お好み夜話-Ver2

ジンセイノハイザンシャ😑

ご存知「池波正太郎」の「食卓の情景」という本の39ページ~50ページに「どんどん焼」という一文がある。


「池波正太郎」せんせいがご幼少の頃に食べた屋台のコナモンを熱く語ったもので、「どんどん焼き」というのはお好み焼のご先祖さまのひとつとも言われるが、せんせいはあまりにも思い入れが強いせいかこんな風に評している。

『昭和初期から十年代にかけて、東京の下町のところどころに出ていた屋台の「どんどん焼」というものは、いまのお好み焼のごとく、何んでも彼でもメリケン粉の中へまぜこんで焼きあげる、というような雑駁なものではない』

大作家に対してまことに恐れ多いことではあるが、この文章にはいくつかの錯誤があると言わざるを得ない。

まず1923年(大正12年)生まれの「池波正太郎」せんせいよりも前に「お好み焼」という言葉があったということが最近の研究・調査で判明しており、「どんどん焼」というのはなにもコナモンに限った呼び名ではなく、屋台で商いをする職人が客寄せの為に鐘や太鼓を鳴らしたことからきた「子ども言葉」だということなのだ。

せんせいの生まれた大正12年には関東大震災がおき、昭和元年は3歳だから買い食いはムリと思われ、昭和10年は12歳なので十二分に味も記憶も鮮明だろう。

幼児の頃は震災の影響で物売りも少なかったかも知れず、遠くから聞こえてくる「どんどん」に心躍らせたということは想像に難くない。

大作家でも郷愁に惑わされてしまうほど、物のない時代には強烈なインパクトがあったコナモン体験だということが本を読めば伝わる。


同じ「どんどん焼」のニュアンスの違ったお話しが「むかしの味」という本の59ページから語られているので、「池波正太郎」せんせい相当に「どんどん焼」が好きだとわかる。

いまの編集者にわからせるために、自ら「どんどん焼」を作って披露する写真も載っている。

写真を見れば『何んでも彼でもメリケン粉の中へまぜこんで焼きあげる」ものとはたしかに違うが、それを突き詰めるとお好み焼の発祥の地が関西・大阪ではないという事実にぶち当たり関西人の逆鱗に触れてしまうので、その件はまたに譲ることにする。


さてこの二冊にある「どんどん焼」の思い出に登場するのは二人の「どんどん焼職人」で、一人は鳥越辺りに屋台を出していた役者にしたいほどの色男で、「正太郎=正ちゃん」はこのおやじと仲良くなり店番を任されたりオリジナルの焼き物を作ったりしている。

しかしこの色男のおやじ「正ちゃん」に店番をさせ、自分はヤクザの女房と浮気をしていてそれがバレて何処かへ拉致されて指を詰められたとか、「どんどん焼」ができないように右手を切られたという噂で行方知れずになっちまったというお粗末。


もう一人は「町田」という屋号の元は洋食屋をしていたおやじで、悪いやつに店をだまし取られ老婆と孫を抱えて屋台を引いているものの、プライドが高くニコリともしないが味は感嘆の声を発するほどの腕前で、「正ちゃん」はすっかりこのおやじに惚れ込んでしまう。

惚れ込んだあげく母親に、小学校を出たら「町田」のおやじに弟子入りするといって怒鳴りつけられる。

それでも諦めきれずおやじに直訴すると、「町田」のおやじはさびしげな微笑をうかべ、

「とんでもない。こんな商売をやるなんて考えてはいけない。こんなものは、ジンセイのハイザンシャがやるものだ」

とたしなめられる。

おやじにたしなめられて「正ちゃん」熱が冷めたのか、「町田」のおやじのその後は本に書かれていない。

人知れず屋台を引き続け焼き続け、何所かをさすらって一生を終えたのだろうか?

そんなむかしの思い出を浮かべ「池波正太郎」せんせいは、自宅で「どんどん焼」を作りビールを飲んだりしたそうな。



嗚呼、切ない話ではないか、ジンセイのハイザンシャ・・・。

お勤め人からドロップアウトしたオヤジは、さしづめジンセイのハイザンシャなのだろう。

ヤクザの情婦に手を出したりはしないが、ムダに腹を切ってしょぼくれた今だから、ひと頃集まった連中もすっかり寄りつかなくなった。

そりゃそうだ、ジンセイのハイザンシャの面を見て酒なんて呑んでも旨かないし、それぞれの事情で見切っても何もいう立場にない。

むしろ20年楽しませてくれたと感謝しつつ、ジンセイのハイザンシャを噛みしめるのだ。

そして今夜も「どんどん焼」ならぬお好み焼を、額に汗して焼くのみである。

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