物語にもならない

へたくそな物語を書く主の部屋

時間の番人 ~詩にならなかった物語~

2018-04-01 15:33:49 | 物語
 時間の番人は、ただじっと見つめている。
まるで誰かを待っているかのように時間が過ぎるのを待つ。
時間が来るとまた次の時間を待つ。
彼は人の生きる空間を外から見ている。それが彼に与えられた使命だ。

人の存在する空間は、ガラスの箱のようなもので出来ており、時間の糸をたどって通り過ぎてゆく。それはちょうどロープウェイのような姿だ。
1つの箱には一人の人間が入っている。箱の中の人は時間と同時に動くので、番人が手で箱を止めると中の人の動作も止まる。手を放し再び動き始めると中の人間はつづきの動作をする。番人は、けしてその空間の中に手を入れることはできない。
箱の中の人間から彼を見ることはできない。なぜなら、番人の世界は人間たちの世界よりずっと大きいからだ。それはちょうど人間が普段地球の上にいることを忘れるのと同じこと。海が広すぎてその形を見ることができないのと同じこと。大きすぎるものは小さすぎるものと同じく、全体像を見ることはできないのだ。
人同士が出会ったときは糸が交じり合い、空間が合体し、同時に進む。普段みな別々の速度で進んでいる時間の糸を、コンサート等ではかなりの空間と糸が交じり合い同時に進むのだ。終わるとキレイに離れて元の位置に戻ってゆく。

レールとなる糸は下から見ると円を描いている。もしも真っ直ぐだったらどれだけ長くしなければならないことか。
しかし、かといって実は同じ円上をくるくる回っているのではない。横から見ると、螺旋階段のように上へ上へと少しずつ登ってゆくのが分かる。
螺旋状の糸のはじまりと終わりはどこか分からないし、あるのかさえ知らない。あくまでも彼に与えられた仕事はこの場所で人間の空間を観察し、レポートを書くことだ。

人間は皆、人生の大きな分岐点で大きな選択をしながら生きている。その時に糸の円軌道はズレる。
言い換えれば、螺旋状の糸に枝が生えてガラスのゴンドラはそちらに移動してゆく。移動した後いらなくなった方の糸の枝は、分岐点から少しだけ伸びるとそこで終わる。
実は必ずしも大きな分岐点ばかりが未来を変えるのではない。日常のなんでもない行動でも、ちょっとした瞬時の未来は変わっているのだ。
例えば、靴を左右どちらから履くかとか、腕時計をしてゆくかしてゆかないかそんなことで、ちょっとした瞬時の未来が変わることもある。そんな時には、糸1本分もズレないので、小さな糸のほつれ程度の枝を残す。
時間の番人はそれらの現象をチェックしている。
番人たちは毎月一回集まって、観察してきたものや糸がどちがの方向へ行ったかを報告し合うのだ。
彼らの最終目的は、その時間の糸の行方を計算式にすることである。時にはある人間がもしも別な行動をとったらどうなっていたかのシミレーションをすることもあった。
時間の糸の行方は運命であり、運命は木の枝分かれに似ている。木の枝分かれは細胞の単位で決められているのかもしれないし、DNA単位で決められているのかもしれない。そこに環境や負荷が加わって決まる。時間の糸もまるで生き物のように枝分かれし、思いもかけない方向へ伸びてゆくので、それを計算式にすることは至難の業だった。

 あるとき、一人の女がどこまで時間の糸を進んでも動かなかった。お経を読むでもなく、眠るでもなくただ座っている。その人間は止まったままで、まるで死んでいるように見えるが死んではいない。もしも死んでいたなら彼女を包むガラスの空間は一瞬にして消えるはずだからだ。
その姿はまるで、自分が何もしなかったらどうなるかを実験しているように見えた。その人間を何日も見ているうちに番人は思った。「この人間はもしかして、動かないことでこちらに何かを訴えかけているのではなかろうか?」と。
時間の番人はその人の夢と現実のはざまに入り込んで話を聞いてみることにした。
「やぁ、こんにちは。私が見えるか?君は何をしているの?なんで動かないの?」
「あ、こんにちは。やっと会えましたね。嬉しいです。」
「存在を感じてた?」
「はい。日々感じていました。」
「何か訴えかけたいことがあるのかい?」
「ええ。あのぉ、私にできることがあったら教えてほしいのです。」
「できること?例えば?」
「はい。私は家族とこの地球を愛しています。私の身の回りの人々の未来をより良くするためには、私はどう動けばいいですか?」
「それは難しい質問だね。貴方は、僕がなんでも知っていると思っている?」
「はい。違うんですか?」
「違うね。僕はただ時間を見守っているだけ。どうすればどうなるかっていうのは、僕たちにも分からないんだ。すごく緻密な計算が必要だからね。」
「計算?」
「そう、例えば、人間は細胞で生きているよね?細胞の全てを計算しないと将来どんな病気になるかわからない。だけどそれを計算するには多大な時間が必要だ。君にできるかい?」
「いえ。私には無理です。」女は残念そうにうつむいた。
彼女の落胆ぶりを見て彼は続けてこう言った。「でも、何とかすることはできるかもしれない。例えば、君に僕たちが作ったシミレーションを見る力を与えたなら、君はその未来を拒否したり受け入れたりすることができるだろう。その力なら上げられるよ。」
「本当ですか!?くださいぜひください!」女は目を輝かせて言った。
「分かった。じゃあ明日の晩からこんな風に夢と現実のはざまで見られるようにしてあげようか。そうだなぁ、見させてあげるのは翌日の出来事でいいかい?」
「はい。十分ですありがとうございます。」
女ははっと我に返った。眠っていたわけではなかったのだが不思議な夢を見たと思った。
その日から女は動き始めた。どうやら時間の番人との会話を信じてみることにしたらしい。まずは働きに出た。久しく仕事をしていなかった為、職場の雰囲気に溶け込むのにとても神経を使って疲れ果て、その夜はベッドに入るなりすぐに夢と現実のはざまに入った。
そして時間の番人が用意しておいてくれたシミレーションを見た。職場の上司が出先で車に轢かれ足を骨折するという場面だ。それはまるでTVの画面を見ているように色が鮮明でその時の自分の気持ちすら手に取るように分かる。自分もそこにいて画面はそれを見ている自分の視線だ。
女はそれを見ながら、自分は明日この上司と外出するんだと感じた。そしてそれを止めるにはどうしたらいいか考えた。自分は入ったばかりの新米だから上司の外出を止めることはできないし、休むわけにもいかない。シミレーションが終わってからしばらく考えた。
ふと場面の中で自分が着ていた服の色を思い出した。(そうだ自分がその色の服を着てゆかなければ、上司は事故にあわないかもしれない)と女は考えた。場面は一瞬しかなかったが、その不幸を避けるための要素はみつかったのかもしれなかった。

翌朝、女は夢で着ていた服とは違う色の服を着て職場へ行った。
今日は外回りの仕事だから外出するぞと上司が言った。女は、はいと言って、言われる通りに必要なものを持ち一緒に外出した。これからあの場面が繰り広げられるんだとドキドキした。二人は徒歩5分の最寄りの駅まで歩く。ふと行き交う車の色や人々、背景が夢と現実のはざまで見たあの場面と一致した。次の瞬間、青になった信号を渡ろうとすると右からものすごい速さで黒い車が走ってきた。その車は前を歩いていた上司の目と鼻の先を走り抜けて行ってしまった。
女は突然の出来事にドキッとしたが、次の瞬間に上司も自分も助かったことに喜びを感じた。そして自分の判断は間違っていなかったと実感した。上司は、助かったことをいいことに車に向かって悪態をついていた。
それを見ていた時間の番人は「お、いいぞ。なかなかいい勘してる。」と笑みをこぼしてひとりごとを言った。
しかしこのことが、他の人間にしわ寄せが行くことになるとは考えていなかった。糸のほつれ程度で終わる出来事だと思っていたのだが違っていた。

 異変が起きたのはその数時間後のことだ。ある人の糸をあの女の糸が邪魔して絡まった。そしてひとつの空間を消滅させた。会うはずのない人間同士の糸が絡まると、どちらかが消滅してしまうのだ。中の人間は神隠しのように現実の世の中から消えた。あの女の枝別れの犠牲になったとでも言おうか。
その余波で、枝分かれしないはずだった他の糸が軌道を変え、他の糸へまた他との糸へとドミノ倒しのように影響しあった。
いつのまにか消滅していたり、あり得ないことに他人の糸に無理やり移って現在を行く本物のの空間よりちょっとだけの過去を進むゴンドラすら現れた。ちょっとだけというのは『あ』という間くらいの過去だ。
過去を生きる人間は、デジャブが起きてしまい違和感を感じながらも日々を送ることになる。
「大問題が起きてしまった。今まで秩序よく整然と稼働していたガラスのゴンドラが、めちゃくちゃになってきたのだ。」
時間の番人は、その夜から女に未来のシミレーションを見せることをやめることにした。余波は少々続いたものの、異変は止まった。
それから他人の時間の糸の過去を辿っている人の空間を、空いている糸に移してあげた。消滅してしまった空間は戻らなかったが、せめて生き残った空間を救うためだ。新しい糸に移った人間は急になんとなく変わってしまった時間の流れの雰囲気に戸惑いながらも今までと同じように生きようと努力していた。番人は彼らが馴れるまで見守った。

時間の番人は二度と過ちを犯さぬよう人間の願いを聞くのをやめた。
そして一人の人間にシミレーションを見せて未来を変えようとすると、他の無関係な誰かに響いてしまうことを発見した。その影響も詳細にレポートに書いた。書き終える寸前ふとペンを止めた。そして「もしかしたら、今回自分がやったことはその上の次元の世界では計算されていた時間の動きだったかもしれない」と思った。
そう、あの女が番人の存在をどこかで感じてたのと同じように、番人もどこかで感じはじめているのだ。現に時間の番人は、時間の糸のはじまりとおわりを知らない。彼の空間がどこまで広がっているのかも知らない。もしかすると、螺旋の糸はさらに螺旋状になっており、より大きすぎて見えない存在が、より大きすぎる空間の中で彼を載せたガラスのゴンドラを見守っているのかもしれなかった。


   おわり