The Lure of Beauty / Gary Smulyan
今年はサドメルのオーケストラが生まれて50周年。本拠地ビレッジバンガードでは記念すべきデビュー公演が行われた2月7日にかけて連日記念ライブが行われたようだ。その主役であったバンガードジャズオーケストラ(VJO)が今年も来日した。
そのVJOのバリトンの席はといと、最近の来日時はフランクベイシルが座る事が多かったが、今回はゲイリースマリヤン、久々だったような気がする。自分が聴きに行った日のプログラムは、初期のサドメルのレパートリーが多かった。ペッパーアダムスファンの自分としては、スマリヤンが参加している事と合わせて満足したライブであった。
ゲイリースマリヤンは、ペッパーアダムスとサドジョーンズが相次いでオーケストラを去った後、アダムスの後任として後を引き継いだメルルイスオーケストラに早々に加わった。サムモスカなどと同様、VJOのメンバーの中では古参の一人だ。
スマリヤンは、ウディーハーマンのオーケストラに加わって世に知られるようになった。それまではフィルウッズフリークとしてアルトを吹くことが多かったが、バリトンはこのハーマンオーケストラに加わってから本格的に取り組んだようだ。
その時のアルバムも残されているが、彼のソロを大きくフィーチャーした映像が別にあった。ハーマンのオーケストラに加わっていたのは、’78〜9年頃、まだ、20代の前半だ。堂々とした演奏はその時すでに若さを感じさせない。
ニューヨークに住むようになった80年代はメルルイスオーケストラには加わったものの、必ずしも活躍する機会には恵まれず、生活するためにはコックの仕事をしていた時期もあったようだ。バリーハリスのフィリップモーリススパーバンドに声が掛かってからは、色々なオーケストラやグループからもお呼びがかかるようになった。アダムスもベニーグッドマンからミンガスまでどんなスタイルのビッグバンドでもこなしたが、スマリヤンもこの時期同じようなキャリアを重ねていた。
その後、ソロプレーヤーとしても徐々に頭角を現したのは、まさにペッパーアダムスと同じ、キャリア的にも後継者といえるが、ソリストとしての活動がアルバムで残っているのは’90年代に入ってからである。
スマリヤンの初のリーダーアルバムというと、多分このアルバムになるだろう。
初のリーダーアルバムとなると、参加メンバーはともかくリーダー当事者は誰でも色々想いを馳せるであろう。
このスマリヤンは、まず最初に決めたのはトロンボーンのジミーネッパーの参加だという。ネッパーはアダムスとはサドメル時代の盟友で、他でもコンビを組むことが多く一緒にアルバムも作っている。
スマリヤンはとネッパーの普段の関係は良く分からないが、親子ほどに歳の違うネッパーを起用したには大きな意味があった。トロンボーンとバリトンという低域のフロントは一種独特の魅力があるものを、アダムス&ペッパーから学んでいて迷わず決めたという。
ピアノには、ブレイキ―のジャズメッセンジャーズを経てすでに中堅として活躍していたマルグリューミラー。そして、ドラムとベースは、ホッドオブライエンのバックを務めていたレイドラモンドとケニーワシントン。バリバリのハードバッパーの2人だ。
ジャズの楽しみはメンバーの組み合わせの妙。メンバーを見ただけでイメージが湧いて、聴いてみたくなるから不思議だ。
そして、演奏する曲。
これが一夜限りのセッションであればスタンダード曲が中心なるのが常だが、レコーディングとなるとオリジナルがいいかスタンダードが良いか選曲にも拘りが出る。このアルバムもオリジナル以外に他の作曲者の曲もバランスよく配置されているが、一曲目を聴くとその拘りが分かる。ただのスタンダードではない。
一曲目は、クインシージョーンズの”Boo’s Blues”。クインシーのアレンジャーとしての出世作ともいえる「私の考えるJAZZ」に入っている曲だ。スマリヤンはこのアルバムの中古を35セントで買ったそうだが、その中で印象に残った曲がこれだった。
クインシーがまだカウントベイシーにアレンジを提供する前の作品だが、ベイシーオーケストラ向けにピッタリの曲、そしてアレンジだった。
この曲を2管でチャレンジする訳だが、レイジーな雰囲気のスローなブルースの若きメインストリーマー達の好演が、このアルバムの素晴らしさを決定づける。その後、ラテン調あり、バラードありでソリストとしてのスマリヤンの実力、そしてパートナーに選んだジミーネッパーの技が次々と披露されていくが、最後の”Off To The Races”でいよいよスピードへの挑戦が行われる。
アップテンポの曲で、スピードの限界に挑戦するのはサックス吹きとしては一つのハードルだ。よく、ドナリーなどが素材として使われる。ペッパーアダムスもニックブリグノラのアルバムのバリトンバトルでスピード競争に付き合わされた。
ここでは、最初はジミーネッパーも加わってファーストテイクが行われた。ネッパーは「この曲は自分が加わらない方がいいよ」と言って、演奏から抜けてスマリヤン一人になったのが、アルバムに収録されている演奏だ。
スマリヤンのバラードからアップテンポまでのバリトンの技のすべてがバックにも恵まれ堪能できる。
リーダーとしてのデビューアルバムとしては上出来だろう。
1. Boo's Blues Quincy Jones 7:36
2. Canto Fiesta Gary Smulyan 10:50
3. Minor Conundrum Gary Smulyan 7:57
4. Moonlight on the Nile Gary Smulyan 10:04
5. Kiss and Run Koslow 6:58
6. Lost April Eddie DeLange / Emil Newman / Hubert Spencer 10:54
7.You Go to My Head J. Fred Coots / Haven Gillespie 8:39
8.The Lure of Beauty Gary Smulyan 5:07
9.Off to the Races Gary Smulyan 5:39
Gary Smulyan (bs)
Jimmy Knepper (tb)
Ray Drummond (b)
Mulgrew Miller (p)
Kenny Washington (ds)
Produced by Gerry Teekens
Engineer ; Max Bolleman
Recorded on December 7, 1990 in New York City
今年はサドメルのオーケストラが生まれて50周年。本拠地ビレッジバンガードでは記念すべきデビュー公演が行われた2月7日にかけて連日記念ライブが行われたようだ。その主役であったバンガードジャズオーケストラ(VJO)が今年も来日した。
そのVJOのバリトンの席はといと、最近の来日時はフランクベイシルが座る事が多かったが、今回はゲイリースマリヤン、久々だったような気がする。自分が聴きに行った日のプログラムは、初期のサドメルのレパートリーが多かった。ペッパーアダムスファンの自分としては、スマリヤンが参加している事と合わせて満足したライブであった。
ゲイリースマリヤンは、ペッパーアダムスとサドジョーンズが相次いでオーケストラを去った後、アダムスの後任として後を引き継いだメルルイスオーケストラに早々に加わった。サムモスカなどと同様、VJOのメンバーの中では古参の一人だ。
スマリヤンは、ウディーハーマンのオーケストラに加わって世に知られるようになった。それまではフィルウッズフリークとしてアルトを吹くことが多かったが、バリトンはこのハーマンオーケストラに加わってから本格的に取り組んだようだ。
その時のアルバムも残されているが、彼のソロを大きくフィーチャーした映像が別にあった。ハーマンのオーケストラに加わっていたのは、’78〜9年頃、まだ、20代の前半だ。堂々とした演奏はその時すでに若さを感じさせない。
ニューヨークに住むようになった80年代はメルルイスオーケストラには加わったものの、必ずしも活躍する機会には恵まれず、生活するためにはコックの仕事をしていた時期もあったようだ。バリーハリスのフィリップモーリススパーバンドに声が掛かってからは、色々なオーケストラやグループからもお呼びがかかるようになった。アダムスもベニーグッドマンからミンガスまでどんなスタイルのビッグバンドでもこなしたが、スマリヤンもこの時期同じようなキャリアを重ねていた。
その後、ソロプレーヤーとしても徐々に頭角を現したのは、まさにペッパーアダムスと同じ、キャリア的にも後継者といえるが、ソリストとしての活動がアルバムで残っているのは’90年代に入ってからである。
スマリヤンの初のリーダーアルバムというと、多分このアルバムになるだろう。
初のリーダーアルバムとなると、参加メンバーはともかくリーダー当事者は誰でも色々想いを馳せるであろう。
このスマリヤンは、まず最初に決めたのはトロンボーンのジミーネッパーの参加だという。ネッパーはアダムスとはサドメル時代の盟友で、他でもコンビを組むことが多く一緒にアルバムも作っている。
スマリヤンはとネッパーの普段の関係は良く分からないが、親子ほどに歳の違うネッパーを起用したには大きな意味があった。トロンボーンとバリトンという低域のフロントは一種独特の魅力があるものを、アダムス&ペッパーから学んでいて迷わず決めたという。
ピアノには、ブレイキ―のジャズメッセンジャーズを経てすでに中堅として活躍していたマルグリューミラー。そして、ドラムとベースは、ホッドオブライエンのバックを務めていたレイドラモンドとケニーワシントン。バリバリのハードバッパーの2人だ。
ジャズの楽しみはメンバーの組み合わせの妙。メンバーを見ただけでイメージが湧いて、聴いてみたくなるから不思議だ。
そして、演奏する曲。
これが一夜限りのセッションであればスタンダード曲が中心なるのが常だが、レコーディングとなるとオリジナルがいいかスタンダードが良いか選曲にも拘りが出る。このアルバムもオリジナル以外に他の作曲者の曲もバランスよく配置されているが、一曲目を聴くとその拘りが分かる。ただのスタンダードではない。
一曲目は、クインシージョーンズの”Boo’s Blues”。クインシーのアレンジャーとしての出世作ともいえる「私の考えるJAZZ」に入っている曲だ。スマリヤンはこのアルバムの中古を35セントで買ったそうだが、その中で印象に残った曲がこれだった。
クインシーがまだカウントベイシーにアレンジを提供する前の作品だが、ベイシーオーケストラ向けにピッタリの曲、そしてアレンジだった。
この曲を2管でチャレンジする訳だが、レイジーな雰囲気のスローなブルースの若きメインストリーマー達の好演が、このアルバムの素晴らしさを決定づける。その後、ラテン調あり、バラードありでソリストとしてのスマリヤンの実力、そしてパートナーに選んだジミーネッパーの技が次々と披露されていくが、最後の”Off To The Races”でいよいよスピードへの挑戦が行われる。
アップテンポの曲で、スピードの限界に挑戦するのはサックス吹きとしては一つのハードルだ。よく、ドナリーなどが素材として使われる。ペッパーアダムスもニックブリグノラのアルバムのバリトンバトルでスピード競争に付き合わされた。
ここでは、最初はジミーネッパーも加わってファーストテイクが行われた。ネッパーは「この曲は自分が加わらない方がいいよ」と言って、演奏から抜けてスマリヤン一人になったのが、アルバムに収録されている演奏だ。
スマリヤンのバラードからアップテンポまでのバリトンの技のすべてがバックにも恵まれ堪能できる。
リーダーとしてのデビューアルバムとしては上出来だろう。
1. Boo's Blues Quincy Jones 7:36
2. Canto Fiesta Gary Smulyan 10:50
3. Minor Conundrum Gary Smulyan 7:57
4. Moonlight on the Nile Gary Smulyan 10:04
5. Kiss and Run Koslow 6:58
6. Lost April Eddie DeLange / Emil Newman / Hubert Spencer 10:54
7.You Go to My Head J. Fred Coots / Haven Gillespie 8:39
8.The Lure of Beauty Gary Smulyan 5:07
9.Off to the Races Gary Smulyan 5:39
Gary Smulyan (bs)
Jimmy Knepper (tb)
Ray Drummond (b)
Mulgrew Miller (p)
Kenny Washington (ds)
Produced by Gerry Teekens
Engineer ; Max Bolleman
Recorded on December 7, 1990 in New York City
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長らく更新がなかったのでブログ復活a安心しました。
そして何よりもお体の不調でなくて良かったです。
また精力的なブログ楽しみにしていますね!
コメントありがとうございます。
ご心配を頂き失礼しました。
歳をとると興味は沸いても、あれもこれもと手を出すのがだんだん億劫になるものですが、
自分は、ひとつの事に集中すると、ついつい他の事が疎かになってしまいがちで・・・。
このブログも少し休憩のつもりが、なかなか復帰できずにいました。
生活のリズムが狂うと、元に戻すのが大変です。
という訳で、何とか元気に過ごしています。
himeさんのように、マルチタスクで何事にも積極的に取り組める若さがうらやましい。
今後もボチボチ続けていきますので、よろしくお願いします。