患者たちが用を足し騒々しく洗顔などをはじめる。
ひと段落したのを見計らってベッドを抜け出し、自販機のあるデイルームに点滴棒を転がして歩いていく。
7階のフロアは自販機の部屋が潰され、感染対策のため電話以外の使用禁止にされ椅子テーブルが積み上げられたデイルームと一緒くたにされている。
朝日が差し込む自販機部屋がなくなり、殺風景なデイルームで、それでも首を回し腰を伸ばし、ストレッチをしてから仕方なく熱い缶コーヒーなんぞを飲む。
長らく体内にあってそれなりに膵臓の中の膿を吸い出し成果を出したステントが抜かれた。
右脚をベッドに上げられないほど痛んだ右脇腹の鈍痛がなくなった。
すると翌日、みぞおちと下腹部にグリグリ拳で押されるような痛みがあらわれ、またしてもベッドに縛り付けられ心が萎える。
左腕に新たに点滴針が留置され、24時間の点滴とは別に抗生剤や鉄分などの薬剤が投与される。
さらに翌日、みぞおち下腹部の痛みが薄れたと思ったら、今度は左脇腹が痛み出した。
耐えられなくはない痛み、されど常にジワジワ痛めつけられている感覚。
心臓エコーの検査、フロア以外はどこへ行くのも車椅子。
度重なるCTで被曝量はMAX、血液検査でまたしてもCRPの数値が上がったと知る。
絶食13日目、もはやグーの音も出ない。
他の患者の咀嚼音も病院食の匂いも気にならない。
点滴と絶食以外何もない週末、看護師と患者の毎朝のルーティンがひと段落した朝食前の空白の時間。
誰も足を踏み入れないデイルーム兼自販機部屋の片隅で、コリコリバリバリの首、肩、腰を動かしほぐし、新宿の高層ビルに朝日が当たって輝くのを見る。
水とお茶を買って部屋を出て、5万5千円の個室が並ぶ通路をいく。
7階フロアの個室はところどころ空いている。
その空室の一つから朝日が廊下に漏れている。
ベッドが取り払われた個室の大きな窓の真ん中から、眩い曙光が降り注いでいる。
点滴棒を転がして部屋に入る。
大気圏を飛び出したウルトラセブンが太陽光を浴びてエネルギーチャージするかの如く、両手を広げて陽を受ける。
深呼吸する。
イヤホンから「サッチモ」の「What A Wonderful World 」がタイミングよく流れてくる。
閉じた瞼に曙光の温かさを受け、涙が流れてくる。
「この老いぼれの言うことに耳を貸してくれ 俺には世界がそんなに悪いとは思えない・・・」
66歳、心臓病を患っていた「ルイ・アームストロング」の魂の歌声。
涙が止まらない。
悲しくはない。
不機嫌が消し飛び、心のトゲトゲが溶ける。
曙光と「サッチモ」の相乗効果。
空室とはいえ勝手に部屋に入っていることを看護師から咎められない限り、このささやかなサンクチュアリで朝の数十分を過ごそう。
目をつぶって深呼吸を繰り返す。
体が暖まってくる。
イヤホンから「オリビア・ニュートンジョン」の「そよ風の誘惑」(Have You Never Been Mellow)が流れてくる。
窓ガラス1枚隔てた陽気は12月とは思えない穏やかさ。
オリビアの澄んだ歌声が心に沁みる。
不機嫌と意固地と怒りを溶かしてゆく。
自販機で買ったペットボトルの水をひと口飲む。
陽の当たる個室を出て病室に戻った。
点滴と絶食以外何もない週末、それでもこの先それほど悪くもないんじゃないか。
こうして息をしているし水だって飲める。
何よりも、少なくともこのポンコツを待ってくれている人がいるってことは、これ以上素晴らしいことはないだろう。
体重は43㎏に突入、「ユイちゃん」や「エレンちゃん」と同じくらいの少女の目方のポンコツ、いずれ娑婆に出た時はまた見た目が変わっているだろうが、中身はちっとはマシになっているハズだ。
「What A Wonderful World 」
そう言い続けよう。
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二子玉川龍之介
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