仕事の先輩に連れられて、長野新幹線で蕎麦を食べに行ったことがある。何という店か忘れたが、上田駅から町中へ5~6分も歩いただろうか。平日というのにちょうど昼どきだったからか、店内は満杯であった。
いくらか待ったが、その味のとてもおいしかったこと。蕎麦だけがメニューの、真の意味での蕎麦屋さんだなあと食べてからつくづく思った。
上田はその年はNHKドラマ「真田丸」の舞台のひとつだった。だからその年はここを尋ねた人は例年になく多かったという。
この上田ですぐ浮かんでくる人物がいる。若くしてこの世を去った清水澄子さん。15年間のその生涯はあまりにも短すぎる。
彼女がもしあと10年、25歳まで生きていたとしたら、数々の名詩を残してくれたことだろう。残された遺書からは、まだあどけなさの残る文字でありながらも、しっかりとした文脈がうかがえる。残された写真からは、キリッとした顔立ちで、その美人さと文学少女を思わせる。
もう少し生きていてくれたなら、同じ時代に生きた金子みすゞと並んで、東のいすゞと呼ばれていたかもしれない。そんなことを思ってみた。
もうあの上田の蕎麦屋さんに行くことは二度とあるまい。昨秋には、その澄子の眠る大輪寺には行ったものの、蕎麦屋さんはご飯ものも扱う別のお店にした。
蕎麦アレルギーと付き合って丸9年。損な体質になってしまった。
そう思いながらも、澄子の生まれ育った上田にはまた行きたいと思う。
「心に残る旅(38)上田」