僕には友達がいない。だからいつも2階の自室でスマホゲームをしている。この暖かい電磁波の光だけが、僕の居場所だ。夜はパソコンで怪談の動画を聴きながらいつの間にか寝るのが好きだ。人の声を聴きながら寝るとよく眠れるから。
小学校の時は親の転勤で何度も学校を変わったし、中学の時は親友と思っていたやつに裏切られた。高校に入ってからはいじられ役でLINEグループでそういう扱い。友達がほしくないわけじゃないく、ただ良い友達ができなかっただけだと思う。
いつも独りぼっちだった僕は、せめてペットを飼いたいと親にねだったが、借家暮らしだからと拒否されたっけ。やっと家を建てた頃はもう友達をつくる気も失せたし、動物を飼いたいとも思わなくなった。
トントン(扉をたたく音)
「はい?」
母親「勉強してるの?」
「さっきまでしてたよー」僕のことを信用できないってか?
「あらそう。ちょっ出かけてくるから。」
「はーい、いってらっしゃい」
1階に誰もいなくなっただけなのに、家の中は「し~ん」という音が聞こえてきそうなほど、静かな時間が流れてゆく。僕はこの時間が好きだ。
休みの日はいつもこうして、スマホでゲームをしたりパソコンで色んな動画を見て、音楽を聴いて過ごす。
その時、急にパソコンの画面が真っ黒になった。
「ん?なんだ?」
スイッチに手を伸ばし、何度かつけようとして押してみたがつかなかった。
「故障かよっ。画面だけかな?どっちにしても使えねぇ。しゃーない、スマホでもしてっか。」ベッドにゴロンと横になって、スマホの画面を見ると画面が真っ黒だ。触れてみても電源を入れなおしても充電しても真っ黒だ。
「なんだこれは?!」
それから1週間、親にはそのことを言えずに過ごした。パソコンとスマホを同時に壊したなんて言ったら、どうせ長い小言を聞かされるだけだし、勉強しないからだと叱られるに決まっている。僕は新しいのを買ってもらうための、なんかいい言い方がないか考えていた。
しかし・・・・だ、2週間目に突入したときふと、パソコンやスマホのない世界はなんていうか、凄く良かった。
考えてみたら僕には友達がいないのだから、通話するやつもいない。そういう手段としてはとっくに使ってなかったし、まぁLINEグループで気の合わない奴らと話を合わせていただけだった。やらなくなってみて、結構そのせいで疲れてたってことに気がついたんだ。あの頃は、一人でいる時にすら他人の反応を気にしたり誰が既読したのか考えたりしていたことに気づいた。あの頃の自分がバカみたいに思える。
それに、なんだか目が良くなった気がするし、前よりも頭の中がスッキリしている。
やることがないので、なんとなく本を読むようになった。今までは1冊ちゃんと読めたことがなかったのに今回、初めて3日で読み切った。活字嫌いな僕がここまでできるのかと思って、どうせならと教科書をひらいて勉強してみたら、凄く集中して勉強できた。なによりも驚いたのは、夜寝るときに人の声を聴きながら寝た方が眠れると思っていた今までの自分の常識が覆ったことだ。何もない方がよく眠れるんだ!まじで。
頭痛や慢性的な肩こりもなくなり、なぜか食事もおいしくなったし。
なんでだろう?タバコを辞めた大人ってこんな気分なのかな?
しかし、部屋で一人になったときや、通学の電車内では手持無沙汰でかなり困る。仕方なく外の景色を見るしかないのだが、電車の外の景色はいつも同じ。変わるのは看板だけだった。車内の人達は皆スマホを見ているだけで、なんら面白い光景でもない。
今頃、LINEグループでは僕がいなくなったことによって、いじる奴がいなくなり、困っている輩がいるだろう。もしかしたら、僕の代わりにいじれる奴を探しているかも。いや、もしかしたら僕がいなくなったことにすら誰も気づいてないんじゃないだろうか?僕は存在感がなかったからな。
その週の日曜日、広い公園を歩いて晩春の空気を感じていると、誰かに声をかけられた。
「ちょっとどいて。」男とも女とも分からない声だった。
「へ?」振り返ると、そこにはかわいいお姉さんがスマホ画面をみながら犬の散歩をしていた。
僕は「あ、すみません。」と言ってどいた。
ってか、こんなに広いのになんでどかなくちゃいけないんだ?
周りには人は点在しているだけで、混んでもいない。しかも、おねえさんはスマホを見ながら犬を散歩しているじゃないか。
おいおい、そっちが歩きスマホしておいてどけってなんだよ!
後からじんわり怒りに変わってはきたものの、特に何も言わず彼女が通りすぎるのを黙って見ていた。お姉さんは何事もなかったかのようにスマホの画面を凝視したまま僕の前を通り過ぎた。繋がれている小さな犬だけが、こちらをちょっとだけ振り向いただけだった。
モヤモヤした気持ちのまま家に帰ってみると、頭の上をなにやら黒いものが素早く飛んできた。燕だった。燕は、僕の家の軒下の電灯のところに巣を作ろうとしているところで、既に作りかけの泥のような物質が付着している。
「冗談じゃないよ。」
こんなところに巣なんて作られたら電灯が暗くなるし、ヒナが生まれたらピーチクパーチク煩くなるだろう。
僕は燕が飛び去ったのを見計らい、玄関先の背の低い物置からほうきを出して、柄のほうで作りかけの巣を壊しておいた。
「よし、これで静寂確保♪」
すると、「なにをするんだ!」と、小さくてハリのある声が聞こえた。
「え?」偶然目撃したどこかの愛鳥家が叱りつけてきたのかと思い、「すみませんっ」と言いながら家の門の方を振り向いたが誰もいない。門の向こう側にある道路や周りの家を見渡してもやっぱり誰もいない。
「なんなんだ?」とりあえず家の中に入ろうと思った時、また、「せっかく作ったのに!」と聞こえた。
「へ?作ったのに??」もう一度振り返ると誰もいない。いや、いた。
玄関先の小さな物置の上に、小さいやつが。燕だ。
「せっかく作ったのに!」燕は口を動かしてはいないが、そう言っていた。言っていたというよりも、伝わってきたという方が正しいだろうか。
「え?」僕は茫然として、しばらくつっ立っていた。
燕「あっお前、通じてるんだな?」
「うん、なぜか・・・。」
燕「じゃあ、遠慮なく言っておく。せっかく作った巣を壊さないでよ!」
「わ、わかりました。これからはしません。」僕は驚きでそれどころじゃなく、ただただそう返事するしかなかった。きっと傍から見たら、ひとりごとをしているイカレタ奴に見えただろう。
燕が飛び立つと僕は家の中に入り、手洗いうがいをして、2階の自分の部屋に入った。
「今のはなんだったんだ?僕は、どうかしてしまったんだろうか?」
翌日、いつものように学校へ行くために駅まで歩いていると、下の方から声が聞こえてきた。
「痛いよぅ・・・困ったなぁ。痛いなぁ・・・」
声のする方を見てみると、小さな豆柴がお座りをして左前脚をかばっていうなだれていた。かばっている足からは血が出ている。
え?まさか、こいつの声?と思って試しに「大丈夫か?」と言ってみた。
豆柴は顔を上げて「困りました。助けてもらえますか?」と言ってきた。
「何があったんだ?」
豆柴「突然バイクがきて。」とこちらを真っ直ぐ見つめて言った。
ふと僕の頭の中に、ブロック塀の角から急に出てきたバイクのタイヤがもの凄い速さで近づいて来て、ぶつかると同時に痛さを感じるという映像が一瞬見えた。
「酷いなぁ。」痛そうだ。まだ事故の直後らしく鮮血が出ていた。僕は、見逃す事ができなかった。
すぐに家に帰って母親に豆柴を委ね、急いで駅に戻りひとつ後の電車に乗った。
電車の中で景色を見ながら思った。僕はどうやら、鳥と犬の声が聞こえるようになったんだなと。どうしてかは分からないが、そうなったんだ。
もしかしたら他の動物の声も聞こえるかもしれないと思いつき、学校帰りにペットショップへ行ってみた。だが、そこではまだ赤ちゃんの犬猫が「ワンキャン」鳴いているだけで、特に何も聞こえなかった。
どうせ家に帰ってもやることなんてない。駅から家までの道のりで、公園のベンチに座った。すると、子供数人が背の高い杉だかカラマツだかの木の下に集まり、上を見て騒いでいた。
近づいてみると、その木の高い位置にある枝に猫がいる。
猫は、明らかに子供たちが騒いでいるのが怖くて、降りたくても降りられないでいた。
しかし子供たちからしてみたら、そうではないらしく、「あの猫、おりれなくなったみたい、たすけてあげて~」と言うのだ。
だから僕は子供たちに言ってあげた。
「違うよ。あの猫は、君たちが騒ぐから怖くて降りて来られないんだよ。」
子供「え??そうなの?」
「そうだよ。ほら、見てごらん。怖がっているだろ。」
子供「違うよ。高くてこわいからこわがってるんだよ。」
「いや、そうじゃない。あの猫は、降りたいけれど人間がたくさんこうして騒いでいるから降りることができないんだ。だって、自分で登ったんだよ?自分で降りれない猫がいるか?もしも降りることができなかったら、厳しい自然の中で生きてなんてゆけないよ。」と僕は言ってあげた。
「ちょっとの間でいいから、みんなここをどいてあげて。そうすれば、安心した猫は自分で降りるよ。」と付け加えると、
子供たちは「ようし、みんなーここからいなくなって!」と仕切り役の男の子が言った。
しばらく離れた場所から観察していると、案の定、猫は自力で降りた。殆ど落ちるような速度だったが確実に木を伝って地面に着地し、その後元気な様子で素早く逃げて行った。足腰はしっかりしているし、怪我はしていないようだ。
ふと猫は立ち止まり、僕の方を振り返って「あんがとよ」と言った。かなり遠くにいるのにその声は伝わってきた。
僕は「どういたしまして。」と言った。
声が聞こえてくるのは、鳥と犬だけじゃないと分かった。
家に帰ると、左前脚に包帯が巻かれた豆柴がいた。
母親に座布団の上で撫でられていた豆柴は、こちらを見て”おじゃましてます”と目で言った。
僕が「ん、くるしゅうない」と言ったら、母親が「何言ってんの?(笑)」と言った。
「そういえば、LINE見てくれた?全然既読になってないけど?」と母親が言った。
「あ、そうそう、携帯が壊れたんだ。すごく困ってる、修理だしてほしい。」
「あら、そうだったの?じゃあ今度の土曜日に携帯ショップに行きましょうね。」
「え?いいの?」
「うん。1回目の修理はただだから。」
な~んだ。そうだったのか。もっと早く言えばよかった。
「あ、母さん、」
「ん?なあに?」
「その犬、どうするの?」
「どうしようか?飼いたいって言わないのね?子供の頃はあんなに犬をほしがったのに。」
「まさか母さん、飼いたくなったの?(笑)」
「だって、どうしようかと思って。このまま外へ放り出すわけにもいかないし。」
「もしかしたら、誰かに飼われてたのかもよ?今頃必死に飼い主が探してたりして。」
すると、豆柴が”ちがうよ。僕は逃げ出してきたんだ。”と言った。
「ポスターでも出そうかね?」と母親が言った。
「いや、それはやめよう。」僕は母の提案を止めた。
「え?なんで?」
「ん、、、だって、キケンだろ?電話番号とか、うちの住所とか書かないといけなくなるし。どんな奴がそれを見るかわからないから。」
「そっか。確かにそうね。」
「探し犬のポスターが出るかもしれないから、それまで待とう。」
「あ、そっか。そうね。」
その夜、リビングで寝ている豆柴の傍へ行き、訳を聞いてみた。
「おい、どうして逃げて来たんだ?」
豆柴「ずっとつながれたままだったんだ。他の犬は散歩して通り過ぎていった。ぼくはそれを見てるだけだった。」
「そうだったのか・・・。」
豆柴「ず~っとだよ。だから引きちぎって、やっと逃げて来たんだ。」
「じゃあ、うちの子になるか?」
豆柴「いいの?」
「うん、母さんが良いって言ったらな。」
豆柴「嬉しい♪」豆柴はまっすぐの視線で、しっぽを振って喜んだ。
「じゃあ、おやすみ」
-つづくー