少女の屈託のない笑顔と人々の希望に満ちた「プリオテイ」という声が交錯する中で僕は起こされた。
窮屈な後部座席で横になったまま牧師の優しい笑顔を見上げると,そこがパリだということとイギリスには翌日戻ることになったということが当たり前の様に伝えられた。
どうやら僕はケルンのパブで寝入ってしまい,ラースやステファンに別れを告げることもなく,そのまま意識を失っていた様だ。ぼんやりとする頭を左右に振りながらスカスカのボストンバッグを右肩にかけ車を降りて謝ると牧師はニコニコしながら僕を案内した。
僕たちは飲食店が立ち並ぶ賑やかな通りに面した細長い安ホテルの急な階段を上り2階のフロントで鍵をもらってすぐ真横の小さな部屋に入った。
部屋にトイレは付いていたが風呂はなかった。しかも入り口のドアの立て付けが悪く鍵は意味をなしていなかった。
質素で古めかしかったけどふかふかのベッドが2つきちんと並べられ整理されている室内に僕は大層感激した。一瞬宿泊料のことが心配になって尋ねると,牧師は「昼間のビール代のお返しに私が支払うから」と答えた。それからカーテンをサッと開けて外を覗きながら「私の気まぐれで勝手に決めたことだし,ここはエクが使えるんだ」と付け加えてから僕の方に向き直って笑いながら言った。
「安心したまえ。これでも君にお釣りを払わなきゃならないくらいなんだよ」
「じゃ釣りは取っといてください」
「ありがとう。明日の11時にここを出られる様に。あとはお互い自由としよう」
そう言うとすぐ牧師はコートを着て颯爽と出かけて行った。ドアは案の定閉じられなかったけど僕は気にもせず廊下側のベッドにドボンと身を投げた。
嗚呼これほどの安心感はない。
ここでは銃声も砲声も爆音も地響きも断末魔の悲鳴も絶望のため息も聞こえない。通りから時々聞こえる酔っぱらいの笑い声も,壊れたドアの隙間やペラペラの壁の向こう側から聞こえてくる誰かの話し声すら今の僕には心地好い。
「パリか・・・」
ふと頭の中をジェイの死に顔と生前の声が過った。
もしかしたら牧師はジェイの死のことで何か用事があったのかもしれない。
僕らには自分の死後の処理についても知らされてはいないし,このミッションに参加する条件として,肉体は魂の宿る器に過ぎないことを認めさせられる。
出発前,僕たちW.W.は出陣する兵士たち同様に家族に宛てた遺書を用意しなければならない。W.W.として最初に書かなければならないwillは自分自身のものなんだ。
ジェイやラース達が参加している以上はフランスやドイツにも教会の支部があるのだろう。
きっと牧師はパリの支部にジェイの死を伝えて遺書の送付手続きを行うのだろうか。
そんな勝手な妄想を膨らませていたら急に悲しくなった。
「アジャ,僕はまたパリに来たよ」
独り言を呟くと何かが切れてしまったように僕は号泣した。枕に突っ伏して外に漏れないようにはしたけれど,自分でも押さえ様がなかった。
イギリスの語学学校で知り合った円山さんとアジャやイレイナを連れてパリを訪れたのは5月中旬のことだった。
僕はそのまま再び眠りへと誘われていった。
窮屈な後部座席で横になったまま牧師の優しい笑顔を見上げると,そこがパリだということとイギリスには翌日戻ることになったということが当たり前の様に伝えられた。
どうやら僕はケルンのパブで寝入ってしまい,ラースやステファンに別れを告げることもなく,そのまま意識を失っていた様だ。ぼんやりとする頭を左右に振りながらスカスカのボストンバッグを右肩にかけ車を降りて謝ると牧師はニコニコしながら僕を案内した。
僕たちは飲食店が立ち並ぶ賑やかな通りに面した細長い安ホテルの急な階段を上り2階のフロントで鍵をもらってすぐ真横の小さな部屋に入った。
部屋にトイレは付いていたが風呂はなかった。しかも入り口のドアの立て付けが悪く鍵は意味をなしていなかった。
質素で古めかしかったけどふかふかのベッドが2つきちんと並べられ整理されている室内に僕は大層感激した。一瞬宿泊料のことが心配になって尋ねると,牧師は「昼間のビール代のお返しに私が支払うから」と答えた。それからカーテンをサッと開けて外を覗きながら「私の気まぐれで勝手に決めたことだし,ここはエクが使えるんだ」と付け加えてから僕の方に向き直って笑いながら言った。
「安心したまえ。これでも君にお釣りを払わなきゃならないくらいなんだよ」
「じゃ釣りは取っといてください」
「ありがとう。明日の11時にここを出られる様に。あとはお互い自由としよう」
そう言うとすぐ牧師はコートを着て颯爽と出かけて行った。ドアは案の定閉じられなかったけど僕は気にもせず廊下側のベッドにドボンと身を投げた。
嗚呼これほどの安心感はない。
ここでは銃声も砲声も爆音も地響きも断末魔の悲鳴も絶望のため息も聞こえない。通りから時々聞こえる酔っぱらいの笑い声も,壊れたドアの隙間やペラペラの壁の向こう側から聞こえてくる誰かの話し声すら今の僕には心地好い。
「パリか・・・」
ふと頭の中をジェイの死に顔と生前の声が過った。
もしかしたら牧師はジェイの死のことで何か用事があったのかもしれない。
僕らには自分の死後の処理についても知らされてはいないし,このミッションに参加する条件として,肉体は魂の宿る器に過ぎないことを認めさせられる。
出発前,僕たちW.W.は出陣する兵士たち同様に家族に宛てた遺書を用意しなければならない。W.W.として最初に書かなければならないwillは自分自身のものなんだ。
ジェイやラース達が参加している以上はフランスやドイツにも教会の支部があるのだろう。
きっと牧師はパリの支部にジェイの死を伝えて遺書の送付手続きを行うのだろうか。
そんな勝手な妄想を膨らませていたら急に悲しくなった。
「アジャ,僕はまたパリに来たよ」
独り言を呟くと何かが切れてしまったように僕は号泣した。枕に突っ伏して外に漏れないようにはしたけれど,自分でも押さえ様がなかった。
イギリスの語学学校で知り合った円山さんとアジャやイレイナを連れてパリを訪れたのは5月中旬のことだった。
僕はそのまま再び眠りへと誘われていった。