今回は、私が住んでいる栃木県足利市にゆかりの芸術家を取り上げたいと思います。
足利学校書物を守り抜いた日本画家・田崎草雲
田崎草雲は、江戸で足利藩の下級武士の息子として生まれたので、足利出身という訳ではありませんが…。
江戸末期の足利学校は荒れ果てていて、所蔵の書物がよその図書館へ散逸すると気付き、校内にある蔵書を勤皇画家である田崎草雲が中心となって国への譲渡を阻止したそうです。
(2004年11月下旬、足利学校にて撮影)
田崎草雲が日本画を描きはじめるのは晩年になってからで、そのときに足利市緑町にアトリエである白石山房を建てました。
(江戸時代の学者に新井白石【あらい・はくせき】もいましたが、そんなの関係ねぇ…!!)
![草雲美術館周辺の地図](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/53/7e/ceefefc42154d79bcd4cdc405f983ac3.png)
足利市緑町については、「よりどりみどりな地名の座談会」でも触れましたが、手元の地図をどう見ても草雲美術館のすぐ隣にある草雲羊羹本舗が見当たらない…。
![自作漫画『近所明和く?』から抜粋](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2d/7f/97d25860e8e869cf2c0369015fe8da92.png)
(↑セリフに「足利市板倉町」と出てきますが、「考えすぎる板倉」を参照のこと)
果たして、草雲美術館で田崎草雲の作品を見に行く機会はあるのだろうか?
この記事を書き始めたときは、何度入力しても「草雲」でなく「早雲」と変換されるんですけど…![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/face_gaan.gif)
油絵を極める洋画家・川島理一郎
川島理一郎の作品は、足利市立美術館で2002年4月に開催された作品展を見たのですが、高校時代に担任の先生が川島理一郎が足利出身だと知っていたのか、(その頃気付かなかったのか)招待券をもらうのを断ってしまいました。
![広東大観](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/05/3e/2b7d4a8ea8f41ee6c518b53845872346.jpg)
↑上の『広東大観』という絵が代表作の川島理一郎は、1886年に足利に生まれ、5歳の頃からアメリカで暮らした経験から、19歳で単身渡米して絵画を学びました。
2003年に宇都宮の県立美術美術館で行われた「鉄道と絵画」のテーマ展では、どこの操車場か駅の絵か忘れましたが、川島理一郎の作品がありました。
他には、「伎場の図」や「コルシカ島サゴーン風景」といった洋画や、「物語」や「雨と風の詩」などの抽象画もあります。
心眼の画家・長谷川沼田居
多くの人が夏の花の代表格・向日葵【ひまわり】といえば、ゴッホを連想すると思いますが、私は長谷川沼田居【はせがわ・しょうでんきょ】が描いた向日葵の絵も趣があっていいなと思います。
![沼田居のヒマワリ](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/11/c4/c1b858c6576b2955512deb48b468081e.jpg)
若い頃の作品は、精密な植物画やリアルな自画像などがあり、失明してからは彼の妻がサポートしながら杜若【かきつばた】を多く描いたと言う作風の幅が広い画家です。
足利市羽刈【はかり】町に長谷川沼田居美術館があるけど、小学校が近い住宅地にあるので、迷いやすいかもしれませんね。
足利市立美術館で沼田居の作品を見たのは、2002年7月に開催された作品展でした。
栃木県野木町が向日葵で有名と知っていたけど、久喜市への編入が確実となってしまった埼玉県菖蒲【しょうぶ】町も向日葵の名所だったとは?!
私が考えた街の名前の大切さがテーマの漫画『地名の神様』の「久喜の勝負師」の作中では、菖蒲町の住民キャラが「菖蒲町のヒマワリ畑と花しょうぶを久喜市に渡すもんか !!」と叫んだりして…![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/face_ase2.gif)
書の詩人・相田みつを
私が書道家である相田みつをを初めて知ったのは、小学校1年生ぐらいだったと思います。
母の実家の冷蔵庫に「にんげんだもの」(言葉違ってたかも?)と毛筆に描かれたやさしい顔が書かれたポスターをその頃に見ました。
相田みつをは、生まれてから亡くなるまで、ほとんど足利を離れることなく、創作活動に専念した人です。
独特の作風の書以外にも、ろうけつ染めの作品もいくつか残しています。
2002年に作品展が行われた足利市立美術館(上層部はマンションになってる建物)は、相田みつをの作品が必要最小限しかありませんが、東京都千代田区丸の内にある東京国際フォーラム内の相田みつを美術館には多数の作品があります。
数ある相田みつをの著書のうち、自宅には「いちずに一本道 いちずに一ツ事」と「ひとりしずか」(いずれも文庫版)があります。
みつをの書の日めくりやポストカードを家のどこかに飾っているという方も多いでしょうね。
![自宅の相田みつをグッズ](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/14/66/5a4fdc715a96adf7aefb01f1081268d2.jpg)
足利を中心とした両毛地方にお住まいの方なら、足利に本社を置く和菓子店の虎谷【とらや】の紙袋やミートサブレのパッケージ(肉は入っていません、念のため…)という形で相田みつをに夜デザインを見たことがあるかもしれません。
葛飾北斎の版画に『くものかけはし』という作品があるけど、足利にある行道山浄因寺の絶景がモデルなんだとか。
足利には、意外にも名バイオリニストとして名高い古澤巌【ふるさわ・いわお】が住んでいます。
2,3年前までは、日本一古い大学といわれる足利学校でコンサートを開催したそうです。
芸術というより芸能の域に入ると思いますが、足利出身の落語家が2人いるらしく、あし歌改め三遊亭歌橘【かきつ】ともう一人、家のどこかにその落語家の名刺があるんだけど…誰だっけ?
三遊亭あし歌は私が通った高校の卒業生で、その高校は所在地の町の編入のついでに校名を変更したのが残念…。
不良が荒れまくる?漫画『足利アナーキー』?何それ?次回予告コピーの「足利市に血の雨が降る」って、作者の方は元祖合併に頼りたくない町・福島県矢祭【やまつり】町の発言を知らないのかい…。
テレビドラマ化された漫画『銭ゲバ』の作者・ジョージ秋山も足利出身でしたっけ…。
足利は芸術の街というよりも、「演劇大学」を開講しているので、いっその事「北関東のシモキタ」を目指すほうが面白かったりして !!
(東京都世田谷区下北沢は、古着屋と劇場が点在する演劇の町だから)
近いうち、国内外にある足利市の姉妹都市を説明したいと思います。
2010年4月7日)この記事をアップしてから半年くらい、足利市出身の画家に大山魯牛と牧島閑雲もいるとは気付きませんでした…。
知名度としては、息子の如鳩【にょきゅう】の方が上のようだけど…。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/45/bf/61a53e8ca174ef1c5ebd074a7e1f989a.png)
来月1日は、両毛地方にお住まいの人ならご存知、足利の花火大会です。
地味な花火の絵でゴメン…
(↑上の絵の3人は、「がんばっている街[村]のストーリー」で紹介した『みどりの黒髪』に登場する予定の福島県矢祭【やまつり】町民キャラ・小宮山律【こみやま・りつ】と妻の碧【みどり】や娘の茉莉花【まりか】です。)
唯一足利の花火を見に行かなかった年は、2005年8月上旬に訳あって前橋にいたときだけ…。
その1週間前には、東京で隅田川花火大会ねぇ…う~む。
おととしの花火大会で父が、「もう少しすると、花火大会を中止するんじゃねぇの?」と言われてテンションが下がった事があります。![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/face_gaan.gif)
今年の花火大会は高校時代からの友達と花火に行こうと誘われましたが、去年と同じく土壇場キャンセル?がなければね…
8月1日追記)高校時代からの友達からの連絡がなかったので、今年も両親と行く羽目に…![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/face_gaan.gif)
絵の方、開催時間は7時からなのに、間違ったままでした…。
2024年5月追記)例の「感 染 騒 ぎ」を挟んだことが直接的な原因とも限りませんが、「相田みつを美術館」が閉館してしまうと聞くので、「移転して再開館したら面白い街一覧」(もちろん人口密度で売り上げを見込める街もあげます)も考えてみます。
足利学校書物を守り抜いた日本画家・田崎草雲
田崎草雲は、江戸で足利藩の下級武士の息子として生まれたので、足利出身という訳ではありませんが…。
江戸末期の足利学校は荒れ果てていて、所蔵の書物がよその図書館へ散逸すると気付き、校内にある蔵書を勤皇画家である田崎草雲が中心となって国への譲渡を阻止したそうです。
![足利学校](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0c/4c/ca5501b6c206ed1f758597ee5c11d8f7.jpg)
田崎草雲が日本画を描きはじめるのは晩年になってからで、そのときに足利市緑町にアトリエである白石山房を建てました。
(江戸時代の学者に新井白石【あらい・はくせき】もいましたが、そんなの関係ねぇ…!!)
![草雲美術館周辺の地図](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/53/7e/ceefefc42154d79bcd4cdc405f983ac3.png)
足利市緑町については、「よりどりみどりな地名の座談会」でも触れましたが、手元の地図をどう見ても草雲美術館のすぐ隣にある草雲羊羹本舗が見当たらない…。
![自作漫画『近所明和く?』から抜粋](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2d/7f/97d25860e8e869cf2c0369015fe8da92.png)
(↑セリフに「足利市板倉町」と出てきますが、「考えすぎる板倉」を参照のこと)
果たして、草雲美術館で田崎草雲の作品を見に行く機会はあるのだろうか?
この記事を書き始めたときは、何度入力しても「草雲」でなく「早雲」と変換されるんですけど…
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/face_gaan.gif)
油絵を極める洋画家・川島理一郎
川島理一郎の作品は、足利市立美術館で2002年4月に開催された作品展を見たのですが、高校時代に担任の先生が川島理一郎が足利出身だと知っていたのか、(その頃気付かなかったのか)招待券をもらうのを断ってしまいました。
![広東大観](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/05/3e/2b7d4a8ea8f41ee6c518b53845872346.jpg)
↑上の『広東大観』という絵が代表作の川島理一郎は、1886年に足利に生まれ、5歳の頃からアメリカで暮らした経験から、19歳で単身渡米して絵画を学びました。
2003年に宇都宮の県立美術美術館で行われた「鉄道と絵画」のテーマ展では、どこの操車場か駅の絵か忘れましたが、川島理一郎の作品がありました。
他には、「伎場の図」や「コルシカ島サゴーン風景」といった洋画や、「物語」や「雨と風の詩」などの抽象画もあります。
心眼の画家・長谷川沼田居
多くの人が夏の花の代表格・向日葵【ひまわり】といえば、ゴッホを連想すると思いますが、私は長谷川沼田居【はせがわ・しょうでんきょ】が描いた向日葵の絵も趣があっていいなと思います。
![沼田居のヒマワリ](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/11/c4/c1b858c6576b2955512deb48b468081e.jpg)
若い頃の作品は、精密な植物画やリアルな自画像などがあり、失明してからは彼の妻がサポートしながら杜若【かきつばた】を多く描いたと言う作風の幅が広い画家です。
足利市羽刈【はかり】町に長谷川沼田居美術館があるけど、小学校が近い住宅地にあるので、迷いやすいかもしれませんね。
足利市立美術館で沼田居の作品を見たのは、2002年7月に開催された作品展でした。
栃木県野木町が向日葵で有名と知っていたけど、久喜市への編入が確実となってしまった埼玉県菖蒲【しょうぶ】町も向日葵の名所だったとは?!
私が考えた街の名前の大切さがテーマの漫画『地名の神様』の「久喜の勝負師」の作中では、菖蒲町の住民キャラが「菖蒲町のヒマワリ畑と花しょうぶを久喜市に渡すもんか !!」と叫んだりして…
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/face_ase2.gif)
書の詩人・相田みつを
私が書道家である相田みつをを初めて知ったのは、小学校1年生ぐらいだったと思います。
母の実家の冷蔵庫に「にんげんだもの」(言葉違ってたかも?)と毛筆に描かれたやさしい顔が書かれたポスターをその頃に見ました。
相田みつをは、生まれてから亡くなるまで、ほとんど足利を離れることなく、創作活動に専念した人です。
独特の作風の書以外にも、ろうけつ染めの作品もいくつか残しています。
2002年に作品展が行われた足利市立美術館(上層部はマンションになってる建物)は、相田みつをの作品が必要最小限しかありませんが、東京都千代田区丸の内にある東京国際フォーラム内の相田みつを美術館には多数の作品があります。
数ある相田みつをの著書のうち、自宅には「いちずに一本道 いちずに一ツ事」と「ひとりしずか」(いずれも文庫版)があります。
みつをの書の日めくりやポストカードを家のどこかに飾っているという方も多いでしょうね。
![自宅の相田みつをグッズ](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/14/66/5a4fdc715a96adf7aefb01f1081268d2.jpg)
足利を中心とした両毛地方にお住まいの方なら、足利に本社を置く和菓子店の虎谷【とらや】の紙袋やミートサブレのパッケージ(肉は入っていません、念のため…)という形で相田みつをに夜デザインを見たことがあるかもしれません。
葛飾北斎の版画に『くものかけはし』という作品があるけど、足利にある行道山浄因寺の絶景がモデルなんだとか。
足利には、意外にも名バイオリニストとして名高い古澤巌【ふるさわ・いわお】が住んでいます。
2,3年前までは、日本一古い大学といわれる足利学校でコンサートを開催したそうです。
芸術というより芸能の域に入ると思いますが、足利出身の落語家が2人いるらしく、あし歌改め三遊亭歌橘【かきつ】ともう一人、家のどこかにその落語家の名刺があるんだけど…誰だっけ?
三遊亭あし歌は私が通った高校の卒業生で、その高校は所在地の町の編入のついでに校名を変更したのが残念…。
不良が荒れまくる?漫画『足利アナーキー』?何それ?次回予告コピーの「足利市に血の雨が降る」って、作者の方は元祖合併に頼りたくない町・福島県矢祭【やまつり】町の発言を知らないのかい…。
テレビドラマ化された漫画『銭ゲバ』の作者・ジョージ秋山も足利出身でしたっけ…。
足利は芸術の街というよりも、「演劇大学」を開講しているので、いっその事「北関東のシモキタ」を目指すほうが面白かったりして !!
(東京都世田谷区下北沢は、古着屋と劇場が点在する演劇の町だから)
近いうち、国内外にある足利市の姉妹都市を説明したいと思います。
2010年4月7日)この記事をアップしてから半年くらい、足利市出身の画家に大山魯牛と牧島閑雲もいるとは気付きませんでした…。
知名度としては、息子の如鳩【にょきゅう】の方が上のようだけど…。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/45/bf/61a53e8ca174ef1c5ebd074a7e1f989a.png)
来月1日は、両毛地方にお住まいの人ならご存知、足利の花火大会です。
![足利の花火のポスター2009年](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/59/9f/3057abc45a62efecfa34ed84690846d0.jpg)
(↑上の絵の3人は、「がんばっている街[村]のストーリー」で紹介した『みどりの黒髪』に登場する予定の福島県矢祭【やまつり】町民キャラ・小宮山律【こみやま・りつ】と妻の碧【みどり】や娘の茉莉花【まりか】です。)
唯一足利の花火を見に行かなかった年は、2005年8月上旬に訳あって前橋にいたときだけ…。
その1週間前には、東京で隅田川花火大会ねぇ…う~む。
おととしの花火大会で父が、「もう少しすると、花火大会を中止するんじゃねぇの?」と言われてテンションが下がった事があります。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/face_gaan.gif)
今年の花火大会は高校時代からの友達と花火に行こうと誘われましたが、去年と同じく土壇場キャンセル?がなければね…
8月1日追記)高校時代からの友達からの連絡がなかったので、今年も両親と行く羽目に…
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/face_gaan.gif)
絵の方、開催時間は7時からなのに、間違ったままでした…。
2024年5月追記)例の「感 染 騒 ぎ」を挟んだことが直接的な原因とも限りませんが、「相田みつを美術館」が閉館してしまうと聞くので、「移転して再開館したら面白い街一覧」(もちろん人口密度で売り上げを見込める街もあげます)も考えてみます。
涼しげだけれど心温かい雰囲気で素晴らしいです。
本日、上越市で36.6度
東京・大手町で32.2度
八王子市で34.4度
一昨日は尾鷲で38度を記録。
また2年前の記録では熊谷・多治見で40,9度を記録。
今年の最高は何所になるのだろうか。
って事で合併ネタは無しです。(偶には変えてみる)
花火の絵、褒めてくださってありがとうございます。
ホントは、もっと3人組の影の部分にこだわればよかったけど…
>山野さん
群馬県館林市にて最高気温37.7度を記録しました。
そのため、隣の足利市も36度くらいになり、熱暴走?が怖いのか夕方までパソコンをつける気がしませんでした。
うちは7月下旬までクーラー使用禁止という、クールビズ一家であるので…
「朝日・旭」地名。
・朝日町(北海道)→士別市と合併し消滅。
・(村)朝日町(山形県)→現存。(寒河江との協議が白紙)
・(田)朝日村(山形県)→鶴岡市、他と合併し消滅。
・旭村(茨城県)→鉾田・大洋と合併し「鉾田市」となり、消滅。
・旭市(千葉)→現存。
・朝日村(新潟)→村上市、他と合併し消滅。
・朝日村(長野)→現存。
・朝日村(岐阜)→周辺の町村と共に高山市に編入され消滅。
・旭町(愛知)→周辺の町村と共に豊田市に編入され消滅。
・朝日町(三重)→現存。
思い付くのはこれだけ。
茨城県旭村って、栃木県立海浜自然の家という宿泊施設があり、小学生の頃に利用した事があります。
足利市や群馬県桐生【きりゅう】市にも「旭町」があるので、「東京都練馬区旭町と激似な地名」という話で突っ込みたいなと思っていたので…。
連続投稿のコメント、消しておきました。
西方町にて、本日開かれた臨時会に於いて
鹿沼市との合併協設置案を賛成多数で可決したと言う情報がありました。
こうなると西方町には栃木市・鹿沼市両方の合併協が出来上がりました。
また、今月26日には藤岡町にて佐野市との合併を問う住民投票があります。
どっちにしろ、現在の枠組み(栃木市との合併話)は白紙になったとしても
西方は鹿沼へ、藤岡は佐野へ吸収になる事に変わりは無い事実。
因みに鹿沼市は可決済み。
西方で同市との合併を求めたのは
「鹿沼市との合併を実現する会」という団体。
藤岡の方は名称を存じませんので。
・朝日町(富山)→現存。
・朝日町(福井)→消滅。
福井の場合、合併後の名称は「越前町」だが
役場の位置がこの、旧朝日町にあるので
どちらが吸収された町なのか判らない状態となっています。
このブログのどこかで発表した『地名の神様』の「ノアの岩舟【佐野市と岩舟町の編入問題】」のプロットにも、影響が出てしまいました。
群馬県藤岡市などを含めた「藤岡つながりの地名」のブログ記事のアップは、来月上旬辺りに伸びそうです。
まだ製作していない「理不尽なおっかあ」の後編ネーム(漫画の下絵)で、それなりの対応をするしかないか…。
(面倒なので、前編のネームは原文ママで作画しようと思います。)
そういえば、近年の都賀町は桜の名所を整備するなど観光に力を入れているので、独立の道を歩んだ方がよさそう…。
一方、西方町には観光収入が得られる場所が少ないからと、編入を急かされるのはあんまりだと…。
愛知県に尾張旭市があったし、岡山県旭村もありましたが…。
本日、滋賀県議会本会議に於いて、
近江八幡市との廃置分合案が賛成多数で可決されました。
この後国へ届け出る事(告示待ち)になりますので
来月町長をリコールをしても間に合わないものと見られます。
同じタイトルで、あちらの「急ぐな合併・守ろう安土みんなの会」のBBSにも書いておきましたので、覗いて見て下さい。
参照元http://www.bbc-tv.co.jp/houdou/news/news_today.php
県議会の強引な可決には、栃木県の合併してない街に住む私ですら、血の気が引きました。
えーっ、だからと言って滋賀県安土町の字ネタは終わるわけではありません。
安土町に「上豊浦」という字があったので、「豊浦つながりの地名」という記事にて、私なりの編入に対する意見も述べたいと思います。
世界で一番地名(市町村名)を大切にする国があるなら、一体どこだろうか…。
(北の某国は論外なので、除外します…)
山口・福岡では集中豪雨で被害続出し
一昨昨日は台風で兵庫県が、
一昨日は、震度6弱の地震で静岡県に被害が。
お蔭で東名高速の路肩の一部が崩落し通行止めに。
佐用町では役場にまで浸水し道路は決壊。
4町合併で規模がでかくなってしまい、役所はてんやわんやで。
合併も考えものだ。
山口の場合は、お隣防府市の話ですが、
近く阿東町と法定協を立ち上げ、本格協議を始める山口市。
合併している暇があるのなら、復興支援を優先しなさいよ!
…と、思う今日この頃。(別に返答はいりません)
http://www.shimotsuke.co.jp/news/tochigi/top/news/20090924/210441
立候補しているI氏(慎重派)が当選すれば、合併自体が白紙となりますが、
M氏(推進派)が当選すれば問答無用で佐野市へ吸収となります。
住民投票(2年前)では佐野派が多数だった様ですが、さて今回は?
結果は明後日の夜にお知らせします。
以下のリンクが本日の記事です。
http://www.shimotsuke.co.jp/town/region/south/iwafune/news/20090927/211805
結果は、佐野市との合併「推進派」の方が当選されました。
先月のリコールに続き2連勝を果たし、
同市との合併協が再開される見通しとなりました。
所変わり、西方町は来月2日再度合併議案を提出、審議予定。(1市4町の枠組み)
仕切り直しの栃木地区は7日の協議終了後調印式を行う予定との事。(1市3町の枠組み)
岩舟町には、高校時代の同級生が住んでいますが、推進派と反対派どちらに投票したのだろうか…。
早く東京など大都市圏に暮らしている元住民でも投票できる「ふるさと投票」が実用化して、その貴重な一票で町が取り戻せる時代が来て欲しいですね…。
結果的には佐野派が多数なんでしょうね。(連勝ですし)
http://sankei.jp.msn.com/region/kanto/chiba/091009/chb0910092133016-n1.htm
議会解散か村長選になるかと思われます。
合併により、住民税が若干高くなると気付いている住民は、どれほどいるんだろうか…。
「東京都大田区大森と激似な地名」(仮)で、印西市大森を突っ込む予定なので、そのときに編入の件に触れると思います。
何方かのブログに以下のような記述がありまして、
>村長は合併協議会から職員を引き揚げさせた
というのは、自らを不信任とした議会を解散するからとの事。
こうなると、合併手続きの事務が滞るとの事。
んで、流れとして議会解散→出直し選挙→再度不信任議決→村長失職。
推進派としては多分、続けて、出直し村長選で
推進派を擁立→当選させて協議を復活。
ただ、こうなりますと3月の合併に間に合うかどうかが焦点となる。
さてどうすればいいのか。
(今後の方法)
1つ、リコール請求されている村長の意思を議会は素直に支持して合併を白紙に戻す。
2つ、特例期限内の合併を断念して最初からやり直す。
そして2年程時間を費やし、じっくり協議した上で判断する。
(半年間で協議終了はあってはならない事)
↑最低でも2年が必要で、上記の遣り方では本題を蔑にして
「住民そっちのけ」になり兼ねない。
3つ、「新」村長誕生後、慎重派に有無言わさず早速県へ合併申請をする。
で、2月の定例会(県の)で議決されて3月ぎりぎりに官報告示で合併へ。
個人的な予測として、残念だが3番目の仮定が有力だと思う。
因みに村長談によりますと、当初は推進の立場だったものの
無駄な物を削減したら財政状況が向上して来たので、
合併を強制的に急ぐ必要は無いと判断したという。
あと、これは私の書き方が悪かったみたいですね。
ことねさんの言う、
>慎重派の村長がリコールって、そんなに市民になりたいのかい…多数の住民は…
これですが、住民がリコールを求めている理由は、
合併の賛否や「市民になりたいという」願望ではなくて
只単に、推進で当選しておきながら「公約を反故にした」という理由で不信任なんだと思います。
肝心の賛否は仕方なくと言った所か?
何故なら、もし賛成が多いのなら7月のアンケートで過半数を超え、
回収結果が「約44.8%」なんて事は無い筈ですし
市民になりたいのであれば合併せずとも隣町へ引っ越せばいい話ですので。
ことねさんの予測はどうなりますかねぇ。
まずは議会解散後。ここから始まります。
さてこの先の展開は?
せっかく、一時は本埜村の編入が白紙になりそうだったのに、編入が確定したなんて、文字通りの「辛酸をなめる」ですよ…。
千葉県長生『ちょうせい』村が唯一の村に…って事は、茂原【もばら】市の周辺町村の編入の協議にもめた結果ですかね…?
「慎重派の村長がリコールって、そんなに村を消したいのかい…!!」と言うべきでしたね…。
さて、この「法定協」の取り扱いをどうするのか、という話になり
(以下のようになった)
「案1」
委員を委嘱して一先ず協議をしてみる。
「案2」
合併協を一旦設置するけれども、即日休止にして放置する。
「案3」
形式上だけでも設置して県に届ける
と、3つの案を出し討議。
結果として、準備会は「会の設置」や「届け出」などは行わず、
自然に消滅させる方向でまとめた。
両首長とも「実質的な必要性は無い」という認識では一致。
という事で、2市町の合併は「清算=解散(白紙)」となる模様。
元記事は、「下野新聞」です。http://www.shimotsuke.co.jp/town/region/south/nishikata/news/20100303/290214
以前教えていただいた「沼津市と長泉町や駿東郡清水町の編入協議会」って所も、解散する方がいいのでは?
30年以上放置と聞いて驚いたので…
いえ、西方町は都賀町同様に栃木市への合併協議を始めますので矛盾は無くなるのでは。
都賀西方ジャンクション→「栃木鹿沼ジャンクション」になるだけかと。
>沼津市と長泉町や駿東郡清水町の編入協議会」って所も、解散する方がいいのでは?
30年以上放置と聞いて驚いたので…
・沼津市と清水町の「法定協」ね。(40年以上です。)
個人的には、協議休止中のところは、みっともないので、サッサと解散して欲しいのだが
何れは再開させるからという理由で、放置しているのでしょう。
でも、大抵一旦休止した場合、再開する事は先ず無いでしょうねぇ。
-例外的に休止から一転、再開した所(合併済み含む)-
・佐野市・岩舟町(2008年設置)→翌年3月に休止
→先月、協議再開。
・愛知川町・秦荘町(2004年頃設置?)→翌年、休止
→2006年に協議再開→期限ギリギリで合併(現,愛荘町)
・横田町・仁田町(2004年設置)→翌年、休止
→2006年再開、3月末、合併(現,奥出雲町)
・上屋久町・屋久町(2006年頃休止)→2007年に合併(現,屋久島町)
・美祢市・美祢郡(美東・秋芳)は2004年に設置→2年間休止→2007年再開
→2008年3月合併。
一旦切ります。
次は、現在も休止中となっている合併協です。
柴田町、大河原町、村田町(法)
亘理町・山元町(法)
(茨城)
龍ヶ崎市、利根町(法)
(栃木)
鹿沼市・西方町(法)*但し未設置
栃木市、大平町、都賀町、藤岡町、西方町(法)
栃木市、小山市(法)*1998年以降、休止中だが、今月末に「栃木市」が消滅する為
自然消滅となる。(自治体の消滅により、議決が無効となるから)
(群馬)
大泉町、邑楽町、千代田町(法)
下仁田町、南牧村(法)
(静岡)
沼津市、清水町(法)
(愛媛)
鬼北町、松野町(法)*合併断念、今月末、協議会解散予定。
(福岡)
豊前市、吉富町(法)*設置はしたものの1度も協議会は開かれず、放置。
(大分)
臼杵市、津久見市(任)
玖珠町、九重町(法)*2005年以降放置されているが、忘れ去られているのか動き無し。
(鹿児島)
知名町、和泊町(法)*2004年から休止中。
一度は再開を検討したらしいが、復活せず放置。
(沖縄)
石垣市、竹富町(法)*2004年から放置。
竹富側は廃止を議決も、石垣市側が未審議で放置。
…達悪いのが、結構あります。
京都市伏見区に「金森出雲」という地名を見つけてしまったので、「奥出雲町」範囲は念頭に入れておきます。
アメリカ出身の演歌歌手・ジェロの曲に「♪おって追われて出雲崎」とあるので、新潟県出雲崎町の編入先が気になる…
とりあえず、2010年3月10日時点茨城県利根町は無事でしたか…先行き不安ですけど。
大分県玖珠町と九重町も一時期疑ってましたが、まだ当ブログで一度も触れてなかったですね…
「横浜市西区楠町と激似な地名」で玖珠町に触れるつもりですが、予定は延びそうです…。
えー、はっきり言いますと、「合併していません」
と言うより、「取り残された」と言った方が良いかも知れません。
当初は、当町と「寺泊町」及び「和島村」の3町村で「良寛町」を作ろうとして
結局は破綻となりました。
「出雲崎」は独立する事になりましたが、寺泊・和島の2町村は
2006年に「長岡市」へ編入され消滅しました。
そんな町の名前、初めて知りました。
あれ?どこかで聞いた歴史上の人物に酷似しているので、時間があったらその人について調べてみたいと思います。
出雲崎町の件、てっきりジェロの演歌『海雪』の経済効果と勘違いしておりました。(秋元康作詞という点も意外…)
出雲崎は紙風船が特産品と聞いたけど…。
以前、合唱曲に『ぶりの歌』というのがあって、歌詞に「氷見【ひみ】の海」を連発していたので、富山県氷見市の知名度がアップしたとテレビ番組で知ったので、それが原因かと…。
長岡市が和島村と寺泊町を編入で了解しました。
ジェロの「海雪」参照 http://listen.jp/store/artword_1176335_59205.htm
以前、姉妹サイトでPDF文書版をアップしたイラストマップ「石川県&富山県の市町村合併のつめあと」で輪島市が門前町他を編入とか書いたけど、郡のつながりによるズレもありそうな…。