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2015-10-23 18:56:17 | 語学とは?
先日、京都大学、山極学長いわく、日本語でかんがえよ、語学は、ツールである、教養教育に人文社会も大切と、留学は、休みを利用して、出来るだけ行くこと、大学は、外国人をモット受け入れ必要と。このごろの若者に、語学を知ること、使うことに、優越感を持つ人も多い。これは、違う。能力をどこで、どのように、使い、目的を達成するかが主たることであって、その手段に語学をつかうのである。販売で、語学の出来る連中は、喋ることに熱心で、目的を達成することは、後回しのひと多し。では。

新島 襄

2015-10-20 18:58:09 | 岩波現代文庫刊行
1972年5月10日 人と思想シリーズ=第二期「新島 襄」同支社大学名誉教授 和田 洋一著が、140周年を記念して、岩波現代文庫から刊行された。作家 佐藤 優氏の解説(先生との接点)つきです。新島 襄の著作は、いろいろあるが、アーモスト大学まで出かけてきた和田洋一先生の右に出る内容のものはないと思っている。世の中で、恥ずかしくない生き方をと思う同志社人は、殆どだと思うが、我が「同支社大学硬式テニス同好会(55周年を迎えようとしている)で、ここでは書かないが、問題があった。全ての同志社人が、胸を張って、生きていかねばと思うのは、私だけだろうか。

鶴見 俊輔氏の他界

2015-10-11 22:29:08 | 世の中、もろもろ。
鶴見俊輔氏が亡くなった。よく知らなかった彼の人生を新聞で知った。かれの思想、行動が、生い立ちの環境によるものでないということが書かれていた。「現代思想」10月増刊号を手元にして、”はた”と考えた。以前に「現代風俗研究会」という風俗の変遷を話し合う会にしばらく出席していた。それはまさしく、鶴見俊輔さんが主になり、代表が、桑原武夫氏であった。そこに出席していたメンバーのなかで山本 明氏(私の大学時代の先生で助手であった)の名前があり、鶴見俊輔氏編著の「現代風俗通信‘77~‘86」
(1987年3月20日発行)が手元にあるのを見開いている。時代が変化し、鶴見俊輔しを論じる人は、時代を経て
変化している。この冊子は、「はがき報告」をまとめたもので、風俗の最先端をいっていたものだが、山本明先生は新聞学で、初めて、マスコミへの働きがけした人である。その同じ頃、田吹氏(同志社大学、新聞学ー
山本 明氏と同じ位)の名前が出ている。あまり内容を知らずに参加していた研究会であったが、今、読みかえってみると、私が卒業した1961年に鶴見 俊輔氏が、新聞学専攻の教授として迎えられたのである。われわれの時代は、和田 洋一(末川氏ー立命と同時代)、住谷 伸一、山本 明(当時、助手)鶴見 俊輔へとつながった。「現風研」では、「はがき報告」は、10年間で、1834件の投書があり、題として、ふろしき、風呂、はきもの、トイレ、かたみ、朝食、自販機、下着、くすり、テレビ、みやげ、写真、鍵 等が主なものであった。現代であれば、随分と違う題になることだろう。世の中の動き、変化、人類の動き、いろいろな場所へ、と素朴で日本的なよさのある時代だった。随分おもしろい資料だ。あらためて鶴見 俊輔氏の生きた姿を思い出して、あの行動、思考がどこから身についたのか、巾のある人生を送ったのだと、若い頃の生き様がにじみでているのかと。このような思いで。