おざわようこの後遺症と伴走する日々のつぶやき-多剤併用大量処方された向精神薬の山から再生しつつあるひとの視座から-

大学時代の難治性うつ病診断から這い上がり、減薬に取り組み、元気になろうとしつつあるひと(硝子の??30代)のつぶやきです

「過去を知らない者は、過去を繰り返す運命にある」(ジョージ・サンタヤーナ)-私たち裡なる認知バイアス③願望的思考、儀式、神話を強化してしまう認知バイアス-

2023-11-25 06:27:29 | 日記
「生き残るのは、
最も強い種ではなく、
最も知的な種でもない。
生き残るのは、最も変化に適応した種である。」
(チャールズ・ダーウィン)

5万年前に、
人類が生き残るため、
必要な能力が備わるように適応した結果得たものは、
今、私たちが、生まれながらにして身についているすべての反射的行動である。

その後、その能力を用いることにより、世界は大きく変わったが、人間の本能はほとんど変わらないままだ。

私たちの脳は、驚くほど複雑な現代世界を創造するのに十分なほど大きく発達したが、
そうした世界がもたらす新たな難題に最適な対応が出来るほど、常に柔軟であるわけではない。

5万年前に、
素晴らしい決断をした脳の神経回路は、
今ではひどい決断を導くことも多い。

個人としても、社会としても、
最も強く、素早く、満足を求める私たちの心に、感情よりも思考を、短期的視点より長期的視点を、利己主義よりも協調心を備えることにより、持続可能な世界を維持する術を考えなければならないと、今朝もニュースを視ていて考えてしまった。
さて、(?)
ジョージ・サンタヤーナは、
「過去を知らない者は、過去を繰り返す運命にある」
と述べた。

認知バイアスが願望的思考を強化してしまう理由も、過去に見出すことができる。

5万年前に、
私たちの祖先は、
自分が住む世界を、
ほとんど支配できなかったどころか、
機械論的に世界を理解することも出来なかったため、
願望的思考や儀式、神話を使って、
自らが世界を支配しているという幻想を作り上げ、
精神的な安心感を得ていた。

例えば、私たちの祖先が、雨乞いのために儀式舞踊をしたり、獲物となる動物を誘き寄せることを期待して洞穴の奥に絵を描いたり、病気を治すために、ジャーマンと共に霊界と呼ばれる世界を訪れたりした。
現代に生きる私たちもまた、人口爆発音が戦争、飢饉、疫病を引き起こし、化石燃料の燃焼が危険な地球温暖化を進行させる一方、他者の居住域を攻撃しても自他共に何も救うことなど出来ないという事実を無視している。

かくも深くに、願望的思考は、私たちの遺伝子に入り込み、私たちから、厳密な論理や科学的事実を頑としてはねのける。

しかし、
その昔、
雨乞い踊りは、意味がなかった。
そして、今、
人類生存の脅威や危機が、無くなること願い、それらが、なんとか、魔法のように消え去ることを思い描き、
最後の最後に、奇跡か、神の摂理か、ハイテクによって救いの手が差し伸べられることを、座して死を待つように、おとなしく「待って」いることに、意味は、ない。

願望的思考は、確かに、気休めにはなる。
しかし、願望的思考のみでは、実際に在る問題を解決する現実的なステップを踏むことが出来なくなること、そのことが、将来世代への責任を放擲することになることを、私たちは自身の裡に確りと留意する必要があるのではないであろうか。

ここまで、読んでくださり、ありがとうございます。
何だかただの偉そうな長文になってしまいました。
読んでくださりありがとうございます。
良い文章というか、説得力があったり、他人の胸を打つ文章までの道程が厳しく遠いなあ、と、今朝も痛感しました。
しかし、ことばにして、描いていきたいので、温かい目で見守っていただけるとうれしいです。
本当に読んでくださりありがとうございます。
今日も、頑張りすぎず、頑張りたいですね。
では、また、次回。

「ダニング=クルーガー効果」を体現しない人間に、私は、なりたい......。-私たちの裡なる認知バイアス②短期バイアス-

2023-11-24 07:05:45 | 日記
シェークスピアは
「愚か者は自分のことを賢いと思っているが、
賢い人間は自分が愚か者であることをわかっている」

ということばで、

「自分が知らないということをわかっていなければ、(自他ともに)矯正することは出来ず、
そして、失敗しているのにそれがわからなければ、
失敗し続けることになる。」
ということを述べた。

私たちの祖先の遺伝子は、長期計画のニーズには、合っていなかった。

そして、それは私たちにも同様である。

なぜなら、進化がゆっくりとしたペースでしか進まないために、私たちは、短期的視野に立った近視眼的な意思決定をする傾向から抜け切れずにいるからだ。

確かに、その傾向は、先史時代には賢い行動だったのだが、今では、個人の悪い判断と社会の危険な先行きにつながる愚かな戦略になりつつある。

短期的な満足が持つ力は「マシュマロ・テスト」として知られるようになった一連の単純明快な実験で明らかになった。
ただ現在では、「マシュマロ・テスト」は、追試困難だとされてしまっているのだが、
約50年間、しかもごく最近までは問題なく使われていたことを鑑み、またさらに、私は、濃淡は別にしても、ある程度の普遍性が在ると思うので、挙げることにする。

「マシュマロ・テスト」は、子どもたちが難しい選択を迫られる。
某テレビ番組風にいうと、子どもたちの選択、である。
マシュマロをもらえる。
今すぐ、ならば、マシュマロを1個もらえる。
しかし、
15分待てば、マシュマロを、2個もらえる。
という状況を子どもたちは、与えられる。

この子どもたちの選択は、
私たちにも今この瞬間の満足を我慢することの難しさを教えてくれ、さらに、
成長するとともにその難しさを正当化し合理化する術ばかりを身に付けていく大人たちの姿をも教えてくれているように私は思うのだが、
心理学のテキストには、
満足を遅らせる能力は成長とともに高まり、
年齢にかかわらず、満足を上手に遅らせる子どもは、将来よりよい人生を送る、とある。

確かに、私や私のようにあまり我慢がなく、あまり褒められた行いをしない大人たちにも追試困難だとされる試験かもしれない......。

ホッブズは、自然状態にある人間の生が
「孤独で、貧しく、残高で、短いものである」
と述べた。だが、こうした彼の理解が正しかったと言えるのは、ほんの一部分である。
先史時代の人生も、孤独ではなかったであろうし、現代よりはある意味ずっと残酷ではなかったであろう。
しかし、先史時代の人生は、貧しく、極めて短いものであった。平均寿命が35歳を下回る状況下である。
ホッブズは、このような状況から起きる結果については正しく理解し
「そこには芸術も学問も社会もない。そして何より悪いことに、恐怖が続き、暴力による死の危険が生まれる」
と述べている。
「私たちの祖先」は、過酷な世界で、日々生きるための苦しい闘いに臨まなければならなかったため、長期的視野に立って、予測し、計画を立てることは出来なかった。
しかし、「私たち」は?
「私たち」は、(先史時代の)「私たちの祖先」とは、私たちの祖先の努力のおかげで環境が違うはずだ。
確かに、私たちもまた、ある意味、きわめて不透明な未来に向かって生きていくとき、その未来を心配しながら、長期的視野に立って考えることなど苦しい時代にいる。

しかし、その心配は、自分が知らないことがあるということをよく理解しているからこそ起きる不安だと、私は思う。

また不安や心配も、しすぎは良くないが、適度に持つことは思い遣りにも繋がるとも、思う。

逆に、物事を知らない人ほど不安や心配になるどころか、傲慢で尊大になる。

そんな人たちを考えるとき、人間心理に固有の自己過信が強く出る性質の人間の研究から示されたといえる「ダニング=クルーガー効果」を私は、想起してしまう。

「ダニング=クルーガー効果」とは、コーネル大学の2人の心理学者を中心に行われた実験によって示された。
「能力か不足している人ほどがタスクを与えられたとき、それがどのようなものであっても、自分のスキルを過大評価し、他者のスキルを過小評価する傾向が強い」
というものである。
さらに「能力のある人ほど真逆となる。」
この効果は、勉強、スポーツ、将棋、車の運転、仕事全般など幅広い活動に当てはまる。

ここで、冒頭の
「愚か者は自分のことを賢いと思っているが、
賢い人間は自分が愚か者であることをわかっている」
と述べたシェークスピアのことばと、シェークスピアの天才性がやはり怖いほどすごいなあと、描きながらシェークスピアに戦慄を覚える。

アルゼンチンの新大統領が決まった。
先の見えない恐ろしい世界において、
新大統領が、自身の「ダニング=クルーガー効果」を体現しながら、
他者の「ダニング=クルーガー」効果を無意識に体現しない人物であることを願うのみである。

ここまで、読んでくださり、ありがとうございます。
アルゼンチンの新大統領のニュースに、長文になってしまいました。
今日も、頑張りすぎず、頑張りたいですね。
では、また、次回。

ディケンズの『デイヴィット・コパフィールド』に登場するミコーバー氏にならないために-私たちの裡なる認知バイアス①(楽観主義バイアス)-

2023-11-23 06:03:08 | 日記
「正常の池は、ただの水たまりへと干上がりりつつある。」
(ティル・ワイクス)

今回から、数回、私たちの思考に影響を与える「認知バイアス」について、いくつか考えてみたい。

これまでは、私たちを取り巻く問題(人口爆発や戦争など)から考察してきたが、少し、私たち自身についても、考察すべきである考え、認知バイアスから取り上げようと思う。

なぜなら、眼の前の問題や対象に対峙するときに、
私たちは対象や問題を知ろう/識ろうとするが、
対象や問題を知ることと同じくらい、私たちが私たち自身についても識ることは大切だ、と、私は、考えるからだ。

私たちの約80%は、楽観主義バイアスを持って生まれ、
楽観主義バイアスによって願望が経験に勝るようになっている。

私たちの祖先が、過酷な進化の歴史の中で困難に向かい合って来ることが出来たのは楽観主義のおかげである。

苛酷な現在のもっと先に、明るい未来を見通せる者の方が、
困難に耐え、困難に打ち勝つ可能性が高いのである。

数学的モデルに拠れば、
楽観主義バイアスは、たとえ長い目でみれば、深刻な問題を引き起こす可能性があるにしても、
多くの場合で勝利を収める短期的戦略を生み出すことがわかっている。

一方で、
楽観主義の暗い一面を挙げなくてはならないだろう。
楽観主義は利益を過大評価し、
害やリスク、コストを、実際に問題が生じやすいかたちで過小評価してしまう傾向がある。

例えば、
世界を人口爆発の状態にしたり、資源を無駄遣いしたり、環境を汚染したりする。

さらに、楽観主義バイアスは、自信過剰を生みやすい。

しかし、この自信過剰は、最も分別があるはずの、かつ、いかなる専門家やプロでさえ悩むが、逃れられないものである。

現によい医者たちですら、治療のメリットを過大評価し、リスクを過小評価して(そうしなければ思い切った、または最新の治療など出来ないであろう)治療しがちだし、
新進気鋭のファイナンシャルプランナーたちは、ときににわか景気を追いかけるあまり、不況を見落とす。
そして、エリートとされ高名な将軍たちでも、(さまざまな意味で)「勝てもしない」戦争に私たちを巻き込むのである。

確かに、
私たち人類が、生存の脅威に日々向き合わなければならず、
小さな集団を形成して苦労しながら生活していたときは、根拠のない楽観主義バイアスは非常に上手く働いた。
しかし、私たち人類は今、ある意味、世界を支配しつつあるものの、今度は、そのおかげで自らを制するのにこれほど苦労している。
このようなときに楽観主義は惨事を招くことは、眼の前の状況が示している。
戦争、金融バブル、人口爆発、資源不足はすべて「将来なんとかなる」という楽観主義の幻想のせいだとも言える。

ディケンズが、父親をモデルにしたミコーバー氏を登場させる『デイヴィット・コパフィールド』という著書が在る。

ミコーバー氏は、常に分不相応な暮らしを送り、いつも負債者監獄に収容される危機に迫られているが、ミコーバー氏本人は、心配などしていない。
なぜなら、「なんとかなるさ」と見当違いな信念を持ち続けているからである。
今や、「ミコーバー」は、数冊の英語辞典で、
「貧しいが、さらなる幸運を期待して楽天的に生きる人」
と定義される表現となった。
しかし、ミコーバー氏が、行きづまり苦境に陥ると、ミコーバー氏とミコーバー氏が愛する人たちが責任を負わされることになるのである。

ミコーバー氏から私たちへの教訓は、
単純に「大きなこと」(≒守れもしない非現実的な楽観的な約束≒とくに雇用、赤字財政や好景気に対する公約)を考えることは、たいていかなり間違った、単純な答えにしか繋がらない。

暢気で見当違いな楽観主義バイアスは昔は良いことが多かったが、今や、私たちから未来を奪ってしまう可能性すらあることを知って、識るべきであるだろう。

ここまで、読んでくださり、ありがとうございます。
数日ぶりに復活しました。
無理をすると(特に今回は寒暖差のせいもあり)本調子になるまでに時間がかかりますね。
寒くなるので気をつけたいですね。
今日も頑張りすぎず、頑張りたいですね。
では、また、次回。


回顧録

2023-11-19 16:45:14 | 日記
n桁の自然数のうち、各位の数字がすべて1と異なるものの個数を求めよ。

1桁目から、n-1桁目の位の数字としては、1以外9通り、またn桁目の位の数字として0、1以外の8通りが考えられる、
求める個数は、
8・9 (肩に乗せるn-1)個.

手が腫れはじめました。
また次回。