スリル&ロマン&サスペンス

楽しくなければ人生じゃない!

ロボ刑事の事件簿<序章~NO.1>フィクション

2014-02-27 11:53:47 | フィクション
(おとり捜査・第一章)

 それは、一本の電話から始まった。

南中央警察署防犯課風紀捜査係の売春捜査を担当するシマの卓上の警察電話が鳴った。

外線から繋がれた音だ。

警察電話は、内線からと外線からでは呼び出し音が違う。

報告書を書いていた手を止め立ち上がり直属の上司の卓上電話を取った。

―――受付です。風紀捜査の米田主任に公衆電話から加入電話が入っています。

お繋ぎします。どうぞ。

面倒クサそうに左耳に受話器を肩とで挟んだまま机に半分尻を掛けメモを引き寄せた。

ジーパンは膝の辺りが破れている。

これも今どきのファッションなのか、単にだらしないのか今ひとつ判らない。

特に風紀捜査のメンバーは、おとりや内偵捜査をするため服装は皆個性的で警察官には見えない風体が揃っている。

そもそも、風紀捜査とは、風紀風俗の捜査を担当する部署で、いわゆるミナミの歓楽街の風紀環境を守る捜査官、つまり・・・。

  「飲む・打つ・買う」

ピンサロの客引きやら風俗営業の取り締まりに賭博事件、更には売春を取り締まる特殊な事件を担当する個性豊かな刑事たちである。

南中央署の風紀捜査では、同僚同士でも名前で呼び合わず、あだ名や通称名で互いを呼び合うのが慣例となっている。

部屋のロッカーにも名札を貼らない。

取調べ以外で取締りの対象者に名前を覚えられて得することはないからだ。

風紀捜査係の部屋を見渡し、目で米田主任の姿を探しながら周りの捜査員に米田主任宛の電話であることをボールペンの先をその空席の机を指してメモを取る準備をした。

風紀捜査に外線から捜査員の名指しで電話が入るのは、過去に取調べした関係者からの「投げ」つまりチンコロの電話の場合が多い。

どうせソープを辞めさせられた女か博打で負けた客か、それとも同業者のチンコロ以外に受付の交換台を通して公衆電話で架けてこないからだ。

  「はい。風紀捜査ですが・・・。」

茶髪で若手の、通称ロボ、堅物でロボットのような屈強な体形から、そのあだ名がついた。

南中央署風紀捜査三年目のロボこと高木誠刑事が昨夜の当直勤務の疲れた身体を引きずって電話にでた。

―――もしもしヨネダさんですか?ハイと返事だけで結構です。

   三百万で良かったですね?-------

電話は男からだ。声が震えているし、こもった声に聞こえるのは、口元を手か布で覆い隠しているためだろう。

電話の男が怯えていることは受話器を通して伝わってくる。

現に在籍する捜査員を名指しで電話を架けてくるからには、面識のある男かもしれないが、その名前の捜査員が実際に在籍するかの確認の場合もある。

受話器を握り換えて電話をスピーカーに切り替えた。

  「ちょっと席をはずしていますが、どういうことですか?」

―――あっ・・・いや・・・ヨネダさんお忙しいようですね。

電話は切れた。

横で聞いていた生瀬係長も首を傾げている。

しかし妙なことを言う。・・・返事だけしてくれ三百万で良かったですね・・・とはどういう意味なのか。

それも本名の名指しだったことが、妙に引っかかっていた。


(第二章)

  「係長、ガラ入れ一緒にたのんます。」

奥の取調室から地下鉄谷町線のソファーに座ればそのまま溶け込みそうな紫のダブルのスーツを着た米田主任。

昨夜の当直でロボが逮捕したオ・ン・ナを取調室から連れ出そうと半身を出して合図した。

取調べが終わったようだ。留置場までは、戒護員として二名必要だ。

係長の生瀬警部補が、それを受け

  「身ガラは、モンローやったな。面が割れてない者は席はずせ。」

その場に居た風紀捜査の刑事たちは大部屋から消えた。

生瀬係長は、それを見届け老眼鏡をはずし重い腰を上げて大部屋の奥の取調室に向かい扉を開けた。

  「米さん。ご苦労さん」

取調べを終えた米田巡査部長の肩をたたきながら生瀬係長が入室した。

取調室の机の向こう側には陶器のように透き通った青白いオ・ン・ナが、うな垂れた顔をあげ微笑んだ。

笑顔が消え膨れた顔が横を向いた。

  「なぁんや、係長かぁワタシをパクッた刑事さんやないとイヤ」

オ・ン・ナは、身をクネらせて拗ねているつもりだ。

昨夜現行犯逮捕して留置の際に化粧は落とされている。

服装はそのままで真っ赤なミニのスーツに長い足、真っ赤なマニキュア。

不気味なのは、髭が伸びかけているのとカツラを外され坊主頭でダミ声の猫なで声だからである。

オ・ン・ナは、昨夜ミナミの千日前の路上で女装して客引していた男娼の通称モンローと呼ばれているつまりオカマちゃんである。

深夜になると路上で客を引く娼婦に混じってオカマも出没する。

その取締りも風紀捜査の重要な仕事なのだ。

昨夜の当直勤務で「おとり」として取締りに出ていた風紀捜査の高木刑事を遊びに来ている酔客と思い客引したため、現行犯逮捕された。

女が売春目的で男に声を掛けた場合、売春防止法違反の第五条第一号(勧誘等)の違反になるが、これは男女の間に成立する。

モンローは、女装しているが戸籍上は男なので売春は成立しない。

それでも取り締まる法律はある。

それは、公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為の防止に関する条例違反。

通称迷防条例の(売春類似行為の目的で客引)として逮捕したのだ。

常習なので六ヶ月以下の懲役又は二十万円以下の罰金に処されることになる。

モンローは、体の線も細く華奢なことから一見すると水商売風の女と見間違えるほどある意味では美しい女のように見える。

気に入った男にしか声を掛けないのがポリシーらしいが難儀なのはそれが刑事であっても惚れてしまうのが困った性格なのだ。

米田は、あきれ顔で諭した。

  「モンローお前たしかロボにパクられんの三回目やろ。
   同じ刑事に三回もパクられるとはなぁ。」

モンローは、懲りた様子もなく一瞬目を輝かせ机の上に人差し指を立てて{の}の字を書き照れながら言った。

  「この前は茶髪やなかったし、刑事に見えへんかったんよ。ワタシのタイプやねん」

これまで同じ迷防条例の売春類似行為目的の客引で三回の逮捕歴を持っているが、その内二回を高木刑事が逮捕している。

オカマには金銀銅の三種類あるとモンローは説明していた。

銅のオカマは、女も男も両刀使いで妻子持ちさえいる。オカマを職業と割り切っている者だ。

銀のオカマは、過去に女性経験はあるもののやはり男性の方に興味を持つ後天的に女性に目覚めるタイプ。

モンローのように金のオカマは、先天的に自分を女性として自覚していることから、男性にしか恋愛対象にできない性同一性障害というものかも知れない。

モンローは、金のオカマだと生瀬係長は理解していた。

生瀬係長はその場にしゃがみ込みモンローの座っている目線に合わせ優しく話し始めた。

   「モンローよ今回も四八で、多分罰金やろ。
   その辺の女よりずっと女らしいで。
   お前さんは美人や綺麗な顔が台無しになってるぞ。」

生瀬は自分の顎をさすりながら笑ってみせた。

モンローは、生瀬係長の仕草をみて我に返ったのか、両手で伸びかけている顎髭と顔を隠しながら笑って笑い過ぎて涙を流しているのだと強がった。

米田は、もういい加減にしろと露骨に机の中からロール状のトイレットペーパーを机の上に投げ出した。

署名を取ってから指印のインクを拭くために用意していたトイレットペーパーでモンローは鼻と涙を一緒に拭った。

米田は、今聴取した供述調書を読み聞かせ調書の末尾に署名をさせるところだった。

モンローは、目の前に差し出されたボールペンを使いゆっくり供述調書の末尾に名前を書いた。

    ― 木村大二郎 ―

米田は、ホッとため息をつきながら木村大二郎と署名した名前の下に左手人差し指で指印を押させた。

その仕草はどこまでも女性そのものだ。

男らしい本名を書きたくないと心底嫌って米田主任を困らせていたのも乙女心なのかもしれない。生瀬はそう感じた。


(第三章)

生瀬係長は、机の脚に縛り付けた腰縄をはずしモンローの両手に手錠を掛けた。

生瀬係長は、自分の指を一本手首に添えた状態で下から手錠を掛けたのだ。

   「痛くないか。」

   「うん。・・・優しいね係長さん」

モンローは目を真っ赤に腫らしながら笑って席を立った。

生瀬係長も照れながら目線を少しはずして話題を変えた。

   「お前の同棲相手は、あの金田やったんか」

供述調書の読み聞かせに立ち会っていたので先月手入れしたソープランドのマネージャーだった金田浩二の名前を思い出していた。

米田も何か思い出したかのようにボールペンで頭を叩いている。

   「そうか、あいつか大二郎のこれは」

米田は小指を立てて見せた。

   「本名で呼ぶな、特に下の名前で」

モンローが野太い声で、本気で怒っている。

その勢いに気圧され米田はポカンと口を開けたまま目を見開いている。

生瀬もその迫力に一歩下がったが思わず吹き出しそうになる笑いを堪えた。

米田があいつかと口に出したのは、ソープ摘発の際にマネージャーの金田浩二を担当して取調べていたからであった。

   「調書に米田って名前を書いてたからこの刑事さんに浩二ちゃんも
    調べられたんやなって気付いてたよ」

屈託のないモンローは、調書に記載された名前を見て金田浩二から聞かされていた刑事と同じ担当刑事と知ったのである。

米田がモンローに嫌われている理由のひとつが恋人を捕まえられて取調べた刑事に対する逆恨みのような感情があったからではないか。

生瀬は複雑な思いがした。

しかし、生瀬は、それよりも嫌な予感を単なる刑事の勘以上のものを感じていた。





《つづく》

※ 趣味のブログとして掲載していますので
  無断転用、掲載を禁止させて頂きます。
  尚、創作に基づくもので実在する事実とは関係ありません。
  

最新の画像もっと見る