「浅野長矩」 と 「東條英機」の続きです。
「忠臣蔵」は浅野長矩(内匠頭)の「忠臣」である大石良雄(内蔵助)の「蔵」を組合わせた(事実は不明?)”物語名”だと思います。これは、「赤穂事件」が元になっています。
「赤穂事件」の発端は、理由はどうであれ「浅野」が城内で抜刀刃傷沙汰を起こした「犯罪」ですが、当時の法体系や事実から見ると、その裁断は「喧嘩両成敗」が相当でした。 事件のその後の経過は長いので省略し、結末は、「赤穂浪士47名」が切腹(実際には一人を除いて腹部に脇差を当てただけ)し介錯されて終わります。
余談ですが、---
事件から700年ほど前に創られたとされる「いろは歌」の47文字と、歌の「7文字区切り」の終わりの文字が「とかなくてしす(咎無くて死す)」である事も、興味をそそられます。
敗戦後のGHQ占領下では当初、「忠臣蔵」を題材にした作品は禁止されていましたが、1947年に解禁され、翌年の1948年12月23日(現在の上皇陛下の誕生日)に「東條」の死刑が執行されました。この時点で米国は「アフォーダンス」の特性を巧みに応用した「WGIP(戦争罪意識広報計画):1948年3月」によって、日本人の意識を変えられると考えたのだと思います。実際に、多くの日本人の(無)意識の中に「東京裁判の”正しさ”」が知識として埋め込まれています。 「東條」の辞世の句で「今ははや 心にかかる 雲もなし 心豊かに 西へぞ急ぐ」と詠まれましたが、火葬された遺骨は粉砕され、航空機によって東へ向い太平洋に投棄されました。
これは、「東京裁判」と言う”物語”の結末ですが、「東京事件」が元になっています。
「東京事件」の発端は、理由はどうであれ「東條」が真珠湾攻撃を含む作戦を決定した「対米戦争」で、謀略を仕掛けたアメリカの方が罪は大きいのですが、日本には「負けた罪」が加わるので、その裁断は「喧嘩両成敗」が相当でした。
余談の余談ですが、---(若しかすると本題かも?)---
1941年に「東條」は「戦陣訓」を陸訓第一号として全軍に示達しました。この「戦陣訓」は「東條」が考えたのではなく、700年ほど前の武家の家訓が元になっているとされています。 1894年には山縣有朋が「敵国側の俘虜の扱いは極めて残忍の性を有す。決して敵の生擒する所となる可からず。寧ろ潔く一死を遂げ、以て日本男児の気象を示し、日本男児の名誉を全うせよ。」と訓示しました。
「昭和の戦陣訓」は、1940年に「板垣征四郎」等が起草し、「島崎藤村」等が校閲し、「東條英機」が担当大臣の時に完成しました。
「戦陣訓」にある「生きて虜囚の辱を受けず、死して罪過の汚名を残すことなかれ。」によって、実際にどれだけの人が死んだのかは判りませんが、示達した当人は米軍に捉えられ、「自殺未遂(真偽は不明)」で、GHQによって救命され、その後絞首刑になりました。
「生きて・・・」が「捕虜になる前に自死せよ。」を意味しているのか、「捕虜にならずに死ぬまで戦え。」を意味するのかは、校閲した「島崎藤村」に聞かなくては判りませんが、戦陣訓の序に「・・・戦闘すれば必ず勝ち、・・・」と書いて有ることから、単なる「標語」に過ぎないとも言えます。
何れにしても、「東條」は「虜囚の辱」を二度ならず三度も受け、自分の死に方も知らずに部下に「死ぬまで戦え」と示達した事自体が非道徳的で、罪と言えます。
しかし戦争犯罪に関しては一切の証拠は無く、国際法上で禁止されている「事後法(平和に対する罪:A級戦犯)」で裁かれました。とは言っても寧ろ、「ヴェノナ文書」や「フーバー回顧録」が「真実」であるならば、アメリカの「平和に対する罪(事後法として)」の方が明らかに大なりです。
大東亜戦争と太平洋戦争は国際法で見ると合法で、しかも戦争を支持したのは朝日新聞を初めとする報道機関や財閥に踊らされた「日本国民」です。これが「民衆主義」の怖さで、それでも政府は民意に従わざるを得ません。
「民主主義」の最終責任者が誰なのかは、私には判りません。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/42/c9/91d14fde2d744b46e8c09b7a02d4afe2.png)
割に中身のないペーパーバックですが、この本によれば『柿本人麻呂が冤罪によって処刑されたときの暗号による遺書こそが「いろは歌」である』という説が展開されています。なお、人麻呂の刑死に関するもう少しキチンとした本は梅原猛『水底の歌』があります。
眉間や背中に斬りつけるなど愚の骨頂!
ヤクザがやるように『ドスは腰だめに構えて身体ごとぶつかるンぢゃああ!』→『ドスが相手の腹に刺さったら、ぐりっと半回転させるンぢゃああ!』これで決まりです。
「いろは歌の謎」なかなか興味深いです。
私は本を読まない主義なので、『水底の歌』のレビューをお願いします。
Wikiると、
諸行無常、是生滅法、生滅滅已、寂滅為楽。
の、和訳だそうです?