論文と付き合い始めてから3年ほど。ほぼ毎日のように論文を読んでは知見を整理し新しいRQを生み出している日々を送っている。
で、こういう日々を送っていることは周囲の知人友人にはある程度認知されている。
ときどき、知人友人から「これってどうなの?」と言説の裏どりを頼まれることがある(或いは自分で勝手に調べている)。話題自体は興味深いので乗っかるが、大体は私の専門外のものなのでとても苦労する。専門外だと調べ方すらわからないので。
で、調べていくうちにいろいろ面白いことが知れたり、ときどき視野が広がるものもある。
なので今回は、ここ最近頼まれたり自分で勝手に調べたりした言説の裏どりについて記述していく。
ASDや在庫管理等のちゃんとした話題から、EM菌のような疑似科学ぶった切りまで。ほとんどは私の専門分野ではないため裏どりとしては結構浅くなっているため、参考程度に留めてほしい。
〇右脳型・左脳型
就職系やコンサル系の記事でよく見かける言葉。左脳型は論理的で、右脳型は直観的で、なんて言われているがあの辺りのお話は確たる証拠がない。
もうちょっと具体的に。確かにどの神経回路が活発になりやすいかは個人差があるし、サイコパス等の病的な性格もそれに根差しているなんて研究結果もある。が、この辺りのお話は非常に複雑であり、少なくとも腕を組んだり手を合わせたりして計れるようなものじゃない。右脳型・左脳型を計る診断に科学的な根拠はほとんどなく、また男性脳・女性脳と言われるような特徴も見当たらないらしい。
もっと知りたい人は参考文献の有路(2011)を参照。かなりズバッと切り捨ててます。
参考文献
Nielsen JA, Zielinski BA, Ferguson MA, Lainhart JE, Anderson JS (2013) An Evaluation of the Left-Brain vs. Right-Brain Hypothesis with Resting State Functional Connectivity Magnetic Resonance Imaging. PLOS ONE 8(8): e71275. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0071275
Lise Eliot, Adnan Ahmed, Hiba Khan, Julie Patel. Dump the “dimorphism”: Comprehensive synthesis of human brain studies reveals few male-female differences beyond size. Neuroscience & Biobehavioral Reviews, Volume 125, 2021, Pages 667-697, ISSN 0149-7634, https://doi.org/10.1016/j.neubiorev.2021.02.026.
有路, 憲一, 2011, 神経教育学(Neuroeducation):認知神経科学と教育の“ゆるやかな”関係: 信州大学人文社会科学研究会, 190–200 p
〇ASDのオキシトシン投与について
ASDの社会コミュニケーション障害に対しオキシトシンの経鼻投与が症状の短期的改善につながったとする報告(Watanabe T, et al. 2014)。
この論文を引用した動画の真偽を問われ調べてみたけど、ひとまずこの論文自体が虚偽である可能性は低そうだし、引用している動画も多少誇張はあるが間違いではないように思える。
ただ、オキシトシン投与によるASD改善については長期的効果は見込めないという報告とか、高機能自閉症には効いたという報告とか、動物を対象とした実験だと有意とか、まだ実験段階で知見が積みあがってないという印象。まぁ全体的に見て正常な科学の営みしてるっぽいので、過剰に疑わなくてもおkかと。
参考文献
Watanabe T, Abe O, Kuwabara H, et al. Mitigation of Sociocommunicational Deficits of Autism Through Oxytocin-Induced Recovery of Medial Prefrontal Activity: A Randomized Trial. JAMA Psychiatry. 2014;71(2):166–175. doi:10.1001/jamapsychiatry.2013.3181
Olga Peñagarikano et al. ,Exogenous and evoked oxytocin restores social behavior in the Cntnap2 mouse model of autism.Sci. Transl. Med.7,271ra8-271ra8(2015).DOI:10.1126/scitranslmed.3010257
Nakajima Miho, Görlich Andreas, Heintz Nathaniel. (2014) Oxytocin Modulates Female Sociosexual Behavior through a Specific Class of Prefrontal Cortical Interneurons. Cell, VL - 159, IS - 2, pp.295 - 305
Takamitsu Watanabe and others, Clinical and neural effects of six-week administration of oxytocin on core symptoms of autism, Brain, Volume 138, Issue 11, November 2015, Pages 3400–3412, https://doi.org/10.1093/brain/awv249
Sikich Linmarie, Kolevzon Alexander, et al. (2021) Intranasal Oxytocin in Children and Adolescents with Autism Spectrum Disorder. New England Journal of Medicine, VL - 385, IS - 16, pp. 1462 - 1473
〇EM菌
"微生物資材で科学的検証の必要なものは「まったく未知の微生物」か「遺伝子組み換えをした微生物」に限られており、法的な義務づけがあります。EMは、そのいずれにも該当せず、科学的検証はまったく必要なく、各試験研究機関もEM研究機構の同意なしには、勝手に試験をして、その効果を判定する権限もありません。"(EM情報室 2012,08,03)
「第三者による追試を禁じている」時点で科学じゃない。以上。
参考文献
EM菌:Gijika.com https://gijika.com/rate/le_effective_microorganisms.html
EM情報室:朝日新聞の見当違いのEM報道 https://www.ecopure.info/oldweb/rensai/teruohiga/yumeniikiru62.html
〇在庫管理
いわく「数百種類の部品を各々が好きなタイミングで持っていくから、在庫情報との調整の時にえらく手間がかかって仕方がない」とのこと。
これを言語化すると、認知心理学でいうところのヒューマンエラーの蓄積が混乱を生じている、ということになる。ヒューマンエラーが生じる理由はいろいろあるが、基本的に人間が判断を下す機会が多ければ多いほど絶対数が増えていく。在庫管理はこの絶対数がありえんぐらい多いと推測。
なので、在庫管理のために1つ手順を増やすとなるとその増えた手順に関するヒューマンエラーの発生も考えられる。また持っていくタイミングも人も数量もほぼ不定なため規格化も難しく、在庫管理の変革のための余裕も少ないとのこと。詰みかな?
なお在庫管理については古来からその分野では悩みの種らしく、雑誌等でも技術のごり押しで何とかする、というのが解答らしい。
参考文献
宮地 由芽子 職場安全管理の改善に向けたヒューマンファクタ分析手法 鉄道総研報告: 鉄道総合技術論文誌 09142290 鉄道総合技術研究所 2007-05 21 5 11-16 https://cir.nii.ac.jp/crid/1520290882185576192
佐谷 克明. ヒューマンエラー防止へのアプローチ , 安全工学, 1999, 38 巻, 6 号, p. 380-388, 公開日 2017/03/31, Online ISSN 2424-0656, Print ISSN 0570-4480, https://doi.org/10.18943/safety.38.6_380, https://www.jstage.jst.go.jp/article/safety/38/6/38_380/_article/-char/ja,
幸田 武久, 井上 紘一. ヒューマン・エラーの評価方法, 計測と制御, 1991, 30 巻, 7 号, p. 623-630, Online ISSN 1883-8170, Print ISSN 0453-4662, https://doi.org/10.11499/sicejl1962.30.623, https://www.jstage.jst.go.jp/article/sicejl1962/30/7/30_7_623/_article/-char/ja
野尻 良彦, 幸田 武久, 井上 紘一. 認知メカニズムとヒューマンエラー解析, 日本信頼性学会誌 信頼性, 2001, 23 巻, 2 号, p. 157-166, Online ISSN 2424-2543, Print ISSN 0919-2697, https://doi.org/10.11348/reajshinrai.23.2_157, https://www.jstage.jst.go.jp/article/reajshinrai/23/2/23_KJ00002020658/_article/-char/ja,
松田 礼子 and 辻 利之. 業務効率化を実現する資産管理ソリューション NEC技報 02854139 日本電気 2006-04 59 2 76-79 https://cir.nii.ac.jp/crid/1521699230826733696
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます