“清水健さん”がんと出産、挑んだ妻《3人で生きる選択、後悔なし》
読売テレビ(大阪)のアナウンサー清水健さん(40)は2014年2月、妻・奈緒さん(当時29歳)を乳がんで亡くしました。第1子妊娠直後にがんが分かり、治療と出産の両立に挑む妻を支えました。「3人で生きる選択をしたことに後悔はありません。妻がママでいられるよう、最後まで支えました」と話します。
妊婦健診の時、妻は妊娠後に左胸の下に感じていたしこりについて、医師に相談したそうです。「妊娠で乳腺が張っている可能性が高いが、念のため」と、軽い気持ちで検査を受けました。僕も「結果が分かったら電話して」と伝え、いつも通り出社しました。
午後になっても連絡がなく、生放送の合間に何度も電話し、やっとつながると「悪性だった」と告げられました。頭の中はパニック状態です。何とか番組を終え、帰りのタクシーの中で知り合いの医師に電話をかけまくりました。少しでも情報が欲しかった。
結婚から1年で、出演する報道番組で、スタイリストの助手だった奈緒さんと出会い、2013年5月に結婚した。妊娠が分かったのは翌14年4月。それから1か月もたたないうちのがん発覚。その後の精密検査で、進行が早い「トリプルネガティブ」というタイプのがんと分かった。
専門書を読み、つてを頼って全国の専門医を訪ねました。ですが医師の意見は「出産を諦めて、治療に専念した方がいい」というものばかり。でも妻が「産みたい」と思っていることは、表情を見れば分かりました。
ただ、僕の方が動揺してしまい、「もし再発したら、子どもは俺ひとりで育てなくちゃいけないんだよね」などと言ってしまったことがあった。今でも後悔しています。
2人の意思を受け止めてくれたのは、滋賀県のクリニックだった。乳房の手術後、赤ちゃんに影響が出ないよう、少量の抗がん剤治療を行った。
手術の日、僕は仕事に行きました。それが妻の希望だった。迷惑をかけたくないと思ったのか、2人が出会った場所でもある番組に出演している僕を見たかったのか。妻が頑張っているんだからと思い、僕も踏ん張りました。
手術でリンパ節への転移が見られなかったことは、大きな希望になりました。その後は抗がん剤の副作用も少なく、妊婦として幸せな時間を過ごしたのではないでしょうか。
そして14年10月、帝王切開で男の子を出産。「よくやったね」と声をかけると、妻はニコッと笑いました。本当にうれしそうで、「この道を選んで良かった」と心から思いました。
穏やかな時間は長く続かなかった。出産1週間後には腰の痛みや高熱が出るなど体調が悪化。妊娠中は控えていたMRI(磁気共鳴画像装置)などの検査を受けると、肝臓や骨に転移していることが分かった。「余命1か月」の診断を受けた。
妻には告知しませんでした。転院した大阪の病院では、医師らから「残された時間を有意義に使う機会を奪うことになる」と諭されましたが、子どもが生まれたばかりで、幸せな時に「あと少ししか生きられないかも」と知るのはつらすぎる。つらさは僕一人が背負えばいいと思った。妻は本当は気付いていたのかもしれませんが、病状について、僕や医療者に問いただすことはありませんでした。
病室の大切な時
病院側の配慮で、がん病棟ではなく産婦人科病棟に入院させてもらいました。ありがたかった。仕事の後、実家に預けていた息子を連れて妻の病室へ行き、3人の時間を過ごす。消灯後は再び息子を実家に預け、僕は病院で寝泊まりする。妻がママでいられるよう、また息子にはママのぬくもりを感じさせたいと思い、そんな日々を続けました。
体調のいい日を選び、お宮参りや、沖縄旅行もしました。妻は車椅子でしたが、神前では立ち上がり、旅先では歩くことも。カメラのファインダー越しの笑顔を見て「奇跡が起こるんじゃないか」と思いました。息子を抱く妻の写真は宝物です。
15年2月、緩和ケアに切り替えると同時に、清水さんは番組を休んだ。それから10日ほどで、奈緒さんは息を引き取った。
息子に伝えたい
「これ以上抗がん剤は投与できない」と医師から聞かされた時、僕は初めて妻の前で涙を流してしまいました。妻は「わたしより周りの方がつらい」が口癖で、泣きませんでした。妻には申し訳なかったのですが、それまで僕が一度も見せなかった涙をその時流したことは、妻への気持ちをちゃんと伝えられた時間だったんじゃないか。今振り返ると、そう思います。
子どもはもうすぐ2歳になります。僕は「伝える」ことが仕事です。今後の人生の最も大きな仕事は、妻がどんなに頑張ったか、息子に伝えることだと思っています。(よみうりドクター闘病記より:聞き手・中舘聡子) 以上です。
清水奈緒さんのご冥福をお祈りいたします。
ご夫婦で「数字」が成立しています。このブログ以外では、まず無理です。
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若くして不治の病に陥る場合、医療現場では治癒は困難です。
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真面目で実直な、田舎のおじさんからのメッセージです。