霜柱が立つほどの寒い朝も早よから、わらわらとオジサン、オバチャンが集まってきて、家中の大鍋という大鍋を洗い、庭先で大量の野菜の皮を剥き、刻む。
包丁が足りないからと、台所の隅から引っ張り出したサビサビ包丁を、表の水道で朝っぱらから4本も研ごうとは思わなかった。
すっかり体が冷えて鼻水をすすりながら、わけのわからないままにあれやこれやを運んだり、洗ったり。
納屋から五右衛門風呂のような大鍋が出され、大量の油で満たされると、プロパンのガスコンロに火がつけられ、豆腐屋が配達してきた大きな木綿豆腐を油で揚げて、自家製の厚揚が作られる。
オバチャンたちが刻んださつまいもは、「がね」になって揚がる。
「がね」というのは、さつまいもの拍子切りを天ぷらにしたもので、ツンツンとカニの脚のような形に仕上がることから「がね = カニ(こっちの方言)」と呼ばれている。
煮しめや酢の物、ピーナッツ豆腐(胡麻豆腐のピーナッツ版)などの手作り料理の他に、大量の刺身、寿司、カニやエビなどのオードブルがバンバン運ばれてきて、折りたたみのテーブルを組み立て、座布団を並べ、取皿と箸、おしぼりを並べてゆく。
ここまでくると、もう他所者のオヤジの出番はない。
坊さんが来るまでまだ1時間近くあったので、退屈していた小僧を連れて、散歩がてらに買い物に出かけた。
もう何十年も天草に来ているのに、未だにこちらの甘い醤油に馴染めないので、近所の店に買いに行こうと思ったのだ、
しかし1軒目は地元の醤油しか置いてなく、およそ3㎞ほど歩いて2軒目へ。
だがそこにも目当てのものはなく、仕方がないのでさらに3㎞ほど歩き、ようやくコンビニを見つけ、小瓶の刺身醤油と本わさびのチューブを買った。
そこへかあちゃんから電話が入り、もう坊さんが来ているのですぐ帰って来いとのこと。
帰って来いったって、家からすでに7,8㎞も離れたところにいて、走っても30分以上はかかってしまう。
仕方がないので「ポニー」を呼んだ。
最初の頃、86歳のばあちゃんが病院へ行くのに「ポニーに乗って行きよる」などというので、腰の曲がったばあちゃんがポックリ、ポックリ仔馬に揺られている光景を想像してしまったが、じつは「ポニー」というのは地元のタクシーのことで、呼べばすぐに来てくれて、最近はポイントカードもあるので便利に使っている。
家へ戻るとすでにお経が始まっていて、末席に目立たないように座ったが、すぐに見つかって一番前へ座るように言われてしまう。
ワテクシはこの世で何が嫌いだといえば、政治屋と医者と、説法のヘタクソな坊主が大嫌いで、冠婚葬祭は大の苦手だ。
運の悪いことに、母ちゃんの実家に来た坊さんは、お経は下手だし、説法はまるでとりとめがなく聞くに耐えないときている。
それなのに数珠を握らされ、親戚の手前、一応神妙な顔で正座しているという苦痛。
頭の中では「あ~あ、ハラ減ったなぁ 事前に一番搾りと焼酎買っておいてよかったぁ」などと考えていた。
坊さんのしょうもない話に突っ込みを入れてやろうかと思ったが、なんとか押しとどめ、挨拶が終わると足のしびれもなんのその、大急ぎで場を片付け、テーブルを並べ、宴会の準備を整えた。
さあ宴会、だがここでも、厄介なことがある。
かあちゃんのご親戚の方々は、ほぼ酒が飲めない。
飲んでもどうでもいい酒で、ビールのグラスに発泡酒を注ぎ足すようなヤカラで、数年前に酔っ払って、義兄に文句を言ったことがある。
そのせいか、今回は正しくビールが並べてあるが、人のグラスに次から次へ注ぎ足すようなオジサン連中の中に座ったら、せっかくのごちそうも酒も楽しめない。
で、今回は頑として末席に座り、用意していた一番搾りと芋焼酎で、料理を楽しんだ。
が、朝からずっと冷えていたせいで、刺し身や冷たいビールでさらに体が冷えてしまい、いくらも食べないうちによくなってしまった
オバチャンたちの話を聞くと、やっぱり坊さんの話はヘタクソだと思っていることが判明、あれでいいお布施を貰ってくんだから、坊主丸儲けとはよく言ったもんだ。
ほんとに田舎の法事は段取りがわからず、寒い中で皆さんよくやるわ もうこんな大がかりなものはコリゴリだと、仏様の前で天使になってゆくのであった
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