ウォーキングの「グループわらじ」活動紹介

主に宮城県内で、楽しく歩いて自然に親しむをテーマに、毎月一回徒歩定例会を実施中。2024年6月で600回を数えました。

グループわらじ 第603回徒歩定例会「束稲山と中世奥州の史跡を巡る」

2024-10-09 20:22:03 | グループわらじ徒歩定例会

久し振りに徒歩定例会として9月の例会を報告します。8月は昨今の暑さから夏休みをいただきましたので、7月の村田オルレ以来になります。今回は県外ハイキングとして、平泉の低山を歩きました。

グループわらじ 第603回徒歩定例会「束稲山と中世奥州の史跡を巡る」

2024年9月15日(日) 晴れ 参加者26名

今回の例会の計画は当初「姫神山登山」・・・まだ登ったことのない山、登ってみたい山の一つでした。5月26日4人で荒見(当グループでは、下見の前の担当者による車で出かけての確認をこう呼びます)に出かけました。計画当初は、ガイドブックの距離や所要時間などを見て楽に登れると高をくくった感じでした。標高差が600m以上あったので、急登だろうと思い、不安はありました。実際登ってみると予想以上に急登、予定の時間で登ることができませんでした。体力の限界?運動不足等々、ということで姫神山はあきらめ、ほかの場所を帰りの車の中であれこれ話をしながら来たが、姫神山に匹敵するコースは思い浮かばず。それから間もなくしてリーダーからのメールで束稲山など標高500m程度の山をお知り合いから紹介された山、その山をベースに中世奥州の史跡巡りなどを加えたコースに変更、前と同じメンバーで下見をする。このコースでも前半のみでコース後半の史跡などを巡るコースは無理と判断。やっと今回のコースに落ち着いたところです。こんなにコース選びに苦労したのは今回が初めて、そんな甲斐あって、歩きごたえのある登山と中世奥州の歴史を一寸ですが感じることができたのではと思います。

◇西行桜の森(木工芸館)・・・雨具準備のあと、ミーティング、準備体操、写真撮影後、小雨の中出発する。急な砂利道を進み駒形山の道標を右へここから先にある無量我丘、雨よけ岩、夫婦岩は雨が降っていたので、立ち寄りせずにオオムラサキ展望台に進みました。ここまでの名称は、木工芸館初代の館長さんが名付けたことを平泉町農林振興課の方に教えていただきました。木工芸館では、雨具の準備でホールをお借りしたり、手作りの杖をいただいたり大変お世話になり管理人さんに感謝です。ありがとうございました。

◇オオムラサキ展望台⇒ここからの展望も良く平泉が一望できた。この先も急登が続き少々きつかったが、整備された石段の階段は歩きやすく趣きのある登山道でした。

◇駒形山⇒ここからなだらかな道を進む、北側に展望がときより広がる歩きやすい道でした。

途中迂回する道が二か所あり、二つ目の迂回路を右に進むと間もなく経塚山の山頂の先に出る。ここから左へ一寸戻ると経塚山の山頂である。

◇経塚山⇒山頂は岩の上、その上に銘板が置いてあった。

山頂は2~3人立てるぐらい狭く立ち止まる程度だったけれど眺望は良かった。

ここから先にある経塚山展望台跡も広く展望も良かった。しばし胆沢扇状地の展望を楽しむ。ここを後に県道に向かう、途中正面にパラボラアンテナの鉄塔が目に飛び込んできた。その先に見えるのが束稲山と勘違いした音羽山だった。ここから間もなくすると県道、ここから右に進むとまもなく左手に国民宿舎跡の石碑があった。

県道をしばらく歩くと道が開け両側に駐車場が見えてくる。その左手に音羽山の新道の小さな道標それに沿って急な上り坂を進む、道は雨のため少し滑りやすかったので、帰りは要注意と思いつつ山頂を目指しゆっくりと登る。

◇音羽山⇒予定より少し早めの昼食、山頂は周囲にツツジが植栽、芝生も整備されるなど庭園のようであった。山頂で胆沢扇状地をバックに写真撮影、阿弖流為(アテルイ)と母礼(モレ)のご神木を眺めつつ音羽山を後にする。下りは足元に注意しながらゆっくりと進む、音羽山入口の駐車場で待機していたバスにザックを下ろしアテルイ木像に向かう。

 

◇アテルイ木像⇒アテルイ木像の入り口も手入れされていないので、少しの藪を過ぎると木立の中にアテルイの木像がひっそりと立っていた。木像は波板のトタンで囲われていた。木像は意外にも木肌がしっかりしており傷んでないように思いました。往時は蝦夷の族長としてこの地を守ったその迫力を感じる木像でした。

ここから手入れのされていない登山道を避け県道に出て左折、間もなく関係者立ち入り禁止(バイク進入禁止の為の設置の由)の看板に沿って作業道を進み束稲山の山頂へ、コンクリートの整備された道を進むと間もなく開けてくる。ここがアテルイ木像から登山道との合流地点。北方に鉄塔がそびえ立っている。

◇束稲山⇒山頂には小さな石碑?「束稲山593.7m」と刻まれた銘板が置いてあった。やはりここも手入れがされていない草むらの中にひっそりと立っている。周りはアンテナが林立しており異様な光景でした。来た道を戻り音羽山入口の駐車場へ無事ゴールする。今回のルートは前回2019年のコースとは違い束稲山から音羽山は逆コース、加えて西行の森から駒形山経由して音羽山へは初めてのコース、風情のある石段登山道と奥州の山並みを展望しながらの歩くコースは大変良かったです。またよく整備された登山道は大変歩きやすかったことも良かったです。整備されている方々に感謝です。

ここからは、バス移動で奥州衣川歴史ふれあい館へは山毛欅峠経由で向かう、ふれあい館では館長さんより安倍氏と藤原の家系話と中世奥州の歴史から現代までのお話を聞くことが出来ました。また思いがけない地元の講談会による歴史講談の鑑賞と中世奥州の歴史を楽しく学べたひと時でした。急遽着替えなどに和室を提供してくださり館長さんに感謝です。参加者皆さんのご協力により事故なく無事歩けたことに感謝です。ありがとうございました。(GO)

ご参考までに京都の清水寺のアテルイ・モレの碑を紹介します。



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