今日は一気に気温が下がって、晩秋のような一日となりました。
あまりの気温の変化に付いていけない自分が居るようだ。
さて、文化放送では・・
さだまさしがグレープとして「雪の朝」をリリースしてから50周年を迎える2023年10月25日に合わせ、これまでの50年間の名曲を辿りつつ、さだまさしファンのみならず音楽ファン、ラジオファンを盛り上げる特別番組を2週連続で放送します。
放送日:10/18(水)・10/25(水)、午後7時~9時
これも好きな曲の一つと云うか、
この歌を聴くと親父を思い出します。
そう言えば、カラオケでも歌っていた。
それは、1983年1月発売された、さだまさしの楽曲「退職の日」。(作詩(詩)作曲:さだまさし)
当初、この曲の構想は廃車後公園の遊具となっている蒸気機関車を描いた短い楽曲であったが、定年退職した父とそれを迎える母の姿を息子の視点から描いた部分が追加された。
公園のD-51は退職したあと
ほんのわずかばかりのレールをもらって
もう動かなくなった
父は特別他人と違った生き方を
して来たわけではない
ただ黙々とむしろ平凡に歩いて来たのだ
戦争のさなかに青春を擦り減らし
不幸にも生き残った彼は
だから生きることも それに遊ぶことも
あまり上手ではなかった
そういう彼を僕も一度は疑い
否定する事で大人になった気がした
けれど
男の重さを世間に教えられて
自分の軽さを他人に教えられて
振り向いて改めて彼をみつめたら
やはり何も答えぬ無器用な背中
退職の朝彼はいつもと変わらずに
母のこさえた弁当を持って
焦れったい位あたり前に
退職の日/さだまさし
おはようございます。
「公園のD-51は退職したあと ほんのわずかばかりのレールをもらって もう動かなくなった・・・」
もう動かなくなったD51が本当の退職の姿かも知れません。
60歳で定年退職。花束やいろいろな方に見送られても、翌日からまたセカンドステージで65歳。ここでも花束をいただいて、その翌日からサードステージ。72歳になってコロナ禍ゆえ荷物をまとめて社を出て、品川駅にむかう。
還暦の祝いもまだ元気でした。古希になって少し実感した老いの世界。
何かの証明書に、職業は?「無職」と記入する。
やっと、自分が定年退職しているんだと気が付く時でした。
老いぼれでも、残されたわずかなレールではありません。私にはどこまで続くかは分からい道はあります。と感じましたね。
先の分からないレールを穏やかに走って行きたいですね、そしてやがてやって来るのは終着駅....
さださんの退職の日は、初めて聴く曲です蒸気機関車を退職と結びつけたのも歌詞も良いですね。とても心に響きました。(^^;
エピソード
蒸気機関車は、乗った事が無いのですが亡き母の実家の近くに機関車を飾っている公園があって以前、良く気晴らしに行っていました。それがD-51だったのかは、覚えて無いですけどね。園内を走る親子で楽しめるミニSLに癒された事を想い出しました。SLも味があって良いですね。
さださんの50周年記念特別番組は録音して残したいコンテンツですね。メディアUSBに録音してカセットテープで編集したいと考えていましたが著作権上、紹介された曲にはDJは被るので曲のピックアップはしない予定でいます。いわゆる番組として。笑い。(^。^)y-~
響きますよね。
公園にある蒸気機関車はD-51が多いですね。
以前、公演の機関車めぐりをしたことがあります。
当日はお互い楽しみましょう!!