宇宙の果ての記憶

2024年11月18日 | 日記

宇宙の果ての記憶

未来を指して 刻が流れているのではない
過去を遡って 刻は流れている

父は 時の流れは螺旋を描いていると言っていた
その時自分は 螺旋を描きながら上昇する軌跡を思い描いていた

ジェイムスウェッブは 宇宙の過去を遠望する
思い出のアルバムを繰るように 宇宙の記憶を蘇らせる
しかしその記憶は 果てしなく曖昧だ
その記憶は 到底解き得ない謎を さらに思い起こさせる

亡くなった父の歳を幾つも過ぎた今 
時間の流れは螺旋を描いていると 自分も思う
ただその軌跡は 上昇することもなく下降することもなく
同心の果てしない平面上の軌跡を 廻り始めたに過ぎないことに気付く
自分が宇宙と呼んでいる その同心の軌跡
その軌跡の旅の船出に 
我らが銀河宇宙は 今帆を上げたところに過ぎない

時計の針が同じ時刻を指しても それは決して同じ時間ではない
永遠の直線の軌跡の目盛の一つ
循環する一年の季節も 月の満ち欠けも 一日の昼と夜も
長い一本の直線の軌跡の目盛の一つ
螺旋を描いていようとその円弧は 限りなく直線に近い

人間は 愚かな歴史を繰り返しているように見える
生き物は 生まれて死んで転生を繰り返しているように見える
全てが 反復しているように見えるけれど 反復はないのだ
父や母は 今も自分の心にいてくれるけれど
もう永遠に 刻を共にすることはない

ジェイムスウェッブは 赤ん坊の自分の姿を発見するかも知れない
そして もしかしたら僕に それを見せてくれるかも知れない
けれど彼は 彼の父や母の顔を思い出せはしないだろう
そして僕も 彼の父や母の顔を知ることはないだろう

刻は 過去を遡って流れている
父や母の顔が 遙かで果てしない僕の宇宙の果ての記憶だ


母の遺言

2024年10月02日 | 日記

  母の遺言

母は 秋が来るの待たずに死んだ
病院の屋上で仰いだ雲は 低く灰色に湿っていた
弟が身の立つようにしてやってくれと言うのが 
母の言い遺した頼みだった
自分に言い残したのは それだけだった
俺の身はどうなのだと思った

病院の屋上でのあの夏の日から
自分の前を何十回も その後の夏が過ぎていった
何時までも続いた今年の暑い夏は
十月になっても まだ余熱を残している

母が案じていた弟には 今年の春 女の子の孫が出来た
秋に 遅ればせに挙げるという姪の結婚式の招待は 遠慮した
今年の自分の夏が終わり 秋が来るのかどうか分からない
病院の屋上の あの夏の日が終わらないように

母の言う弟の身が はたして立ったのか 立たなかったのか
自分には分からない
自分には 出来ることしか出来なかった
自分には 出来ることをしないことしか出来なかった

母が死に 父が死んで おそらく それで それだけで
弟の身も 立ったのだ
母が死に 父が死んで おそらく それで それだけで
俺の身も 立っていたのだ


俺と野良猫たちの関係

2024年09月10日 | 日記

俺と野良猫たちの関係

こんな腐った世の中で
飢えずに暮らしているだけでも
そのありがたさに 罰が当たる

許せ 野良猫たちよ
お前たちと分け合う食事も
だんだん貧しくなる

餌だけ喰って
お前たちは 俺と目を合わそうともしない
近くにも寄せつけもしないし
鳴きもしない
毎月お前の餌代に費やしている金や苦労を
お前たちは知りもしない

お前たちの態度は正しいと思う
お互い情を感じてならない世の中なのだ
そうなのだ
お前たちが死んでも
俺の悲しみは その分軽いと思う
俺が死んでも もしお前たちが悲しんでくれるのなら
お前たちの悲しみは その分軽いと思う

お前たちは利口だ
餌を呉れる人が当てにならぬ事を知っている
餌を呉れる人に先の寿命が無いのを知っている

お前たちの愛情は
毎日欠かさず餌を食べにやってきて
なんら感謝も満足も示さずに
振り返りもせずに どこかに去って行くことだ

俺は お前たちに愛情を持つことを恐れる
たぶんお前たちも 俺に愛情を持つことを恐れている
愛情を持つことは悲しいことだ
慈しみの思いを持つことは 悲しいことだ
お前たちは知っている
俺もお前たちの思いを知っている


人間の知性と理性と本能と感性

2024年09月09日 | 日記

人間の知性と理性と本能と感性

麦を蒔かず 爆弾を撒く
イモを埋めず 地雷を埋める
魚を捕らずに 潜水艦を沈める
鳥を追わずに 戦闘機を射る
木を植えず パネルを貼る
渇く者に水を分けず 溺れる者に水を流す
緑を育てず 果実を貪る
肥沃な土地にコンクリートを流し 鉄とセメントの箱を作る
村の暮らしを追い立て 高層の廃墟を作る

大衆が 自身の死刑執行人を選ぶ
大衆が 自身の死刑執行人に一票を入れる
大衆が 自身の死刑執行人に権力を与える
大衆が 自身の死刑執行人にバンザイを叫ぶ

人類こそ地球環境に有害なのだ
人類が人類の首を絞めるのだ
人類の衰徴は見えている
人類のそれぞれの個体が 本能でそれを感じている

理性を有する個体は 子孫を残そうとしない
自らの個体を守るために 
種の保存の本能は 理性によって制御される
性の本能が暴力的に解放されようが
その結果は 理性によって制御される
すでに彼らは子供を持たない
子供に老後を託す望みを 彼らは持たない
自らの個体を守るために
彼らは 彼らの両親を殺す
自らの個体を守るために
彼らは 彼らの子供を殺す

彼らは バチが下る運命を知っている
彼らは すでに飢餓が近いのを知っている
彼らは すでに秩序が崩壊しているのを知っている
彼らは すでに制御が効かないのを知っている
彼らは すでに人間の未来が無いのを知っている

人間の知性と理性は それが分かっている
人間の本能と感性は それを感知している


老いととも

2024年09月06日 | 日記

老いとともに

老いとともに 生への執着が薄れてゆくのは好いことだ
老いとともに この世が疎ましくなるのは好いことだ
老いとともに この世の偽善や嘘から逃れたくなるのは好いことだ
老いとともに 肉体が衰え死に近づくのは好いことだ
老いとともに 肉体が病み感覚が失せてゆくのは好いことだ
老いとともに 友が亡くなってゆくのは好いことだ
老いとともに 愛する者がいなくなるのは好いことだ
老いとともに 呆けるのは好いことだ
老いとともに 明日のことを考えられないのは好いことだ
老いとともに 昨日のことを思い出せないのは好いことだ
老いとともに 人と己の本性に気付くのは好いことだ
老いとともに 人間に絶望するのは好いことだ
老いとともに 歯が抜けるのは好いことだ
老いとともに 目が見えなくなるのは好いことだ
老いとともに 耳が聞こえなくなるのは好いことだ
老いとともに 貧しくなるのは好いことだ
老いとともに 喰えなくなるのは好いことだ
老いとともに 親も無くなり子も離れてゆくのは好いことだ
老いとともに 世間を忘れてゆくのは好いことだ
老いとともに 世間から忘れられるのは好いことだ
老いとともに 望みが失せてゆくのは好いことだ
老いとともに 自分の人生に価値と意味を失ってゆくのは好いことだ
老いとともに 死にたくないと思わなくなってゆくのは好いことだ
老いとともに 再び会える人を思うのは好いことだ
老いとともに 再び抱きしめることのできる者を思うことは好いことだ
老いとともに もうすぐ死ねることは好いことだ