4月。
バブル景気は少しずつ後退し始めてはいたが,面接を受ければ就職先は簡単に確保できたので苦労はなかったし友人達も当たり前の様に内定を取って学生時代の終演をばか騒ぎで祝っていた。
それでも僕は何となくそのまま生き方を決定してしまうのはつまらない気がして,突然決まっていた就職先を断って家族の反対も押し切り半ば無理矢理にイギリスへと渡った。
外国への渡航は勿論,親元を離れて暮らすのさえ初めての経験だったので実際に日本を離れるまではワクワクしていたものの,いざヒースローに降り立ってみるといきなり辛苦を舐める様なことばかりが待ち受けていて徐々に最初の勢いを失っていった。
自信があった英会話も入国審査官やタクシーの運転手から真っ向から否定される有り様で,何とかホームステイ先まで辿り着いて英語学校の入学試験を受けるまでには既にホームシックにかかっているのだった。
学校では上級コースで学ぶことになったのだが,いざ参加してみると授業中の英語での議論に置いてかれる毎日。すぐに中級への編入希望を申し出たのだが教師からは受け合ってもらえず,僕はとうとう絶望のどん底へと落とされる羽目になった。
外国への渡航は勿論,親元を離れて暮らすのさえ初めての経験だったので実際に日本を離れるまではワクワクしていたものの,いざヒースローに降り立ってみるといきなり辛苦を舐める様なことばかりが待ち受けていて徐々に最初の勢いを失っていった。
自信があった英会話も入国審査官やタクシーの運転手から真っ向から否定される有り様で,何とかホームステイ先まで辿り着いて英語学校の入学試験を受けるまでには既にホームシックにかかっているのだった。
学校では上級コースで学ぶことになったのだが,いざ参加してみると授業中の英語での議論に置いてかれる毎日。すぐに中級への編入希望を申し出たのだが教師からは受け合ってもらえず,僕はとうとう絶望のどん底へと落とされる羽目になった。
ホストファミリーとも上手に付き合うことができず,到着して1週間も経たずに安くて汚いフラットを借りて独りで住むことになってしまい,僕の冒険はいよいよ行き詰まっていった。
イギリスに到着後最初の週末を迎え,夢破れていよいよ帰国の意思を固めそうになっていた僕は校門前でイーゴといぅ長身の青年に声をかけられた。
基礎コースで学ぶイーゴは日本人を見つけてはしゃがむ動作を繰り返しながら「I sink so」と付きまとって発音やワンパターンの表現をからかう変なやつと噂が立っていた。僕も何となく警戒していたのだが,その日は若干機嫌が悪かったせいもあって苛立ち任せに辛辣に言い返してしまった。
「I "think" you'd better "sink" yourself deep under the ground!」
イーゴが一瞬むっとした途端,たまたま僕の真後ろにいたクラスメートの円山さんが仲裁に入った。
「イーゴはイレイナの従弟なんだよ」
円山さんが僕にそう話しかけると,イレイナがイーゴを諌めた。
「そういうの,もうやめなさいよ」
「イレイナ,この日本人を知ってんの?」
「同じクラスの・・・」
「"SO-YOUNG"だ,イーゴ」
イギリスに到着後最初の週末を迎え,夢破れていよいよ帰国の意思を固めそうになっていた僕は校門前でイーゴといぅ長身の青年に声をかけられた。
基礎コースで学ぶイーゴは日本人を見つけてはしゃがむ動作を繰り返しながら「I sink so」と付きまとって発音やワンパターンの表現をからかう変なやつと噂が立っていた。僕も何となく警戒していたのだが,その日は若干機嫌が悪かったせいもあって苛立ち任せに辛辣に言い返してしまった。
「I "think" you'd better "sink" yourself deep under the ground!」
イーゴが一瞬むっとした途端,たまたま僕の真後ろにいたクラスメートの円山さんが仲裁に入った。
「イーゴはイレイナの従弟なんだよ」
円山さんが僕にそう話しかけると,イレイナがイーゴを諌めた。
「そういうの,もうやめなさいよ」
「イレイナ,この日本人を知ってんの?」
「同じクラスの・・・」
「"SO-YOUNG"だ,イーゴ」
僕はいつもの様に自分のニックネームを名乗った。僕の本名なんて3音節もあるから正確に覚えてくれる西洋人はなかなかいないのでそうしていた。僕が握手を求めると,イーゴも恥ずかしそうに応じてくれた。イーゴは年下ではあったが見上げるほどの背丈だった。それでも照れた表情はどこか愛嬌があって,それまでのモヤモヤとした気持ちが一気に和んだ。
イーゴとイレイナは国の政情不安が原因で英語を学びがてらイギリスに疎開しているのだと円山さんが説明してくれた。
意気投合した僕たちはその日の夕方海辺にあるブランズウィックというパブでゆっくり飲もうという流れになった。
イーゴとイレイナは国の政情不安が原因で英語を学びがてらイギリスに疎開しているのだと円山さんが説明してくれた。
意気投合した僕たちはその日の夕方海辺にあるブランズウィックというパブでゆっくり飲もうという流れになった。
円山さんが愛車のフィアット・ティーポで僕のフラットまで迎えに来てくれることになっていて,僕たちは約束の時間より少し早めに着いたのでお互いの身の上を紹介して時間を潰していた。円山さんが地元で働きながら英語を学んでいること,イレイナと付き合い始めてまだ1か月程だということ,イレイナやイーゴの国のこと・・・それまで自分のことで精一杯だった僕の視野が少しだけ広がって,自分の我儘さ加減が少々身に染みた。
ブランズウィックは地元の住民は勿論,留学生も多数集える落ち着いたパブで,11時の閉店時間まで老若男女が和気藹々と過ごす憩いの場所だった。大抵の人たちは1パイントのグラスを片手にサッカーの試合をテレビで観戦しながら歓談している。スヌーカーやダーツ,スロットを興じる人たちも盛り上がっていた。
「ソーヤン,ハロー」
イーゴが元気よく入店してきた。その時兄のイーゴに連れてこられた18才の控えめな少女がアジャだった。
パーマのかかった金色の髪が耳元から少しだけポッチャリとした両頬にカールして,身長は僕と同じくらいだったけど,まだあどけなさが残るアジャに僕は一瞬で心を奪われた。