
娘達の前で夫婦喧嘩もしてきてしまっていますので 私も反省です。
皆 色々な思いを抱えて生きていますね…
ご両親もuparinさんも 親子であっても
それぞれにそれぞれの人生がありますものね。
私もたくさんの感情を持ちながら 養父母を見てきました。
突然 養母が亡くなった後、母親としてではなく、1人の女性としての養母の人生を知る機会が増えて、私の知らない養父母の人生も長かったのだな…と
当たり前ですが不思議な気持ちになりました。
だから受け入れられるとかられないとかではないのですがね…
ブログに吐き出すことで uparinさん御自身の人生を見つめることも出来ますよね😊
uparin
ネイロさん
コメントありがとうございます。
一口に夫婦喧嘩と言っても内容は色々でしょうね。包丁持ち出すなんてドラマや映画の世界の話みたいに思っている人がほとんどでしょう。
こんなことは今まで人に話したことはありません。とても恥ずかしくて言えません。匿名のブログだからこそです。
世の中には同じような環境で育った人が少なからずいると思います。

昔は父のことを「悪人」と思っていましたが、歳を重ねるにつれ、父は「善人」で毒子が「悪人」とわかってきました。
しかし、「悪人」でも親子ですから、嫌いになり切れないところもあります。

ブログに吐き出してデトックスしています。読んでいただき、コメントいただけると楽になります。ありがとうございます。
uparin
@tochika さん
コメントありがとうございます。
本当に酷い家庭環境でした。
私も兄もずっと心に傷を持っています。
まだ虐待されたわけではないからマシだと自分に言い聞かせて来ましたが、実の父親の悪口を吹き込まれるのは精神的な虐待に当てはまるのかも知れないと最近は思います。
地方公務員の転勤は当たり前ですよね。とちかさんが挙げた職業の中に父の職業があります。だいたい2年くらいで転勤があり、県内をあちこち引越ししました。家を建ててからは単身赴任になりましたが。
転勤があることなど教えてもらわなくとも常識があればわかるはずなのですが、毒子は「騙された」と今も言い続けています。

毒子は高校卒業後は花嫁修行をしていて、一度も就職することなく結婚しました。だから生活力もないし、社会の常識も知りません。「離婚する!」といつもわめいていましたが、実際離婚する気はなかったと思います。
「あんたら(兄と私)のために我慢して離婚しなかった」と子供のせいにされたこともあります。
しかし、子供たちが就職して自立した後も離婚しない毒子は何なんでしょうね?
やはりお金目当てとしか思えません。
財布の紐はしっかり毒子が握っていますから。
ネイロ
おはようございます。
同じような夫婦喧嘩の絶えない環境に育った私ですが、私の実家とはまた違う壮絶さを感じました。当たり前ですが、やはり十人十色ですね。
自分の親や自分の育った環境を、友達には打ち明けられませんでしたが、きっとブログならわかってくださる方が沢山いらっしゃると思います。
どうか、今までの想いを出して、今のご両親を自分の感情で今までよりも楽に静観出来るようになって欲しいです。

私は、父のことをいまだに悪人だと思う気持ちが拭えません。
やっぱり完全に悪だと思う事も多いです。
でも、時々視点を変えてみるとそうでもないと思ったり、母が厳しすぎるからだとわかったりと、以前より柔軟にみれるようになりました。

それだけでも、少し楽になったような気がします。

私もウパリンさんと一緒に
自分の両親と向き合っていこうと思っています。
tochika
uparinさん、こんにちは。
夫婦喧嘩が絶えない環境で育ったのですね。
子どもには大人になっても消えない心の傷が残ると聞きます。

地方公務員の転勤はごく普通のことだと思いますが...
市職員、県職員にせよ配置換えは当たり前ですよね。
教員や警察官、医療従事者、事務系の職場でも異動はあります。
毒子さんは何か他に特別の感情を抱いていたのでしょうか。
(あるいは心の病があったのかも知れませんね)

刃物を持ちだすほどですと、子ども心に恐怖心を与えてしまいますね。
これだけ激しい喧嘩を繰り返していても毒子さんは別れるという選択はしなかったのは
友蔵さんへの信頼があったのでしょうか?
それとも公務員という安定した日々(収入)を手放さないようにしていたのでしょうか?

想像ばかりですみません。
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