気力・・・またひとつ個人店の灯が消える

12年前のある日、午前3時か4時ごろ。

薄暗い飲み屋の隅で、いい加減酔っ払った連中を尻目に彼女と、まだ当時真冬でも汗をかくほどのおデブだったオヤジはけんけんがくがくに言いあっていた。

彼女がひとりで商売を始めるというのに、先輩ヅラして忠告やら意見をのたまっていたのだ。

曰く、何かウリがあるのか、コンセプトは、等々エラそうに、でも心から心配して話しを聞いていて、結局は彼女のキャラがウリの店だと最後は励ますしかなかった。

それからしばらくして彼女の店は開店し、時々フラッと立ち寄ったり、予約を入れて大勢で押しかけたりもした。

彼女の店はこじんまりしていたけれど清潔で、彼女のお母さんが焼いた器は温かみがあり、女将さんひとりで切り盛りするにはむしろやや広いともいえた。

行きつけの個人店があるということは幸せなことで、互いに人となりが分かっているから気楽で、ちょっとした息抜きができるし悩みも打ち明けられる。

そうして付かず離れず12年間、競合しない同業者として時々互いの店を行き来していたのだが、このところのオヤジの体調不良でめっきり飲みに行くこともなくなり、彼女の体調が思わしくないことも知っていたから気にかかりつつも人のことどころではなく、何もできないまま年を越してしまったのだった。


そんなところへひっよっこり、彼女が来てくれた。

しかしちょうど串盛りと広島風のオーダーが入り、Uberの注文も続いて、話したいことは多々あれどもとりあえずバタバタ。

ハイボールを飲みながらこちらを観察しているのを視界の隅にして焼き終わると、

「元気そうで良かった」

と言われたが、なんとか元気なふりをしているだけでさっきまではヘロヘロだったのだ。

あちこちガタがきているポンコツエンジンはなかなか暖まらなくて、午前中はほぼゾンビ。

仕入れに行かなきゃならない朝は泣きそうに震えながら、ハアハア喘いで出かけ、帰ってくれば昼は生も根も尽き果てたように臥せっている始末。

陽が落ちて夜になるほどに生気が出てくるという半ば職業病みたいな塩梅で、先日「投げちゃん」にも「元気そうに見える」と言われたが、こんな事情を知らない人にはまったく悟られない因果な性分。

そんな内情を話すと、ため息をひとつついて、

「店、閉めることにしたの」

と彼女が言った。

絶句・・・。


昨年癌が発覚して入院・手術したといい、

「私みたいに性格のいい癌だったから、きれいに取れて、もう大丈夫なんだけど・・・」

だけど、すっかり気力が萎えてしまったんだという。

女手一つで店を切り盛りする気力が、すっぽりとなくなってしまったという。

気力のないままできるほど商売は甘くないし、お客さんにもそれでは申し訳ないから、悩んで悩んで人に相談もした挙句、店を閉める決断をしたんだそうな。

辛い話しだ・・・、とても人ごとではなく、いつかはこの身にも降りかかる出来事だが、何をいうセリフも思い浮かばない。

人生をかけて始めた仕事を、12年間育て守ってきた城を、自分の居場所を、終わらせることの辛さが痛いほどわかる。

お疲れ様などという月並みなセリフは言えないし、店をやめたからといって生きて行かなけりゃいけないし、どこかでまた気力を奮い立たせなきゃならない。

店の外でも付き合っていた常連も少なくなかったろうに、店主の具合が悪くなることを、その状況を知るにつけ一人去り、二人去りという現実を思い知り、公私混同していたと自嘲気味に微笑んだ。

嗚呼、どこかの店のオヤジも思い知る現実、健康の切れ目が縁の切れ目、世の無常は日常茶飯事だ。


言葉少なになる夜を、ヒューヒュー音を立てて冷たい風が通り過ぎる。

あんまり頑張れないけれど、やれるうちはやってるから、店の明かりが見えたらたまには顔を出してと言って、彼女の後ろ姿を見送った。


切なくて、苦くて、焼酎が喉を焼く。

この23年間の間に、融通の利く居心地のいい個人店が何軒閉店してしまったろう。

昨今は個人店には厳しい状況ばかりで、若者はチェーン店のスタンダードしか知らず冒険はしない。

働き盛りは汲々として安いチェーン店で群れて、夜は閑古鳥がなく時間が早い。

いつまでできるだろうか❓

いつまで気力が続くだろうか❓


幸いにもこんなブログを読まない人の方が多いから、こんなポンコツとは知られず、なんの取り柄もない無口で無愛想なオヤジを「元気そう」に演じられる。

そうしてこれからも気力が続く限り、鉄板の前に立ち続けるのみだ。